壮大な野望が生んだ地図ゲーム『テクテクライフ』開発秘話 | FRIDAYデジタル

壮大な野望が生んだ地図ゲーム『テクテクライフ』開発秘話

金曜日の蒐集原人・第5回「『テクテクライフ』のゲームデザイナー麻野一哉さんと地図を塗りに行く」

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コレクションはおもしろい。特定のテーマに沿って集められた充実のコレクションを見るのも楽しいけれど、それ以上にコレクションすることに夢中な人間の話はもっとおもしろい。この連載では、毎回いろいろな蒐集家の元を訪ねて、コレクションにまつわるエピソードを採取していく。

人はなぜ物を集めるのか? 集めた先には何があるのか? 『金曜日の蒐集原人』とは、コレクターを蒐集したコレクションファイルである。

スマホの位置情報を利用した『テクテクライフ』というゲームがある。自分がスマホを持って実際に歩き回った場所の地図を塗りつぶしていく、ただそれだけのゲームだ。これが滅法おもしろい。作ったのは『かまいたちの夜』や『不思議のダンジョン』シリーズなどで知られる麻野一哉さん。

彼がこのゲームを思いついた背景には、兵庫から東京へ引っ越してきたとき、実際に地図帳を持って東京都内を歩き回り、自分の足で踏みしめたエリアをマーカーで塗りつぶしていた経験がヒントになっているのだという。そこで、問題の地図帳を見せていただくと同時に、麻野さんと一緒に町歩きをしてみた──。

地図帳を塗るのはコレクションか否か?

──ぼくはコレクションというのは、何か物を集めることだけではないと考えているんです。

麻野 ああ、なるほど。でも、ぼくの地図帳塗りをこの連載で取り上げるというのは、けっこう変化球でしょう?

──まあ、そうですね。ただ、ぼく自身『テクテクライフ』がすごく好きで、その地図を塗りつぶしていくという行為には、ぼくの考える「蒐集の快楽」があるわけですよ。だって自分の行動の積み重ねが、どんどん記録として蓄積されていくわけですから。だから『テクテクライフ』を見たときに、これは「ぼくのためのゲームだ!」って思ったんですよ。

麻野 それはありがとうございます(笑)。

──で、そのゲームデザインの元になったのが、麻野さんが実際に地図帳片手にやっていた地図帳塗りだそうです。今日はそれを体験するために、府中までやって来ました。ということは、23区内はもうすべて塗ってしまった?

麻野 そうですね。あと、東京の西側も三鷹はだいたい塗ってるし、調布とかもほぼ塗ってるんだけど、府中にはこれまで用事がなくて来たことなかったんです。

国際展示場など、東京湾の埋め立て地エリアも踏破済み。実際に地図帳がマーカーでグリグリと塗りつぶされているのを見ると、なんだか笑えてしまう

──さて、府中といっても広いですが、今日はどの辺を攻めましょうか?

麻野 府中には、駅からそんなに遠くない場所に大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)があるので、そこへ行ってみましょう。撮影としては、ぼくが『Ingress』(※後述します)をやってるところとか、その背景に神社とかを入れて、そのあとに地図帳を塗ってるところを撮れば、ひと通りの画になるだろうと思います。

──撮影プランまで立てていただいて、助かります(笑)。というわけで、麻野さんと大國魂神社を目指してテクテク歩きながら話を聞いていきましょう。

東京中を歩き尽くしたかった

──麻野さんは大学を卒業後、兵庫県からこちらへ上京してこられたんですよね。それはチュンソフトに就職するため?

