歴史マンガ『センゴク』が経営者から圧倒的支持を受けるワケ | FRIDAYデジタル

歴史マンガ『センゴク』が経営者から圧倒的支持を受けるワケ

1100万部、約18年の長寿連載がついに完結! 社員教育のテキストにもなる”異色の歴史マンガ”制作秘話を著者・宮下英樹氏が語り尽くす

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『センゴク』シリーズの作者・宮下英樹氏。大学は工学部出身。「僕はロジカルにマンガを作るタイプかもしれません」

「最終回の原稿? いつもどおり普通に描きました。終わりが見えてからも淡々と作業を進めましたよ。というのも、“燃え尽き症候群”にはなりたくなかったんです。今もあえて感慨にふけることのないようにしています」

マンガ家・宮下英樹氏は静かに振り返る。

2月28日、歴史マンガ『センゴク』シリーズ(『ヤングマガジン』で連載)が最終回を迎える。織田信長の活躍から徳川家康の天下統一までの戦国時代をリアルに描き切った同シリーズは、『センゴク』『センゴク天正記』『センゴク一統記』『センゴク権兵衛』と約18年続き、累計1100万部を数える大ベストセラーとなった。しかし、この作品、歴史マンガとしてはちょっと異色である。改めて、『センゴク』シリーズの魅力に迫ってみよう。

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仙石権兵衛秀久。歴史ファンから嫌われていた武将をあえて主人公に据えた

編集長がこぼした「オレは浅井長政と同じ立場だ」

まず、『センゴク』の特長は、一般のマンガファンだけでなく、多くのビジネスパーソン、会社社長や経営者に支持されている点にある。最初にサラリーマンとしてのアツい感想を寄せてきたのは、当時の『ヤングマガジン』の編集長だった。

「義兄・織田信長を裏切った浅井長政が苦悩するシーンを描いていたときのことです。当時の編集長が原稿を読んで『浅井長政の気持ちがわかる。今のオレみたいだ……』とこぼしたんです」

浅井長政は近江国(いまの滋賀県)北部の豪族たちをまとめる立場にあった武将。豪族たちの様々な意見を調整しつつ、同時に同盟国・越前(今の福井県)の朝倉家や一向一揆勢力の意向を聞き、さらに、朝倉家と対立する義兄・織田信長からの圧力もあった。最終的に信長に反旗を翻した浅井を、感情論としてこの反乱を描くフィクションが多い中、『センゴク』は”組織の中で懊悩する男”として描いた。

「浅井長政の立場はいわば、“究極の板挟み”。悩みに悩んで信長に逆らうという選択をしました。つまり彼は“戦国時代の中間管理職”。部下、作家、上司の板挟みにあって苦労していた当時の編集長の立場と重なる部分が大きかったのでしょう(笑)」

『センゴク』シリーズの醍醐味の一つは、こうした過去の武将たちの行動と、現代に生きる我々の悩みがシンクロするリアルさなのだ。

社員教育のテキストに

ある経営者は『センゴク』の描く豊臣秀吉の家臣団の分裂シーンを読んで、「自らの会社の危機を描いているようだ」と感じたという。

「その会社は、シナジー効果を狙っていくつかの会社をまとめ、ホールディングス化したんですが、うまくいかず悩んでいました。各部門が自らの縄張り意識をもってしまい、協力関係が成立しなかったんです。それってまさに豊臣家臣団。石田三成ら“奉行派”と加藤清正ら“武断派”の対立と同じ構図なんですね。この対立が徳川家康の台頭を生み、豊臣家滅亡の遠因となったわけです」

実際、マンガの中では図版や組織図が多用され、武将たちが組織の一員としてどのような立場にいるのか、常にわかるような配慮がなされている。歴史を通して組織とは何かがわかるマンガとして、あるアニメ制作会社では『センゴク』を社員教育のテキストにしている。

秀吉家臣団の解説シーン。図版を取り入れながらわかりやすく歴史を解説すると同時に、エンタメとしても成立させている

戦国大名=ワンマンな会社経営者

組織のトップに立つ大名たちの姿も非常に魅力的だ。

「そもそも戦国大名って会社の経営者みたいなものですよね。彼らはどうやって組織を管理し、回していたのか興味を持って描いてきました。

歴史の主人公になるような戦国大名たちって、現代で言うならスティーブ・ジョブズみたいな特殊な人。超ワンマンな経営者です。織田信長なんて、明智光秀の本能寺の変の謎を追うのがバカらしく思えるくらい、何度も何度も謀反を起こされています。経営者としてはどうだったのかな?

