泥沼スキャンダル、薄毛対策…「韓国大統領選」混迷の謎 | FRIDAYデジタル

泥沼スキャンダル、薄毛対策…「韓国大統領選」混迷の謎

  • Facebook シェアボタン
  • X(旧Twitter) シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

現地在住日本人ライターが報告

韓国大統領選挙の投票日3月9日が迫ってきた。選挙戦はどうやら、革新系与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)前京畿道知事と保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検察総長の2人による争いになりそうだ。

2大政党の両候補が激しく競り合う今回の選挙戦。スキャンダルの暴露あり中傷バトルあり、「薄毛治療の保険適用」や「ペットの遊び場拡大」などが公約に並ぶわ、YouTubのショート動画で政策が発表されるわ……で、日本では「これが本当に国家元首を決める選挙なのか?」との声も聞かれる。

だが、韓国は国民が自ら大統領を選ぶ直接選挙であるため、関心も投票率も高い。2000年以降4回あった大統領選のうち3回は、投票率が70%を超えている。

果たして今回の大統領選の行方は? 日本人が持つ素朴な疑問や韓国の人々の反応を、ソウル在住のフリーライター、原田みはねさんに聞いた。

2日夜、主要候補による最後のテレビ討論会が行われた。選挙戦が終盤を迎えてもなお、与野党の2大候補は互いの不正疑惑をめぐり舌戦を繰り広げたらしい(写真:アフロ)
2日夜、主要候補による最後のテレビ討論会が行われた。選挙戦が終盤を迎えてもなお、与野党の2大候補は互いの不正疑惑をめぐり舌戦を繰り広げたらしい(写真:アフロ)

日本や北朝鮮への外交政策より…最大の関心は、不動産政策

大統領選は2月15日から公式の選挙運動期間に入っており、投開票日の9日までに3回予定されていた選挙管理委員会主催のテレビ討論はすでに全てを終えている。1回目と2回目ではそれぞれ「新型コロナウイルス対策」「対北朝鮮政策」をめぐり論戦が交わされたようだが、コロナも北朝鮮問題もやはり国民の関心は高いのだろうか。

「国民としては、コロナ対策は確かに気にはなります。でも、北朝鮮や日本に対する外交政策に関してはどうでしょう。それより、自分たちの暮らしの不満を何とかしてほしいというのが国民の気持ちだと思います。 

みんなが今、一番関心を持っているのは不動産の問題なんです。文在寅(ムン・ジェイン)政権の失策によって、韓国の不動産価格はものすごく上がりましたから。ソウル市内だとマンションの平均価格は今、1億円台です」

日本はどうかというと、不動産研究所が1月に発表した2021年の首都圏の新築マンション1戸当たり平均発売価格は6260万円。バブル期の1990年を超えて最高を更新したが、それでもソウル市内の約半分だ。

「自分は買えないですけど、ニュースで6000万円台と聞いて思わず安いと感じてしまいました(笑)。ソウル市内の平均価格が1億円なんて、一般市民には手が届きませんよ。若い世代は家も車もあきらめています。 

だから両候補とも、若い層の票を意識した公約を数多く出しているんです。たとえば、イ・ジェミョンさんは全国民に最低限の所得を保障するベーシックインカムを導入し、19~29歳には金額を追加することを目指すと言っている。ユン・ソクヨルさんは、若者向けの低価格住宅を供給するとアピールしています」

有権者の政党支持傾向は世代間で異なり、40代50代は革新、60代以上は保守を支持。「ミレニアル世代」と「Z世代」を合わせて「MZ世代」と呼ばれる20代30代は、特定の支持政党を持たない無党派が多いとされる。

「40代以上の票はほぼ動かないと見られています。だから、20代30代の『別にどっちの候補でもいいけど、自分の得になるほうに入れよう』という世代をいかに取り込むかですよね。接戦が予想されるので、それが勝敗の決め手になると思います」 

主要野党の尹錫悦(ユン・スクヨル)氏。中道野党の安哲秀(アン・チョルス)氏が立候補を取り下げて野党候補が一本化したことで、政権交代実現となるか
主要野党の尹錫悦(ユン・スクヨル)氏。中道野党の安哲秀(アン・チョルス)氏が立候補を取り下げて野党候補が一本化したことで、政権交代実現となるか

スキャンダルと疑惑が続出。どちらも支持できない究極の選択選挙に… 

そこで出てきた公約が「薄毛治療への保険適用」だったのか?