麻野 いや、就職が決まったから出てきたわけではなくて、とにかくゲームを作りたかったんですよ。でも、ゲームを作るためにどうすればいいのかわからなくて。当時はゲームの専門学校もなかったし、ゲーム業界というもの自体がよくわからなかった。

それで、『ドラクエ』が好きだったんで、エニックスに手紙を書いたり電話したりして「機会があればゲームを作る人間になりたいんですけど、相談に乗ってもらえませんか?」みたいなことを言ったら、非常に親切なプロデューサーさんが「よかったら一度遊びに来たら」と言ってくれて。

──まだゲーム業界の間口が広いというか、入り口が自由だった頃ですね。

麻野 あとで知ったんですけど、エニックスも当時はまだ机しかないようなところで、会社然としてなかったんですよ。そうこうしてるうちに、とりあえず東京に行かなきゃいけないと考えて、最初は大阪で就職活動したんだけど、東京に支社というか転勤できるところを探したんですよ。なおかつ、ぼくは文系だったけど、ゲームを作るならプログラミングの知識はあった方がいいだろうということで、コンピュータソフトを扱う会社に入社したんです。

──それはゲーム会社ではなくて?

麻野 はい。ゲーム会社以外だったら就職先はあったんですよ。それで、いくつか受けた中で、比較的いい会社で、東京への引っ越し代も出してくれるところで、その会社に入って、しばらくスーツ着て研修とかやってたんですね。そうこうしてるうちに、たまたまこっちに中学時代からの友人がいて、そいつはぼくの事情を知ってるから、雑誌で「チュンソフトっていう会社がゲームデザイナーを募集してるよ?」って教えてくれて、そのときに初めてチュンソフトが『ドラクエ』を作ってることを知ったんです。

──そうか、当時はデベロッパーとかパブリッシャーの概念なんてわからなかったですもんね。

麻野 で、それならぜひにと応募して、採用してもらえたのがゲーム業界への入り口ということです。

歩きながらお話を聞く。ぼくが右手に持っているのは録音用のICレコーダー。左手ではスマホで『テクテクライフ』をプレイ中

──それで東京に出てきたときに「東京中を歩き尽くしたい」と思ったそうですね。

麻野 歩き尽くしたいというか、なんていうんですかね、ぼくからしたら東京っていうのは一種の旅行感覚なんですよね。だって地元じゃないんで。どこに行っても珍しいものばかりある。それで、せっかく東京に来たんだから全部行きたいなあというふうに思ったんですけど、問題は全部行くということの意味を、つまり一種のルールですかね。どうしたらいいかわかんない。

──別のインタビューでは「ゲームシステムがわからなかった」とおっしゃってましたよね。

麻野 そうそう。何をもって行き尽くしたことになるのかがわからない。それで、初めに思い付いたのは駅単位だったんですけど、駅って点じゃないですか。なので、駅に着いて、その辺をぐるぐる歩き回ってもピンとこない。

──鉄道ファンの世界に「乗りつぶし」という遊びがあるでしょう。それと自分のやりたいことは明確に違うという意識があったわけですね。

麻野 もうまったく違う。じゃあ、四つ角でぐるっと見渡したらそこはOK、みたいなルールもなんか違うなあと感じるし。結局、そのときは無理だと感じて諦めた。ルールも思いつかないし、かといってすべての道をしらみつぶしに全部歩くというのもちょっと不可能だし。

──ルールにこだわるところが、いかにもゲームデザイナーらしいです。

『Ingress』を楽しみ続けるために

──いったんは諦めた地図帳塗りを本格的に始めたということは、ルールが見つかったわけですよね? たとえば『テクテクライフ』では、自分の周囲30メートルを示すサークル(円)があって、それが触れた範囲の街区を塗ることができます。でも、実際の地図帳を塗るという行為にはサークルなんてないわけで、そこはどういうルールを設けているんですか?

