伝説の半グレ・テポドン勇介が語る「出所後の近況とミナミのいま」 | FRIDAYデジタル

伝説の半グレ・テポドン勇介が語る「出所後の近況とミナミのいま」

吉満勇介(35)’19年8月恐喝未遂で逮捕、出所後の近況を明かす 『NHKスペシャル 半グレ 反社会勢力の実像』に出演して話題になった、あの人物がFRIDAYのインタビューに答えた

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かつて拠点としていたミナミを去り、現在はマルチに活動中。YouTubeやインスタ(『@t.p.d.n_king』『@king_t.p.d.n』)で情報発信も行っている(撮影:加藤慶)

「ここに来たのは久しぶりです。新しい建物ができたり、自分の知ってる街並みとは少しずつ変わってきてます。わかってはいてもやっぱり寂しい気持ちにはなりますよね」

かつてのホームグラウンドである大阪・ミナミの街を眺めながら語るのは”テポドン”こと吉満勇介氏(35)だ。

勇介氏が一躍脚光を浴びたのは、19年7月にNHKスペシャルで放送された『半グレ 反社会勢力の実像』だった。

当時、社会では「半グレ」による事件が急増、その存在が注目を集めていた。勇介氏は半グレの象徴として顔出しで番組に出演。同じく大阪・ミナミでは名の知れた武闘派の半グレ・拳月(けんむん)とともにミナミを闊歩する姿は、世間に強烈なインパクトを与えた。

「ただ、僕自身、自分のことを半グレだなんて思ったことは一度もないです。半グレという言葉を初めて聞いたときもピンとこなくて、本を読んでどういう意味なのか調べたくらいです」

勇介氏が初めてミナミの街に足を踏み入れたのは10代の頃だったという。

「アメ村(のクラブでイベントをやったり、ナンパをしに遊びに行ったりしていました。その頃はどこの飲み屋も朝まで営業していて、夜中でもネオンや看板が眩しかった。

僕が実際にミナミで働き出したのは18歳の時です。知り合いの紹介でセクキャバのボーイとして働き始め、多いときは16店舗の飲食店を回していました。その中にはガールズバーというコンセプトを最初に打ち出した店もあって、それが大当たりしたんです。

それまではずっとお金には苦労してきたので、一気に扱う金の額がケタ違いに増えて、仕事のストレスからか、あの当時は酒を飲んでは喧嘩を繰り返していました。

”テポドン”と呼ばれ出したきっかけは、そうした喧嘩の後に、一緒にいたミナミの友達から『勇介君が酒飲んだらミナミにテポドンが落ちるわ』と言われたことですね。

拳月と出会ったのもミナミです。彼はもともと地下格闘技の選手で、喧嘩の強さは並外れていました。さすがに僕はこいつには喧嘩では勝てんな、と。僕は仕事柄、トラブル処理には比較的慣れてたので、拳月とは役割が違うかたちで、グループは違いましたが、馬が合って、仲間としてつるむようになりました」

ミナミを去った今、夜の街の存在意義

しかし、NHK出演後の19年8月、勇介氏は恐喝未遂事件で大阪府警に逮捕され、1年2ヵ月の実刑判決が下された。出所したのは昨年4月だった。

「逮捕の理由については納得していない部分もあるし、言いたいこともあります。でも今は、水商売からは卒業して、ミナミも離れました。

僕がミナミに戻ることはないです。ここでやれることは全部やったと思ってます。後悔も未練もないです」

ミナミの夜にその名をとどろかせた「テポドン勇介」――。しかし、多くの不良たちを魅了したミナミの街は、長引くコロナ禍の影響を受け、活気を失っている。

「やっぱり昼の仕事をしてる人でも、どこかで息抜きは必要ですよね。それを満たすのがお酒を飲む店であったり、女性が接客する店であって、それはぜんぜん、当たり前やろ! って思いますし、需要があるから供給があるわけですよね。そこに対して第三者が『お前、飲みに出るな』って言うのは、僕はちょっと違うかな、というのはありますね。ほな、お前らどうすんねん、と。そういう需要が満たされない人たちの精神面までカバーできるのか、と。

水商売は敵視されがちですけど、店舗の中でルールがあって遊べるってことで治安が守られているのはあると思います。お客さんが羽目を外してトラブルになったり、ぼったくられるリスクも、お客さんが直接、女性と遊ぶような”パパ活”よりははるかに低いわけですし。ちなみに僕はぼったくりをやったことは一度もありません」

どこまでもつきまとう半グレというレッテル

現在はインスタグラム(『@t.p.d.n_king』『king_t.p.d.n』)での情報発信やYoutubeチャンネル『T・P・TV』を始め、昨年末には自身のアパレルブランド『T.P.D.N Genocida』を立ち上げるなど、精力的に活動を続けている。

「今は自分として、新しいやりたいことを模索している最中で、とにかく忙しいというのが本音です。音楽活動もしていて、2曲目の歌も完成して近々リリース予定です。もともと歌は苦手だったんですけど、飲み屋で働いていたときはよく歌わされていたので鍛えられてはいます。映画の出演も決まったので、これから撮影が楽しみです。もしお声がかかればテレビとかにも出てみたいですね。とにかくいろんなことに挑戦してみたいというのが当面の目標です」

そんな勇介氏は、自身は不良を卒業したと言う。

「たとえばヤクザだと、足を洗って堅気になりますよね。ただ、半グレって、そもそも半グレとだれかから認定されるわけでも自分で半グレと名乗るわけでもないので、一生、半グレというレッテルがつきまとうんですよね。真面目にやろうと思っても、半グレがどこまでもつきまとうというか。

いま、少年少女の間でヤンキー漫画が大ブームですよね。そういう世界に憧れて不良の世界に入ってきた子がいるとします。僕はそれはそれでいいと思うんですよ。そういう子が半グレをやっていても、大人になって、更生というか、真面目にやればそれでいいじゃないか、と。もう遅いとか言われたら、それは僕は違うんじゃないかと思いますね。

僕は今、自分を不良とは思ってないんですね。そもそも僕は生き方自体、めっちゃ臆病者で周りの目を気にしてしまうところがあったんですけど、テポドンと呼ばれて、そういう自分を隠してきたというか。でも、これからは隠す必要もなく、先輩から『これからどうすんねん、不良していくんか?』と聞かれても、『僕、別にもともと不良じゃないです』と言ってますし」

「伝説の半グレ」と呼ばれた男の第二章が始まった。

本誌未掲載カット 吉満勇介氏 “テポドン”と呼ばれた「伝説の半グレ」のいま
本誌未掲載カット 吉満勇介氏 “テポドン”と呼ばれた「伝説の半グレ」のいま

『FRIDAY』2022年2月25日号より

  • 写真加藤 慶

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