「ウクライナを見放せない…」 ある在留日本人の決死の決断 | FRIDAYデジタル

「ウクライナを見放せない…」 ある在留日本人の決死の決断

ATMには大行列、スーパーでは買い占め 混乱のなかを生きる現地の人々に徹底取材

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閉鎖されたキエフの食料品店。外出禁止令が出た直後、高垣さんは食料品の調達が難しくなり、カップ麺で過ごした

ロシア軍がウクライナへの全面的な侵攻を開始した2月24日早朝、首都キエフには爆音が轟(とどろ)いた。

「ドーンという音で目が覚め、(戦争が)始まったんだなと思いました」

ウクライナ在住20年の日本語教師、中村仁さん(54)はその時、キエフの自宅アパートにいた。間もなく勤務先から連絡が入り、自宅待機を指示された。

「前日まではキエフの市民は落ち着いていて、パニックには陥ってなかったんですが……」

その日から街の様子は一変した。飲食店は閉鎖され、銀行のATMには行列ができ、スーパーでは買い占めが起きた。幹線道路は郊外へ退避する車で渋滞し、駅にはスーツケースを手にした避難民の姿で溢れた。26日には外出禁止令が出され、街にサイレンが鳴り響くたび、アパートの住民たちは地下のシェルターへ逃げ込んだ。だが、中村さんは落ち着いていた。

「私は基本、部屋にいました。シェルターをのぞいてみると、子供を連れた家族が避難していたので、ゆでたジャガイモなどを差し入れました。それほど近くで爆音がしているわけではないので、あまり心配しすぎないようにしています」

日本の外務省によると、2月27日現在、ウクライナ在住の日本人は約120人。昨年12月時点の251人からほぼ半減した。在ウクライナ日本国大使館はこれまでに何度も電話で在留邦人に退避を呼び掛けていたが、退避する人、残留する人に分かれた。中村さんは計4回、電話で退避を促されたが、「私は残ります」と伝えた。

「勧告に従わないことにはためらいもありましたが、今までの生活を振り返ると、ウクライナを見放せない思いがあるんです。ウクライナ人はとてもおおらかで、欧米人に比べて目線も温かい。民主化を進めてきた欧米の人々が、こういう事態になったら一目散に避難するのもどうかと思います。僕はこの国に20年お世話になっていますから、逃げる時は彼らと一緒です」

退避するか否か――。その判断は、各々の立場や事情にもよるだろう。

「キエフから脱出できない」とツイッターに投稿した男子大学生に対しては、賛否両論が相次いだ。「ご無事でいて下さい」と安否を気遣う声が寄せられた一方、「現地人に迷惑をかけているだけ」、「自ら戦場に赴き同情の余地なし」などと自己責任を突き付ける誹謗中傷も多かった。

ウクライナで国際結婚相談所を営む、在住歴13年の高垣典哉さん(56)も「残留組」だ。ロシア軍の侵攻が本格化した後、YouTubeチャンネル「ウクライナ情報局」を開設し、爆音が轟く緊迫感や街の混乱ぶりなどを日々、スマホの動画で伝えている。撮影の最中に警官から呼び止められ、銃口を向けられたこともあったという。警戒を強めるウクライナ当局から不審者と間違われたようだ。

「さすがにびっくりしました。僕は自分で選んでウクライナに来ましたので、この先どうなろうが覚悟はしています。それにウクライナ人の妻や子供、会社の従業員を残して退避するわけにもいかないんです」

外出禁止令が解除された28日朝、高垣さんが自宅アパートから車で5分ほどのキエフ中心部に行ってみると、高層ビルが無残にも破壊され、地面には瓦礫が散乱していた。

「こんなロケット弾のようなものが自宅に飛んできたら死ぬかもしれない。周辺の車は窓ガラスが割れ、ボコボコに穴が開いていました。戦争が話し合いで収まるならそれが一番いい。戦いなんて誰も好んで行きたくないはずです」

ロシア軍の攻撃は激化しており、現場は予断を許さない状況が続いている。

ATMに並ぶキエフ市民。ロシア軍の侵攻によって混乱状態となり、生活への不安からスーパーなどにも行列ができた

『FRIDAY』2022年3月18日号より

  • 取材・文水谷竹秀

    ノンフィクションライター

  • PHOTO時事通信社 アフロ

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