麻野 その話は長くなるので簡単に言うと、ある地域にある『Ingress(イングレス)』のポータルをすべてハッキングしたら、その地域は行ったことにして塗る、というルールです。

※ここで、ご存じない方のために『Ingress』についてご説明します。『Ingress』とはスマホのGPS機能を利用した位置情報ゲームの元祖で、プレイヤーはエンライテンド(緑色)かレジスタンス(青色)どちらかのエージェントを選択します。そうして現実の地図と連動したマップを歩き回り、全国各地にあるポータルと呼ばれるポイント(史跡、記念碑、彫像、駅、教会、神社などの拠点)をハッキングすることで、陣取りをするというものです。

これが『Ingress』の画面。エンライテンド(緑)とレジスタンス(青)がポータルをハッキングしあっている様子がわかるだろうか

──つまり地図帳塗りは、『Ingress』との連動で実現に至ったということですね。『Ingress』が正式にサービス開始されたのは2013年ですから、1962年生まれの麻野さんはそのときだいたい50歳くらいです。ルールが見つからず封印されていた地図帳塗りが、約30年の時を経て実現したというのは熱いな。

麻野 『Ingress』って、レベル8まで進めたときに、あとは量を増やすばかりで新しいことが起きなくなるんですよ。せっかくここまでワクワクして遊んできたのに、それはちょっとつまんないなと思って。このあとも楽しみ続けるにはどうしたらいいだろうと考えたときに、20代の頃の東京中を歩き尽くしたいという野心を思い出して(笑)。

──なーるほどー!

麻野 『Ingress』のポータルというのは、その地域の一番の有名どころが網羅されているということだから、そこをハッキング(※ゲーム中で現地に到達)することで、そこは行ったことになるなと気づいたわけです。それこそお地蔵さんとか、商店街のちょっと変わった看板とか、けっこうその場所のトピックが全部網羅されているんで。

──じゃあ『Ingress』だけでいいじゃん、ということになりませんか(笑)。

麻野 いや、それはそうなんです。もし『Ingress』でそのポータルに行ったかどうか記録できれば、『Ingress』だけで完結してたんです。いまはどうかわからないけど、当時はそれができなかったんですよ。ぼくはだいたい5万ヵ所のポータルに行ってるんだけど、それを『Ingress』のアプリ内ではわからなかった。それで、行った場所を地図帳でも塗って行くということを始めたわけです。だから、この地図帳を見れば、この地域の目ぼしいものは全部見たぞ、ということになる。これは……コレクションですかね?

──立派なコレクションです! 『Ingress』は地図を塗ることを目的としたゲームじゃないからそういうシステムにはなっていないけど、それと連動して生まれたのが地図帳塗りであり、さらにそれを位置情報ゲームとして昇華させたのが『テクテクライフ』ということですね。

地図帳はバックアップを取ってある

──というわけで、大國魂神社に到着。ここに至るまでに、いくつかポータルをハックしてきました。神社の大鳥居もポータルになってるんですね。

麻野 で、数ヵ所ポータルをハックしたら、そのエリアと同じ場所を地図帳でも塗る。

──塗りつぶしはグリーンのマーカーを使われていますが、その色を選んだ理由はひょっとして……。

麻野 ぼくは『Ingress』ではエンライテンドだからです。

──やっぱり! 薄々そうじゃないかなーと思ってました(笑)。

いよいよ府中駅から大國魂神社まで歩いてきた経路を塗る。といっても、実際に地図帳で見るとこんな小さい面積。こりゃ大変だあ!

麻野 それで、これが実際に塗っている地図帳なんですけど、家に4~5冊あるんですよ。

──ん? 東京だったら23区編と多摩地区編の2冊でいいのでは?

麻野 なぜかというと、予備を持っておかないとダメなんです。一度、日本橋の丸善のトイレに忘れたことがあって、慌てて取りに戻ったら残っていたので助かったんですけど、そのときに「いつかなくしたらヤバいな」と思って、コピー(同じように塗った複製)を何冊か持ってるんです。

──バックアップを取ってあるんだ。それに、毎日持ち歩いていると地図帳も痛んできますね。

麻野 実際ボロボロになってるし、夏とか汗臭いんですよ(笑)。

23区の方はたしかに表紙が擦り切れかけている。取材したのは12月なので変な匂いはしませんでした

──しかし、そうなると麻野さんは移動するときに『Ingress』やりつつ、地図帳も塗らなきゃならないから、かなり忙しいんじゃないですか?

