「戦争を知らない子供たち」の作詞家が考えるプーチンのトラウマ | FRIDAYデジタル

「戦争を知らない子供たち」の作詞家が考えるプーチンのトラウマ

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「戦争を知らない子供たち」という曲を知っているだろうか。

戦争を知らずに育った僕等に許されるのは、涙をこらえて平和の歌を歌うことだけだと、この曲は語りかける。

作詞を手掛けたきたやまおさむさんは、当時どんな思いでこの詞を書き、今、何を思うのか。取材を依頼したところ、「こういう状況ですから、発言したいとは思います」と返事があり、インタビューに応じてくださった。

ハーモニーや和、人間らしさを歌うフォークソング。その代表格といえばノーベル賞を受賞したボブ・ディランであり、きたやまおさむさんは日本のレジェンドのひとりだ
ハーモニーや和、人間らしさを歌うフォークソング。その代表格といえばノーベル賞を受賞したボブ・ディランであり、きたやまおさむさんは日本のレジェンドのひとりだ

戦いを勲章のように語る人に問いかける歌

「戦争を知らない子供たち」は1970年、大阪の万国博覧会で開催されたコンサートのために作られた。きたやまさんは当時24歳だった。

「私の父親世代は第二次世界大戦を経験しています。当時はその世代から“戦争を知らない若者が偉そうなことを言うな”と発言を封じられ、抑圧されている感じがありました。若いというのはまだ経験していないことが多いわけで、その経験していないことを責めてくる者への抵抗の気持ちがあったと思います」(きたやまおさむさん 以下同) 

‘71年にはジローズの歌唱でシングル発売され、この曲は爆発的なヒットとなる。集会やデモ行進でも歌われたため反戦歌と呼ばれたが、そこに描かれているのは、もしも戦争が起こったら真っ先に逃げ出しそうな軟弱さだ。

「今は男女の差別用語みたいになっているので使いにくい言葉ですが、上からも横からも“女々しい”と言われました。けれど作詞家として当初から意識していたのは、まさしく “女々しさ”の意義でした。 

炭鉱のカナリアみたいなもので、こいつが死んだら本当にやばい時代が来ていると。軟弱なヤツらがこの歌を歌い続けることができるのは、少なくとも平和であることの証です」 

この歌は戦争体験のない世代の声。実況録音盤は万国博ホールで収録され、司会をしたきたやまさんは「この歌がいつまでも歌い続けられることを本当に願っている」と訴えた(写真:共同通信)
この歌は戦争体験のない世代の声。実況録音盤は万国博ホールで収録され、司会をしたきたやまさんは「この歌がいつまでも歌い続けられることを本当に願っている」と訴えた(写真:共同通信)

プーチンのトラウマは、母なる祖国を侵されたという思い

きたやまさんは深層心理学者として、この世界は父性的なものと母性的なもの、あるいは男性的なものと女性的なものの両方が結合し、そこに「私」が存在すると、常に思っているという。

人間が生まれて最初に体験するのは母性であり、そこに父性が加わって自分を含めた三角形の関係ができる。それは男女の性別に限らず、例えば女性のなかに父性を見たり、また逆もありながら、どちらか一方ではなく、どちらも失ってはならない大事なものとして人は成長していく。それが多様性の原点となっているのだ。

「弱さや逃げ出したい気持ち、育む、包容する」といった母性的なものと、「突っ込んでいく、壊す、潰す」という父性的なものは両方必要であり、それが「和」によって結び付けられている時に世界平和があると、きたやまさんは説く。

「大地や国には“母なる”という形容詞がつきますよね。ウクライナの方たちにとっては、“母なるウクライナ”です。だからいくらロシアが父性的な原理でウクライナをやっつけたという話になったとしても、この母なるものが侵され、壊されるというのはもう、絶対に忘れないだろうと思います。 

私たち日本人は広島・長崎という原点を持っていて、“唯一の戦争被爆国”と言われた途端にある種の地平が開かれ、ものの考え方が生まれるわけです。ウクライナの方たちにとっても同様だし、実はプーチンの過去にも、それはあったんじゃないかと思うんです」

プーチンにとっては昔の強いソ連が母なる祖国だった。それが一方的な何かによって侵されたというトラウマがあり、それを今、必死になって防いでいるつもりなのかもしれないと、きたやまさんは話す。

母なる大地がNATOに陵辱されていくと感じ、やられたことをやり返すといった負の連鎖が起こっている。それが深層心理学者としての見解だ。

「そういう意味で、彼は正義の戦争と思っているのでしょう。さらに、ロシアにとってウクライナは弟のような存在で、その弟が新しい仲間を見つけ始めたことに嫉妬している。仲間が単独で、別の誰かと仲良くなるときには“近親憎悪”のようなものが発生しやすくなります。これは今回のウクライナ侵攻で、私たちが学ぶべきことだと思います」