一方、武田信玄などは部下を非常に上手く使ったリーダーだと思います。あまりでしゃばらず、部下に任せる経営者として描きました。だから、マンガでは信玄はあまりしゃべりません(笑)」

そんなリーダーの描き方にも特徴がある。

「信長のような特殊な人たちを主人公にして、一挙手一投足を描くマンガにすると“普通の人”に見えてしまう。ですので、仙石権兵衛秀久という信長の家臣である秀吉の、そのまた家臣を主人公に据えて、特殊なヒーローたちを仰ぎ見る存在にしたんです。子分の目線から見ることで、天下人の特殊さや苦悩、輝きを表現したかった」

実際、『センゴク』の中では織田信長はモノローグ(心の声)をほとんど使わない。「モノローグを使うと英雄である信長の“格”が落ちてしまう」ので、信長の感情は主人公の仙石や家臣の目を通して語られていくのである。

織田信長を描く宮下氏。「とにかく信長をカッコよく描きたかった」

社会の仕組みを描きたい

いまの我々に刺さる戦国時代のリーダー論や組織論を宮下氏はどうして描こうと思ったのか?

「歴史ってファンタジーではなくて、過去にあった現実の話。それを描こうと思いましたし、実際、リアルの部分こそが面白いと思っています。

そもそも子どものころから世の中がどういう仕組みで回っているのか、関心がありました。僕は能登半島の港町で育ちましたが、私の住む漁港の町と隣の温泉の出る観光の町は“全く別の国”でした。私の町は喧嘩早くてガサツだけど、裏表がないさっぱりとした町。隣町は表向きは感じが良くて品があるけど、裏ではドロドロとしたいろんな思惑が渦巻いている。実家が飲食店だったので、子どものころからそうした違いをたくさん見ていて『これって何だろう』と疑問を持っていたんですよね」

実際に歴史マンガを描くことになっても同じ疑問がわいた。

「例えば、本能寺の変で織田信長が討たれた後、信長の遺臣たちが『清州会議』という今後の方針を決める会議を開きます。これまでの講談調の歴史だと、<いち早く信長の孫である三法師を手にした豊臣秀吉が、三法師を抱いて会議に現れて上座に座る。信長の孫の庇護者として振る舞ったことで秀吉の権威はあがり、天下人への道がひらけた>となるわけですが、そんなこと現実にはないでしょう(笑)。

そんな演出ばかりで天下人になれるわけないです。組織の中で成り上がるために、ち密な戦略があった。そうしたリアルな社会のかたちを描きたかったんです」

そのために宮下氏は物語ではなく、歴史の研究書や一次史料(当時の手紙など)の読み込み、歴史学者への取材やフィールドワークを行い、戦国時代の社会をリアルに再現することに成功した。

勝者・家康は「一番いやいや戦国大名をやった人」

戦国時代を生き抜き、最終的に天下を統一したのは徳川家康だったが、宮下氏はこの“勝者であるリーダー”をどう評価しているのか。

「一番冷静で、一番我慢した人でしょう。実際、有能な社長さんほど『だれもオレの苦労をわかってくれない』とか愚痴をこぼしながら、嫌われ役を引き受けながら、ちょっとイヤそうに仕事をしています。

戦国時代のいいリーダーたちも、とても辛そうです。悪評は自分で引き受け、手柄は部下にあげる。何をしたら良いかわかっていても命令せず、部下からいいアイデアが出るのをじっと待っています。けっして自分が頭が良いと見せないようにしているんですよね。