麻野 いや、23区は塗りつくして、もう『Ingress』もやってないから、そうでもないです。最近は『テクテクライフ』と、あとは研究のために『ポケモンGO』と『ピクミン・ブルーム』だけ。

──それでも忙しいですよ(笑)。というか『テクテクライフ』はまだやってるんですね。

麻野 23区にまだ塗り残しがたくさんあるので。

──開発者の麻野さんでも塗り残しがあるんですか?

麻野 まあ、2周目なんでね、さすがにモチベーションは低いです。

──2周目って、『テクテクライフ』が2周目に突入してるってこと!?

麻野 いや、『Ingress』をやってたときに23区はすでに1周したから、『テクテクライフ』のために都内を回るのは2周目ってことになるんです。

──ああ、そういうことか(笑)。『テクテクライフ』で日本を100パーセント塗りつぶした人っているんでしょうか?

麻野 いないですね。最高で26パーセントって人をこの前見ました。

──あ、そんなもんなんですか。でも、そうか。ぼくだって1パーセントだからなー。

麻野 東京って、なんだかんだ言って都道府県の中では小さい方なんですよ。その東京ですら100パーセント塗るのはたぶん不可能ですよ。

──となりぬり(※実際に踏破した街区の隣は、TTPというポイントを消費すればそこまで行かなくても塗れる)を使ってもダメですか?

麻野 東京都内ならできます。でも日本全国は無理。

『ドラクエ』の影響で地図が好きに

──地図を塗りたいという気持ちが生まれた背景を知りたいんですが。

麻野 地図を塗りたいっていうのは、二十歳の頃の「東京を全部歩き尽くしたい」という衝動ね。それは最初にも言ったように旅行気分の延長なんですよ。旅行に出かけたらめぼしいものはすべて見ておきたいじゃないですか。関西からこっちに出てきて、東京を全部見てみたい。でもその「全部」というのが、何をもって全部とするのかがわからなかった。

──それを「地図を塗る」という形で記録していく行動につながるのが不思議というか、おもしろいと思います。小さい頃から地図を見るのが好きな子供だったんですか?

麻野 いやいや、地理は最悪だったんで。ぼく、そんなに成績は悪い方じゃなかったんですけど、中学のときに地理だけは7点とかで、バカだったんですよ。でも不思議なことにね、地理とか社会が大嫌いだったのに、気がついたら社会科の教師の免状は持ってるんですよ。

──わはは。いつのまにか地図のゲームも作ってるし(笑)。

麻野 ずっと地図が嫌いだったんですけど、それが好きになったのは『ドラクエ』の影響です。あれって結局のところ地図を旅するゲームじゃないですか。

──おっしゃる通りです。

麻野 いまでこそ『ドラクエ』もマップは3Dになったけど、元々は2Dの地図上を移動してましたよね。あれで、地図がすごく好きになったんです。チュンソフトに入社するときも、ぼくが描いたRPGのマップなんて、まるで中二病みたいなことをして中村(光一)社長に見せたりしてました。

──でも、その気持ちはわかります。ぼくにも似たところがあるな。

錦糸町もご覧の通り。ぼくは隣町の両国で生まれ育ったので、数え切れないほど錦糸町には行ってるけど、こんなに塗りつぶせるほどは歩き回っていない

麻野 それで、東京23区を歩き尽くすのにはどれくらいかかるか? ということと、それから全部回ったら何か見えてくるものがあるんじゃないか? 何か得るものがあるんじゃないか? と思ったんですよね。でも、意外となくて(笑)。いちばんの副産物は『テクテクライフ』を作れたことですね。

──その成果は大きいですよ!

