日本が「スノーボードの強豪」になった意外な理由…専門家に聞いた | FRIDAYデジタル

日本が「スノーボードの強豪」になった意外な理由…専門家に聞いた

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「小柄」が強さの秘密!?

今年2月に開催された北京オリンピックで、目覚ましい活躍を見せたスノーボード日本代表選手たち。男子ハーフパイプでは平野歩夢選手が最高難度の大技を決めて金メダル。女子もハーフパイプで冨田せな選手が、ビッグエアで村瀬心椛選手がそれぞれ銅メダルを獲得した。

1998年の長野冬季オリンピックから正式種目に採用されたスノーボード。日本の選手はいつからこんなに強くなったのか。躍進した理由は何なのだろう。スノーボード歴37年、カナダのウィスラー在住のインストラクターで、自ら運営する情報サイトでスノーボードの楽しさやノウハウを発信する飯田房貴さんに話を聞いた。

金メダル獲得後、取材等のオファーが殺到しているという平野歩夢選手。3月からはカリフォルニア発スポーツ&ライフスタイルブランド・オークリーのキャンペーンビジュアルにも登場

1995年頃にスノーボードブームが到来。2000年以降、日本選手の躍進始まる

日本スノーボード協会(JSBA)の公式サイトを見ると、日本で第1回全日本スノーボード選手権大会が開催されたのは、JSBAが発足した1982年とある。しかしその頃の日本は、ウインタースポーツといえば「スキー」という時代。国内のどこのスキー場でも、スノーボーダーの姿を見かけることはほとんどなかったはずだ。

「僕は1987年からスノーボードを始めたんですが、その当時、スノーボードを知っている人は周りに誰もいませんでした。スノーボードブームが到来したのは、バブル崩壊直後の1993~95年頃だったと思います。 

その後、長野オリンピックでスノーボードのハーフパイプとパラレル大回転が正式種目に採用されて、女子ハーフパイプに吉川由里という選手が出場しました。彼女は直前にあったワールドカップで優勝して期待されていたんですが、結果は予選落ち。男子ハーフパイプに出た4人の選手たちも、全員が予選敗退でした。90年代はまだ、スノーボードで日本人が活躍するなんてまったくイメージできなかったですね」

日本の選手が頭角を現すのは2000年代に入ってからだという。

「北京大会でスノーボードの解説を担当していた中井孝治君は元日本代表選手で、2002年のソルトレークシティ五輪で5位でした。思ったほど点数が伸びず、ハーフパイプチームの阿部幹博コーチが『中井は銀か銅メダルだろう』と涙ながらにジャッジの不当性を訴えて話題になったんですよね。 

2010年のバンクーバーでは國母和宏が期待されていたけれども服装や言動で叩かれて、試合の結果も8位に終わりました。ただ、國母君は転倒さえしなければ間違いなく表彰台に立ったでしょう。

日本の選手が台頭し始めたのはその頃で、平野歩夢君はすでに世界のジュニアの大会で大活躍していましたね」 

平野選手はオリンピック史初の超大技「トリプルコーク1440」を決めて金メダルに輝いた。「誰にも成し遂げられないような最高難度の技」と飯田さん(写真:アフロ)

そして14年ソチ五輪、日本勢は初めてメダルを獲得する。平野歩夢選手が銀メダル、平岡卓選手が銅メダルを手にしたのだ。また、この大会から新たにスノーボード種目に加わったスロープスタイルで、角野友基選手が8位入賞を果たした。

平野選手は18年の平昌大会で五輪史上初の連続4回転を成功させ、絶対王者のショーン・ホワイトと激闘を繰り広げるも、銀メダルに。この時は片山来夢選手が7位に入っている。

「今の10代から20代前半の選手は小さい頃からジュニアワールドに出て経験を積んでいるし、先輩たちが結果を出している姿を見ています。このへんの世代から『僕たちは普通に世界のトップに立てる』という感覚になっている気がするんです。おそらく、北京大会のハーフパイプに出場した子たちはみんな、当たり前のように金メダルを目指していたんじゃないでしょうか」

日本人特有の「職人気質」はスノーボードに向いている!?