マンガの中にも書きましたが、徳川家康はおそらく“一番いやいや戦国大名という仕事をした人”じゃないかと思います」

主人公があまり活躍しない

また、『センゴク』シリーズの主人公・仙石権兵衛秀久もきわめて“異色”だ。この仙石権兵衛、そもそも歴史ファンの間で評判の良くなかった、いや嫌われていた男。その理由は、戸次川(へつぎがわ)の戦いでの大失敗にある。

秀吉の家臣として、九州の島津家との戦いに指揮官として派遣された仙石は、周囲の反対を押し切って川を渡り、島津家に大敗する。長曾我部信親といった将来有望な武将たちが次々討ち死にする中、ひとり仙石は逃亡。九州から遠く離れた讃岐(香川県)まで逃げ帰ったのだ。司馬遼太郎はこの戦いを書いた小説の中で仙石を酷評した。

「歴史に汚点を残した仙石を主人公においた時点で『ダメな部分もちゃんと描かなければならない』ことは覚悟していました。連載当初は仙石の活躍を中心に描いていましたが、史料を読む中で、だんだんと彼の平凡さを丁寧に描くようにしていきました」

そんな『センゴク』はマンガ界の“禁じ手”が満載だ。象徴的なのが、「紀州攻め」のあるシーン。紀州(和歌山県)の豪族討伐に向かった仙石は、敵方の武将と相まみえる。普通のマンガなら、ここで華やかなる一騎打ちのシーンとなるのだが……。

「一騎打ちはしません(笑)。史料にそのような事実はありませんし、実際の歴史で武将同士の一騎打ちはまず起こらない。勇猛果敢に突撃する武将なんて討ち死にしちゃいますよ。

戦国時代を生き残ったのは、“蛮勇”や“男気”を過分に見せなかった人。仙石も最後は大名として畳の上で人生を終えた人ですから、過剰な演出はリアルではないんです。でもさすがにこのシーンではアシスタントたちから『えっ戦わないんですか!!』って声が上がりましたね(笑)」

仙石との一騎打ちが迫った紀伊の豪族・湯川氏だが、家臣が止めてしまう。漫画の世界では“禁じ手”だ

伝えたかったのは「幸せって何だろう?」

『センゴク』は歴史史料の中の“空白”を派手な演出で埋めたりはしないマンガなのである。「驚異の逆転劇」も「事実を誇張した演出」も「意外な作戦」もない。戦いに勝っても明確な理由がなかったりする。

状況に翻弄され戸惑う。うまくいかないことに悩む。失敗をして傷つく。やがて痛みを受け入れてふたたび人生を歩みだす――。

仙石権兵衛の姿はまさに我々の人生と同じだ。戦国時代を必死に生き抜く一人の人間の姿に読者は共感し、いつの間にかどっぷりとストーリーに入り込んでいくのである。

「結局、平凡な仙石やリアルな戦国時代の形やリーダーの姿を通して伝えたかったのは『幸せって何だろう?』ってことです。

世の中って、良いことをすればうまくいくわけじゃない。英雄たちのように有能で天下人になったからといって幸せになれるわけじゃないし、仙石のように平凡で大きな失敗をしても立ち直れるし、生きていける。人生って運や縁に左右される、すごく無常なものですよね。さまざまなキャラクターの生きざまを通して、読者に生きていく勇気を与えられたらと思います」

戸次川の大失敗の後、悩み苦しむ仙石。世の中、誰もが英雄にはなれない。それでも生きていかなければならない。そんなメッセージを感じる

2/27日まで「センゴクシリーズ」が無料&半額で読める

宮下氏の執筆風景。「もともと歴史に詳しいわけではなかった。主人公の仙石の成長と一緒に勉強をしていきました」
「約18年の連載で一番長く休んだのは5日くらい。北海道に行きましたが、宿から出ず、歴史史料を読んでいました(笑)」と宮下氏
仙石の旗印は「無」である
シリーズは計77巻、1万4000ページにおよぶ

 

  • PHOTO濱崎慎治

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