ウクライナ強襲 プーチン大統領「貧しかった悪童時代」写真 | FRIDAYデジタル

ウクライナ強襲 プーチン大統領「貧しかった悪童時代」写真

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14歳の時のプーチン氏。当時は親からを離れ祖父母のもとで生活していたという。『ロシア大統領の秘められた経歴』からの提供写真

ロシア軍がウクライナを強襲したのは、2月24日早朝のことだ。

ウクライナ国防省によると、朝6時にロシア側が巡航ミサイル約1600発などで空港や軍事施設への空爆を開始したという。首都キエフや第二の都市ハリコフ、南部の湾口都市オデッサなど、少なくとも25の街で爆発を確認。ウクライナ軍の兵士40人以上、民間人137人が犠牲になったとされる(いずれも2月25日現在)。

ほぼ同時刻にロシアのプーチン大統領(69)は、緊急演説を行う。「レッドライン(超えてはならない一線)があると繰り返し言ってきた。彼らは、それを超えた」とし、軍事作戦の実施宣言の理由を次のように説明している。

「ウクライナ側が親ロシア派の地域を攻撃している。ロシアに望みを託す何百万の人々が、集団殺害される悪夢を止めなければならない(ウクライナ政府はプーチン大統領の主張は『虚偽』と否定している)」

プーチン大統領は「ウクライナ領土の占領はない」と話しているが、信じられるはずもない。チェルノブイリ原発を占拠するなど戦線は一気に拡大。米国や北大西洋条約機構(NATO)との、全面衝突も危惧される。ロシア情勢に詳しい、筑波大学の中村逸郎教授が警鐘を鳴らす。

「ロシアは、核兵器の使用も示唆しています。第二次世界大戦を超える、人類史上最悪の戦争になる危険性がある」

核兵器の使用も示唆

91年8月、当時38歳のプーチン氏。レニングラード大学学長補佐をしていた

プーチン大統領が強硬な姿勢を見せるのは、NATOに近づくウクライナは「ロシアと同じ民族だ」と考えているからだ。18世紀に女帝エカテリーナ2世がウクライナを併合し、ロシアは「帝国」としての地位を築いたとされる。プーチン大統領は、7月に発表した論文でこう記している。

〈ウクライナは、国家として安定した伝統がない。ウクライナの真の主権は、ロシアとの同盟によってのみ実現できる〉

プーチン大統領の強硬かつ慎重な姿勢は、若い時から培われたものだ。『FRIDAYデジタル』は20年5月に、14歳の時のプーチン大統領の写真を入手(関連画像1枚目)。知られざる、過去にも触れている。

「プーチン大統領は、旧ソ連西部のレニングラード(現・サンクトペテルブルグ)で生まれました。父親は機械技師、母親は工場で働き、かなり貧しい家庭だったようです。少年時代は毎日ケンカばかりし『悪童』と呼ばれ、かなりヤンチャだったとか。親戚に勧められ、柔道を習うようになり徐々に更生したそうです。

猛勉強で、名門レニングラード大学法学部に入学。卒業後は、ソ連の諜報機関である『KGB』で働いていました。しかも勤務地は、東西冷戦下で激しい情報戦が行われた東ドイツのドレスデンです。そのためプーチン氏は、現在でも最新の情報獲得に力を入れている」(ロシアに駐在経験のある全国紙記者)

今回のウクライナ侵攻も各国の情勢を深く分析し、決断にいたったとされるプーチン大統領。今後の動きに、世界中が注視している。

94年4月
99年8月
2月24日に軍事作戦実行を宣言した現在のプーチン大統領
ウクライナへ侵攻するロシア軍
ロシア軍の攻撃を受け途方にくれるウクライナ国民
ロシア軍の攻撃を受け黒煙が上がるウクライナ第二の都市ハリコフ
  • 写真ロイター/アフロ AFP/アフロ

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