麻野 地図帳を塗り始めたとき、最初どれくらいかかるかわからなかったんですよ。さすがに1年や2年で済むとは思わなかったけど、4~5年で終わるもんなのか、それとも10年経ってもまだまだ終わらないものなのか、まったく予想がつかなかった。

──ゲームバランスが見えないわけですね。

麻野 そう。でも、仕事や打ち合わせに行くときに、約束の時間より早めに行って塗るとか、休みの日は早めに起きてちょっと遠出して塗るとかやってみたら、1年くらいでなんとなく23区を制覇できそうな目処がつき始めてきたので、ああこれなら5~6年あればいけるなと思って、実際そんなもんでした。で、まあ、途中、浮気っていうか、23区以外のところで三鷹とか、横浜の方とかも行ったりしたけど、趣味として5~6年遊べるなら手頃な感じだと。

──麻野さんは2002年にチュンソフトを独立されてるから、地図帳塗りを始めたときはフリーランスだったわけですよね?

麻野 そう。ちゃんと会社に9時5時で行ってる人だったら、もっと時間かかるだろうなあとは感じます。

街のトリビアみたいなことが気になる

──地図帳の塗りつぶしをしていて、何か危険な目に遭ったことはありませんか?

麻野 幸いなことに、トラブルらしいトラブルはないです。ただ、湾岸沿いって危ないんですよね。人が歩くところじゃないっていうか、でかいトラックとかガンガン通っていて、歩道らしい歩道がないのでムチャムチャ怖い。

──たしかに、産業道路は怖いですね。では、逆におもしろかったことは?

麻野 おもしろいというか、やっぱりタブーになってる場所というのがあって、もちろん皇居とか、皇室関係。あと自衛隊や米軍関係。いわゆる一般人の立ち入りができない施設ですね。それと女子大。

──あー!

麻野 女子大にも立ち入りが緩いところと厳しいところがあって、○○女子大(※いちおう名前は伏せます)とかはムッチャ緩いんですよ。でも、いわゆるお嬢様学校と言われてるようなところは全っ然っ入れない。入ろうとするとすぐに「何の用ですか?」って警備の人がやってくる。で、「有名な石碑があるので見学させていただきたいんです」って言っても、許可がないとダメですよって断られてしまう。

──まあ、世の中には悪いことする人がいますからねえ。

ほとんど塗りつぶされた三鷹市。一部残っているところはJAXA(航空宇宙技術研究所)で、ここも一般人は立ち入ることができない

麻野 あのね、平和島の流通センターの南に昭和島というのがあって、そういうところって普通は行かないと思うんですが、いちおう住むところがあったり、ちょっとした商店とかもあるんです。だけど、まあ人が歩いてないですね。だから東京といっても本当にいろいろな街がある。

──異常に人がいなかったり、逆に人口が密集していたり?

麻野 品川の方に、品川八潮パークタウンっていうマンモス団地があるんですよ。そこに行ったときはすごいびっくりしましたね。とてつもなく巨大な団地で。もし、自分があそこで生まれ育っていたら、その場所特有の気質みたいなものが生まれるんじゃないかなっていう、何か特別な地域性を感じたんですよ。そういうことの発見はおもしろかったです。

──団地に関しては、団地団(※編集者、脚本家、作家など異なる職種のメンバーによるユニット)が、集合住宅という切り口から都市論や文化論を語っていますね。

麻野 あとおもしろかったのが足立区の花畑(はなはた)っていうところなんですけど、区画整理の記念公園とか記念石碑が、あっちこっちにあるんですよ。それを5~6年前に行ったときに見つけて「なるほどね」と思ってたんですけど、そのとき駅前をものすごい広い範囲で工事してたんですね。それを見たとき、六本木ヒルズを作る前に六本木の街を全部ブルドーザーで潰してたのを思い出して、もしかしたらあの辺にもでっかいマンションとかショッピングモールとかできるもんだと思い込んでたんですよ。

──そのための地域再開発ですもんね。

麻野 ところが、この前久しぶりに行ったら普通の平屋の家とかが建ってて。「えっ?」と思って。見たら看板に「第○回区画整理」とか書いてあって、また区画整理してるんですよ。つまり何でかっていうと、昔は田んぼとかが多かったから、畦道なんで途中で行き止まりになったり、変なふうに道が蛇行してるのを潰して、碁盤の目にしてるんですよ。それをずーっとやってるの。あんなことしてる街、東京中を回っても見たことないです。