それにしても、日本の選手たちはなぜ躍進を遂げられたのか。

「まず一つには、日本人の体形が大きく関わっています。スノーボードのフリースタイル系と言われるハーフパイプ、ビッグエア、スロープスタイルの場合は、小柄で華奢な体形が有利なんです。それは、フリースタイルの技術には敏捷性が必要で、高身長より小さい人のほうが敏捷性が高いから。身長が低く敏捷性に優れていると、コンパクトな姿勢を作ることができてバランスが取りやすい。フリースタイル種目ではメリットになります。 

平野歩夢選手は身長が僕と同じ165㎝です。北京五輪で銀メダルをとった身長185㎝のスコッティ・ジェームスは例外で、世界中のプロスノーボーダーを見ても小さい人が比較的多いんですよ」

平野選手に限ったことではなく、確かに、スノーボード日本代表に大きな選手はいない。しかし、躍進の理由はそれだけではない。

「日本人は割と、一人でコツコツ努力するのが得意ですよね。サッカーや野球はチームスポーツなのでコミュニケーションが必要になるけど、ハーフパイプやスロープスタイルはコツコツと練習するタイプの種目なんです。それで上達していく自分を密かに楽しむみたいな。職人気質に近いものがあるかもしれません。そういう国民性がスノーボードに向いている気がします」

そういえば、北京五輪の男子ハーフパイプで9位だった平野海祝選手が、兄である歩夢選手の金メダル獲得に対して「小さい頃から兄ちゃんの努力しているところを見てきた。みんなが見ていないところでひたすら努力していたのが兄ちゃんだったので、感動で泣きそうになった」とコメントしていた。

「歩夢選手のあの高度なテクニックは練習の賜物。僕たちには想像できない努力だと思いますね」 

銀メダルのスコット・ジェームス選手(写真左)と銅メダルの ヤン・シェレル選手(同右)と並んだ平野歩夢選手(同中)(写真:アフロ)

雪文化、オフシーズン施設の充実……スノーボード環境に恵まれている日本

さらに飯田さんは、日本勢躍進の理由にスノーボード環境の充実を挙げる。

「北海道、東北、北陸と雪の多いエリアを抱える日本は、雪文化がある国と言えます。僕が住んでいるカナダのブリティッシュコロンビア州より小さな国でありながら、バブル期には全国に600ものスキー場があると言われていました。今は400くらいになっているかもしれませんが、それでも誰もが気軽にスキー場に行けますよね。 

今活躍している選手たちの親は、スノーボードブームの90年代にスノーボードを楽しんだ世代です。子どもの頃に両親に連れられてスキー場に行き、親の影響でスノボを始めたという選手はけっこういます」

しかも日本は、夏でもスノーボードやスキーの練習ができる「オフシーズン施設」にも恵まれているという。代表的な施設に「キングス」「クエスト」などがある。

「キングスとクエストはジャンプ施設です。急斜面を滑り降り、ジャンプしてランディングできる。着地点がエアマットなので、新しい技にチャレンジする場合も安全です。 

スロープスタイルのコースに必須のレールを備えた施設もあることはあるけど、ビッグエアの練習ができるジャンプ台がある施設のほうが日本は充実しています。日本の選手がスロープスタイルよりビッグエアに強いのは、それも関係している思います

日本のスノーボード選手が躍進した背景には、これだけの理由があったのだ。その上で最後に飯田さんが「もしかすると……」と挙げた要素がある。それは――。

「僕のもとに来る人を見ていると、欧米人の7、8割はウンコ座りができません。横向きで乗るスノーボードでは後ろに重心を置く場合はかかと側で立つと表現しますが、座った状態でビンディングを装着して立ち上がろうとする時に、ウンコ座りができない人はかかと側で立てないんですよ。 

たとえば、着地した瞬間、『よく耐えたー』みたいなしゃがんだ姿勢になることがあります。ウンコ座りが苦手な外国の選手は多分、そのまま尻もちをつくと思います。 

まぁ、これも日本人がうまい理由の一つにあるかなくらいの感じですけどね(笑)」

飯田房貴(いいだ・ふさき)スノーボードインストラクター。1968年東京都生まれ。約25年前からカナダのウィスラー在住。シーズン中はウィスラーでインストラクターとして世界中の人々にスノーボードをコーチング。情報サイト『DMKsnowboard.com』ではスノーボードのハウツーを発信する他、コラムを執筆。著書に『スノーボード入門』『スノーボードがうまくなる!20の考え方』がある。

■飯田さんが運営する情報サイト「DMKsnowboard.com」はコチラ

 

  • 取材・文斉藤さゆり

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