プーチンのトラウマは、母なる祖国を侵されたという思い(写真:アフロ)
プーチンのトラウマは、母なる祖国を侵されたという思い(写真:アフロ)
世界各地で抗議デモが行われたロシアのウクライナ侵攻。ロシア国内でも反戦の声は広がり、「最大15年の禁錮刑を科す」という法案が可決されてもなお、その声が止むことはない(写真:アフロ)
世界各地で抗議デモが行われたロシアのウクライナ侵攻。ロシア国内でも反戦の声は広がり、「最大15年の禁錮刑を科す」という法案が可決されてもなお、その声が止むことはない(写真:アフロ)

独裁者を作り上げたのは「2分法」という凝り固まった考え方

父性か母性か。敵か味方か。あるいはNATOか非NATOかというように「あれとこれ、どちらかしかない」と決めつけることを、きたやまさんは「2分法」と呼んでいる。そうではなくて「あれもあるし、これもある」という柔軟な思考こそが大切で、今のプーチン氏にはそれが欠落している。

「この人は一体どうしたのだろう、何を考えているんだろうと、アメリカでも深層心理学者が研究を始めていますが、2分法でどんどん凝り固まった考え方になっていくと、私たちだっていつでもプーチンのようになり得るのです。その時に何が失われるのかというと、多様性に対する包容力です。“あれか、これかではなく、第3でいる”という感じを、いつももたなければなりません。 

私は、日本的な立ち位置というのはとても大事だと思うんです。日本人というのは中途半端でどっちつかずで、戦後75年以上ずっと、“お前はどっちなんだ?”と言われ続けてきました。でも、これはひょっとしたら今の世界でいちばん健全な中立だし、生き残るための大事な方法じゃないでしょうか。 

海外の人にはなかなか理解してもらえないけれど、日本人がえらく大事にしているメンタリティ。私はこれをうまく世界に向けて自己紹介できたらいいなと思うんですよ。健全などっちつかず。これではどうしようもないとあきらめないで」

思えばキリスト教は唯一神だが、日本の神道は森羅万象、八百万の神だ。生まれた時は神社にお参りし、チャペルで結婚式を挙げ、お寺で葬式をする。まさにどっちつかずだが、おおらかで懐が広いとも言えるだろう。また、言葉ひとつをとってもひらがな、カタカナ、話し言葉と書き言葉の使い分けなど、多種多様で柔軟性がある。

そんな日本人の思考は、ともすると「幼い」とか「世界では通用しない」と片づけられてしまいがちだが、この曖昧さを紹介せずに日本人を理解してほしいと言っても、到底無理な話だ。たとえわかってもらえなくても、わかってもらえるように努力をしなければならない。唯一の戦争被爆国が生き残る方法を伝えようと思ったら、自己紹介をやめてはいけないのだ。

そのためにできるのは、涙をこらえて歌い続けること。そしてその方法は、何も音楽にとどまらなくてもいいと、きたやまさんは考える。

「私たちの時代は“沈黙は金”などと言われ、言葉で話し合って解決するのが下手だった。だから歌を通して伝えたけれど、今はSNSが登場し、誹謗中傷も含めて色々なことが語られるようになりました。ものすごい変化だと思います。音符に乗せなくてもゲームやファッション、漫画、特にアニメがメッセージを伝えているし、若い人たちのメンタリティを左右していると感じます。 

若い人たちは常に、考えていることを言葉にしたり、表現することを求めています。その媒体が音楽でなければいけないという時代は、もしかするともう終わっているのかもしれません。私たちの世代としては、これから出てくるものをぜひ見させていただきたい。可能性はたくさんありますから」

近著『ハブられても生き残るための深層心理学』(岩波書店)では人が感じる疎外感や息苦しさについて、深層心理学の世界観からその仕組みを考察。自分らしく生きるヒントを説く。対人間のみならず、戦争の背後にあるものなどについても言及
近著『ハブられても生き残るための深層心理学』(岩波書店)では人が感じる疎外感や息苦しさについて、深層心理学の世界観からその仕組みを考察。自分らしく生きるヒントを説く。対人間のみならず、戦争の背後にあるものなどについても言及

きたやまおさむ 精神科医、臨床心理士、作詞家、白鴎大学学長、九州大学名誉教授。1965年、ザ・フォーク・クルセダーズ結成に参加し、’67年「帰って来たヨッパライ」でデビュー。作詞家としての作品は「戦争を知らない子供たち」(’71年日本レコード大賞作詞賞受賞)、「あの素晴らしい愛をもう一度」、「風」、「花嫁」、「白い色は恋人の色」、「さらば恋人」など多数。著書に『コブのない駱駝』(岩波現代文庫)、『最後の授業』(みすず書房)、『帰れないヨッパライたちへ 生きるための深層心理学』(NHK出版新書) などがある。

  • 取材・文井出千昌

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