──足立区って相当広いですよね。

麻野 広いです。大田区、世田谷区、その次くらいじゃないですかね。足立区はいまでこそ日暮里・舎人ライナーがありますけど、正直、鉄道らしい鉄道がないんで、徒歩でしか行けない範囲が広すぎるの。住人の方々は大変だと思いますよ。

大崎の山手線内側エリアが塗られていないように見えるが、これは別の地図帳ですでに塗りつぶしたものを移しているので、塗りは省略されているのだ

──東京23区を歩き尽くしても得るものはなかったとおっしゃいましたが、けっこういろんな発見がありますね。

麻野 そうかもしれない。大泉学園ってあるでしょう? そういう名前の駅も街もありますけど、そこに大泉学園という学校はないんですよね。

──あはは、たしかに。

普通、都立大学とか学芸大学とか、学校名がついてる街にはあるじゃないですか。いまは移転しちゃったけど、かつてはあったんですよね。それで大泉学園に行ったときに散々探したんですけど、移転どころか最初からない。で、由来を調べてみると、本当は学園を誘致する予定があったので、町名をつけて、駅にもつけたんだけど、誘致できなかったんで、幻の学園として名前だけが残った。大泉学園小学校というのはあるんですけど、あれは大泉学園という街にできた公立校だからその名前をつけただけで、本来の大泉学園とは関係がない。

──ややこしいなあ。

麻野 あと、もうひとつおもしろかったのは、荒川区って、いっさい荒川と接してないんですよ。たぶん昔に荒川が灌漑か何かで移動したんだと思うんです。

──ああ、たしかに! 隅田川に阻まれてますね。

麻野 そういうトリビアみたいなことばっかり気になるんですよ。本当に、地図を塗るっていうことをやらないと絶対に行かないだろう駅とか、たくさんあります。堀切菖蒲園とかね。ぼくとはまったく縁のないところだったんで。

──フリーランスはわりとあちこち行く方だけど、それでも限界はありますから。

東京23区を塗り終えた、その先は……

──皆さんに聞いてるんですけど、麻野さんはコレクター気質ってありますか?

麻野 まったくない。皆無。

──それは意外です。麻野さんがこれまで作って来たゲームを見ると、そういう気質の強い人のような気がしていたんですが。

麻野 まったくない。小学校のときに切手集めのブームがあって、そのときは流行りに乗っかってやったりしたけど、その一瞬だけで。あとは仮面ライダーカードとか、もちろん欲しかったんだけど、コンプリートするほどのお金はかけられないし、大人になってわりと自由にお金が使えるようになったときにはもう、自分がコレクター気質じゃないことがよくわかってるので。

──じゃあ、いま何か集めているものとかも別にない?

麻野 ない。あのー、ゲームをやってても、エンディングまで行ったらさっさと終わる。入手し損ねている武器とか、見てないサブシナリオとかあっても気にしないの(笑)。仕事にしてるからすべてのゲーム機は保管してるんですけど、別に集めてるわけじゃないから、持ってないやついっぱいある。ジャガーとか。

──ジャガーは持ってなくていいと思います(笑)。

麻野 昔セガで広報してた方で、お名前なんていったっけ?

──竹崎忠さん(※現トムスエンターテインメント代表)。

麻野 そうそう、竹崎さんはメガドライブのソフトとかを全部持ってるじゃないですか。あれはセガ愛なんだと思うけど。ああいう意味でのコレクションというのは、ぼくはしてないですね。

──そういう人が、地図をどんどん塗りつぶしていくゲームがおもしろいはずだと考えたというのがおもしろいですね。

麻野 いや、おもしろいはずだ、なんて思わなかったですよ。ぼくは『Ingress』を楽しみ続けたかっただけ。ぼくはものすごい歩くのが好きな人で、外へ出ていくのが大好きなんですよ。だから好きなゲームも『シヴィライゼーション』という、文明を育てていく奴なんです。

──あー、タイトルくらいしか知らないです。シミュレーションなのかな?

