うまい棒値上げの時代に頑張る「老舗駄菓子屋」の日常 | FRIDAYデジタル

うまい棒値上げの時代に頑張る「老舗駄菓子屋」の日常

フォトルポルタージュ うまい棒10円→12円への値上げはどう影響しているのか? 店主の高齢化とコンビニの増加で 子どもたちのオアシスはどんどん姿を消している

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駄菓子屋が街から消えていく――。

コンビニの増加や少子高齢化が進む今の日本社会で、駄菓子屋はもはや「絶滅危惧種」だろう。経済産業省によると、駄菓子屋などの菓子小売業者の事業所数はここ20年間で3割まで落ちた。そんな衰退の時代に追い討ちを掛けるかのように、人気の駄菓子「うまい棒」が今春、一本10円から12円に値上げされる。たかが2円かもしれないが、駄菓子屋が相手にしているのは小銭を握りしめた子供たちである。値上げをめぐっては対応を迫られそうだ。

上川口屋 豊島区雑司が谷

81歳の店主、内山雅代さんが1人で切り盛りする店には、参拝客も大勢詰め掛ける。海外メディアでも話題に

池袋駅から徒歩15分ほどの雑司ヶ谷鬼子母神堂。その境内に、江戸時代から241年続く「上川口屋」は、ひっそり店を構えていた。節分の日の午前10時。正面の引き戸が開くと、ニット帽をかぶった内山雅代さん(81)が開店の準備を始めた。駄菓子のケースを縁台へ並べ、ものの20分ほどで、古びた平屋は駄菓子屋に「変身」した。

「原始的でしょ? 今どき木の引き戸の店なんて日本でうちだけですよ」

そう語る内山さんは、創業1781年(天明元年)というこの店の13代目店主である。祖母や叔母とともに10歳の頃から店番を続けてはや70年、現在は1人で切り盛りする日々だ。

「今度それ値上がりするんだって」

常連の中年男性がうまい棒2本をつかみ取ると、そう声を掛けた。

「聞いたよ。まあでも安いからね」

男性が去った後、内山さんがこぼす。

「4月から12円で売るとしたら、消費税を入れて13円。それを取らないとうちはやっていけない。今までより少なめに仕入れて、まずは様子見です」

メディアにも度々取り上げられる上川口屋だが、経営状態は厳しい。そもそも、駄菓子販売の利益率は2割だから、維持するだけでも大変なのだ。

「ひどい日なんて一日の売り上げは800円。その2割は160円でしょ? カップ麺も食べられない。だから3袋108円のもやしで凌(しの)いでいます」

そう苦笑いする内山さんによると、1ヵ月の収入は約2万5000円だ。これに年金を加えて節約生活をしているが、それでも続けているのは、人との触れ合いがあるからだ。

「成人式に振り袖着て『おばあちゃん』って会いに来てくれるんです。子供ができたら『抱っこしてやって』って。そんなの嬉しいよ!」

池袋駅から徒歩15分、鬼子母神堂の境内に建つ。創業は江戸時代の天明元年(1781年)。営業時間は10〜17時

梅原牛乳店 葛飾区白鳥

梅原牛乳店では毎日午前中、近所に住む高齢者が世間話に花を咲かせる。地域の「心のオアシス」になっている

内山さんのように、駄菓子屋は持ち家で営業しているのが大半だ。ところが東京都葛飾区の「梅原牛乳店」は、家賃の負担が重くのし掛かる。昨年末には、売り上げに貢献してくれた近くの工場が移転したことも重なり、店主の梅原ふみいさん(69)は、こう嘆息する。

「以前は夫が牛乳の宅配を頑張っていたから駄菓子屋も何とかやっていけました。ところが夫が一昨年に亡くなり、工場も移転したので今は本当にきつい。1月は少し赤でした」

創業は昭和49年。牛乳の宅配業としてスタートしたが、やがて駄菓子屋を兼業する。学校帰りの子供たちのたまり場には、いつの間にか、近所の高齢者も集まるように。常連からは「地域のオアシス」と呼ばれている。

「みんなが来てくれるのに店を閉めたら寂しがるかなと。もうボランティア精神です。駄菓子を売ってたわいもない会話をして、一日が暮れていくのも幸せかなと思って」

’74年創業。京成電鉄・お花茶屋駅から徒歩約10分。営業時間は10〜18時。店名の通り牛乳も販売している

いながき 埼玉県加須

’19年創業。駄菓子業界では珍しい40代が店主を務める。車の買い物客が多い。営業は土日のみの13〜18時

どこの駄菓子屋も悲鳴を上げている一方、埼玉県加須市の「いながき」は連日、親子連れで大賑わいだ。店頭に立つのは若旦那の宮永篤史さん(42)で、令和元年に始めたばかり。きっかけは、宮永さんが学童保育を経営し始めた10年ほど前に溯(さかのぼ)る。

「遠足に連れて行った時に、買い物の仕方を知らない子がいて衝撃を受けたんです。そこで学童保育の中に、疑似駄菓子屋を作ってみたのです」

その後一転、学童保育の経営から身を引き、全国の駄菓子屋をめぐる旅に出た。現在までに訪れたのは約600店舗。その先々で目にしたのは、消滅寸前の駄菓子屋ばかりだった。

「誰かが残すつもりでやらないと」

と意気込むも、出会った店主からは、

「儲からないからやめておけ」

そんな声を振り切るかのように、旅を終えて3ヵ月後にオープンした。場所は、倉庫代わりに購入していた物件だ。そこは閉店した美容室とハンコ屋で、内装工事を自分で手掛け、駄菓子屋に一変させた。昔のゲーム機も集めた。営業は土日だけだが、口コミが広がり、客足が増えた。宮永さんが力説する。

「続けるのは確かに難しいですが、やり方次第で、子供たちの居場所は作れます。大事なのは店主の人柄です」

昭和の面影が残る駄菓子屋は今後も消滅の一途をたどるだろう。宮永さんのような若手の登場は果たして、その流れに歯止めをかけられるだろうか。

店内には昭和の面影を感じさせるレトロなゲーム機も並べられており、親子連れに人気だ。料金は一回10円から

青木屋 北区堀船

青木屋 北区堀船

創業は’55年頃。JR王子駅から徒歩約10分、住宅街にある昔ながらの駄菓子屋、「青木屋」。営業時間は6〜20時。

『FRIDAY』2022年3月4日号より

  • 取材・撮影ノンフィクションライター・水谷竹秀

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