打ち出したのはイ・ジェミョン候補。薄毛は結婚や就職などに直結する問題であり、治療に行く人の半数以上は30代以下だと主張し、YouTubeチャンネルで「イ・ジェミョンを選ぶ(韓国語で「選ぶ」と「抜く」は同じ単語)」を「イ・ジェミョンは植える」に言い換えて訴えている。

「聞いた時のインパクトが強いので、薄毛で悩んでいる人には反響があるかもしれませんね。ただ、韓国社会世論研究所が1月に発表した調査結果では、この公約に対する青年層の世論は賛成39.5%、反対41.6%となったそうです。健康保険財政は赤字続きで崩壊しつつあるという時に、薄毛対策を公約に掲げられても……。それどころじゃないと言いたい人のほうが多いんじゃないでしょうか」

日本でもニュースで取り上げられたほどユニークな公約ではあるが、韓国の若者層の票を取り込むほどの決め手になるかどうか……。

「有権者が『大統領はこの人であってほしい』と思うような決め手がない、そんな空気を感じます。両候補のスキャンダルや疑惑が次々に噴出したことも関係あるでしょうね。公式の選挙運動期間に入る前のテレビ討論会は、疑惑に対する弁明が主になっていました」

日本のメディアでも両候補のスキャンダルは報道されている。イ・ジェミョン候補に関しては不正献金疑惑や息子の賭博問題、妻をめぐる疑惑、女優との不倫疑惑、暴力団との関係などなど。片やユン・ソクヨル候補も相次ぐ失言や陣営内の主導権争い、妻の経歴詐称問題が明るみに。両候補合わせて「スキャンダルと疑惑のデパート」状態だ。

「これだけの噂がつきまとうのに、どちらかを選ばなくてはならない。『最悪の選択すぎて棄権する人が増えそう』『過去の大統領選に比べて投票率が低いのでは』という声があるくらいで、国民はかつてない究極の選択を迫られそうです」 

与党の李在明(イ・ジェミョン)氏は「薄毛治療への保険適用」や「ゴルフ場料金の是正」「タトゥー合法化」などを公約に掲げて若者層の支持獲得を狙うが……
与党の李在明(イ・ジェミョン)氏は「薄毛治療への保険適用」や「ゴルフ場料金の是正」「タトゥー合法化」などを公約に掲げて若者層の支持獲得を狙うが……

「黙っていたらどういう目に遭わされるかわからない」

とはいえ、韓国の大統領選では投票率の70%超えは当たり前。現大統領のムン・ジェイン氏が当選した前回2017年の投票率は約77%だった。ちなみに、1987年の民主化から1990年代までの選挙は、投票率が80%台。国民の関心の高さがよくわかる。

「韓国では大統領選挙や国会議員選挙の投票日は水曜日と決まっていて、その日は休日になります。投票に行くと手の甲に判子を押されるので、その写真をSNSに投稿する人がけっこういて。日本では見られない光景ですよね。 

日本には『外で政治と野球の話はするな』というような風潮がありますが、韓国にはそんなタブーもありません。芸能人は自分の支持政党や候補者をSNSで発信しますし、一般の人も自分の意見をちゃんと言います」

韓国の有権者は、政治参加への意識が高いということか。

「日本人は、選挙に行っても何も変わらないだろうというあきらめが先に来るんじゃないかと思います。ここ10年、政権交代もなく、国民が団結して何かを変えた実績もない分、『どうせ』という気持ちになってしまっている気がするんです。 

韓国の場合、国民の力で全斗煥(チョン・ドゥファン)率いる軍事政権から民主化を勝ち取った経験があります。自分たちは政治を変える力を持っているという意識があって、それが大きいんじゃないでしょうか。民主化の過程で軍が起こした民間人虐殺や冤罪事件などが映画人たちの努力によって明かされていて、黙っていたらどういう目に遭わされるかわからないといった怖さもあるので、受け入れられないことに対してはデモなどでちゃんと意思表示します。 

だから韓国の人にとっては、日本人の政治に対する意識とか姿勢が不思議みたいです。『どうして投票率があんなに低いの』とか『森友のような問題が出ているのに、どうして国民はおとなしくしているの』と聞かれたり、『なぜ国民は虐げられたまま黙っているのか。それがわからない』と言われたりします」 

大統領退任後…罪を犯したのであれば裁かれて当然

ごもっともな疑問である。総理大臣がまったく説明責任を果たさなくても許されてしまうような日本が、韓国の人々の目に不可解に映っても仕方がないかもしれない。

「韓国の大統領が退任後に逮捕されたり自殺に追い込まれたりすることが多いのはなぜなのか不思議だったんですけど、考えてみたら、罪を犯したのであれば裁かれて当然ですよね。片や日本は、在任中にいろんな疑惑が浮上した安倍元総理が、退任後は追及されることもなく済んでいる。韓国の人からは『それがまったく理解できない』と言われます。 

そういえば、昨年の11月に元大統領のチョン・ドゥファンさんが亡くなったんですが、国葬は行われず、テレビのニュースも『元大統領』を付けずに『チョン・ドゥファン氏が死にました』と淡々と伝えていました。罪を犯した人はあくまで悪い人という評価で、それが政治家となるとなおさらです。そういう部分にも日本人と韓国人の違いを感じます」 

政治家に厳しい目を向ける韓国の人々は、今回の大統領選ではどんなジャッジを下すのか。チェックせずにはいられない。

原田みはね(はらだ・みはね)ソウル在住13年目のフリーライター。韓国カルチャー、観光情報などについて執筆。

  • 取材・文斉藤さゆり写真アフロ

Photo Gallery3

FRIDAYの最新情報をGET!

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事