麻野 たとえば、自分は日本なら織田信長になってシンボリックに日本文明を広めるとか、エリザベス女王としてイギリス文明を広めるとか、そういうものなんですけど、何をするかといったらまったく何もないところに、自分の兵隊がポツンといるんですね。で、歩いているとどんどん見晴らしが良くなって、ここって平地だったんだとか、山だったんだとか、見えていって、そのうち敵の城壁とぶつかるんで、国境線ができるから戦って、自分の領地を広げるという。

つまりいろんな要素があるんですけど、領土を見つけて広げるというのが楽しくて、それを地図で自分でできるっていうか、極端な話、行って塗ったところは自分の領土だと思うと、征服欲が満たされるみたいな。コレクションというよりは征服欲ですね。

──なるほど。でも蒐集欲と征服欲はすごく近いところにありますから。

麻野 それが気持ちいいっていうのと、実際、行ったことがない場所ってなんだかんだ言って新鮮なんですよね。どんなにつまんないところでも。なるほどこんな高級住宅地にもゴミゴミしたところがあったりするんだ、とか。その逆とか。あれ? 白金にもこんなところがあるのか、って(笑)。

麻野さんのようにゲームデザインの仕事もしているぼくが言うのもなんだけど、ゲームを作る人の頭の中っておもしろいなあと思います

──『テクテクライフ』で100パーセントを目指すことが非常に困難であるように、地図帳を塗る遊びにも終わりはないわけじゃないですか。23区に絞れば可能でしょうけれど、日本全国となるとね。まだ当分は塗り続けるのでしょうか?

麻野 うーん、そうですねえ。ちょっと軸足を変えないと他のことができなくなるんですよ。ぼくは30歳くらいからずっと読書記録をつけてるんですけど、40代の頃は月に10冊くらい本を読んでたのに、50歳になって歩き始めてからガクンと読書量が減ってるんです。他の趣味も映画を見にいくとか芝居を観にいくとかも、ほとんどできなくなっていて。結局、50代の前半はほぼ毎日歩いて過ごしたことになる。

──仕事のためのインプットもしなきゃいけないですからね。

麻野 だから土日のどちらかは1日歩いたとしても、平日はせいぜい1週間に1回くらいにするとかしておかないとね。あとまあ、変な気負いっていうか、1人でやってるときって、こんなバカなことしてるのは世界に自分しかいないっていうプライドというか、秘かな快感があったんですけど、いまは(『テクテクライフ』で)みんながやってくれてるんで(笑)。

──そういう気負いもなくなったと。

麻野 やっぱり東京23区を塗り終えて、かなりの達成感を得られたのが大きかったです。もちろん許可なく立ち入れないエリアはあるんですけど、行ける限りのところは全部行きましたから。

(取材後記)
取材する前、断片的に知っていた情報で想像していたのは、「麻野さんが上京」→「東京を歩き尽くしたいと考える」→「歩いて地図帳を塗りまくる」→「それをヒントに『テクテクライフ』を考案!」というストーリーだった。地図帳を塗ることが『テクテクライフ』の企画の元になっているのは間違いなかったが、思っていたより『Ingress』の影響が大きかったのだな。それにしても、地図を塗るマーカーの色がエンライテンド由来の緑色だったというのには笑わされると共に、深く納得した。

(この連載は、毎月第1金曜日の更新となります。次回は4月1日の予定です。どうぞお楽しみに!)

  • 取材・執筆とみさわ昭仁

    コレクションに取り憑かれる人々の生態を研究し続ける、自称プロコレクター。『底抜け!大リーグカードの世界』(彩流社)、『人喰い映画祭』(辰巳出版)、『無限の本棚』(筑摩書房)、『レコード越しの戦後史』(P-VINE)など、著書もコレクションにまつわるものばかり。最新刊は、自身とゲームとの関わりを振り返った『勇者と戦車とモンスター 1978~2018☆ぼくのゲーム40年史』(駒草出版)。

  • 撮影村田克己

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