甲子園目指す進学校指導者が「意図して人を叱る理由」 | FRIDAYデジタル

甲子園目指す進学校指導者が「意図して人を叱る理由」

明八野球部物語②

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〈憧れの地にあと一歩届かない。都内でも指折りの進学校ゆえ、制約された環境ながら、それでも本気で甲子園を狙う男がいる。明大中野八王子野球部監督・椙原貴文。彼の葛藤と苦悩、生徒たちの心身の成長を追った、密着180日のドキュメント〉

椙原監督とキャプテンの保坂

21年7月29日。前チームが第103回全国高校野球選手権大会の西東京大会準々決勝で惜敗した翌日から始動した明大中野八王子の新チーム。先輩たちから託された甲子園出場という悲願を胸に歩み出したが、監督の椙原貴文はしばらく違和感に苛まれ続けることになる。

“真の自主性”を持ってもらうために

椙原は生徒の自主性を重んじる指導者だ。もちろん目標達成にもこだわらせるが、勝つことよりも先に、人間教育がある。その色が濃い監督と言える。野球部に入る生徒の保護者たちに最初に約束することも「3年間で大人と対等に話ができる子にします」のみ。それだけに、生徒に問いかける場面が他の高校の監督とは比較にならないほど頻繁に訪れる。

練習前には必ずキャプテンなどが監督室を訪れ、その日の練習について確認をするのだが、椙原は一方的にメニューを決めることはしない。用意はしているが、生徒たちにやりたいことがあり、それが必要だと判断すれば受け入れる。

新チームのキャプテンに指名された保坂修也も、当然、それを知っている。

キャプテン保坂修也

しかし、チーム結成当初、保坂からは、なにも出てこなかった。「本日の練習はどうしましょうか?」と伺いを立てるだけで、「どうしたい?」「おまえの意見はないの?」との椙原の問いに反応がない。見かねて椙原がメニューを伝えて終わってしまう。

2人の間では、そんなやりとりが続いた。

今チームの2年生は保坂をはじめ、例年以上に真面目な性格の生徒が多い。また、試合の出場機会、経験値が乏しく、自信を持ち合わせていない側面がある。そのせいか、与えられるのを待つばかりだった。椙原が回想する。

「保坂も真面目で一生懸命な生徒です。学力も部内でトップですし、運動能力が高く、昨年の夏も3年生に混じって試合に出ていた。そうしたところを買ってキャプテンを任せました。ただ、おとなしい。修羅場を経験したわけでもなく、成功体験も少なく、自信もない。自分から動けない。この代は前チームのような能力が高い生徒がいるわけではないから、私が選手個々とやりとりしている『野球ノート』にも〈僕らは3年生のチームのレベルまで行けるんでしょうか?〉と書いてくるなど、最初から悩んでいましたね」

〈こいつらは本気なのか?〉

1つ上の先輩は投手、野手ともに力のある選手が揃っていただけでなく、前キャプテンだった三部大智が稀有なリーダーシップを発揮して、生徒たちが主体的に動けるチームを作った。良い手本を間近に見てきた。しかし、だからといって同じようにできるわけではない。

キャプテン保坂の苦悩の日々が続く――。

自分の考えを言葉にしてみるが、椙原に「なんで?」と聞かれると、返すことができない。椙原は保坂の言葉に根拠も、重みも感じなかった。「キャプテンをやめろ」と突き放したこともあった。

ほかの生徒にしても、言われた練習をやるだけ。みな、真剣にやっている。だが、椙原から見れば、中身がない。プレーに対して「なんで、今そう動いたの?」と理由を求められても説明できる生徒が少ない。ミスや失敗を責めることはない。しかし、きちんと考えもせずになんとなく、軽くプレーをして、結果に責任を持てるのか。それで仲間は納得できるのか。信頼してくれるのか。

「1つのプレー、言葉に対して『なんで?』と聞いて、自分なりでもいいから根拠を答えさせました。8月は、その意識づけだけで終わってしまった」と椙原が言うほど、連日、プレーを再三、止めては「なんで?」を繰り返した。たとえばチームで共有している走塁の動きができていなければ、叱るのではなく、「なんで、そうしたの?」と問いかける。答えに窮したり、重みがなければ、原因がはっきりするまで詰めていく。厳しい言葉も飛ばす。

練習後のミーティングでは監督が活を入れる日々が続いた

生徒たちに自分の行動、言葉に責任を持たせたいからだ。それは将来、社会に巣立つときを見据えてのことでもあるのだが、もちろん野球の結果にも跳ね返ってくる。

「これまでもスタート段階では、こちらの問いかけに反応がない代はあって、秋は早くに負けてしまった。生徒たちを信じて、意思表示させることの大切さを学びました。まだ高校生ですから、完全に自立して行動することは難しいかもしれません。それでも、ある程度は自分から動き、努力できなければ人としても、選手としても、成長できませんし、強くはなれないと思っています」

だが、日を重ねても変化は見られない。椙原の疑念が膨らむ。

〈こいつらは本気なのか?〉

保坂は当時をこう振り返る。

「キャプテンになってすぐから『何も考えていない』と言われ続けました」

副キャプテンの四方(しかた)悠介、中村立希と、あるいは2年生全員でミーティングをして、どうすればチームが良くなるかということを話し合う。まとめた内容を翌朝、椙原に伝える。だが、

「3日連続で『なにも中身がない』と突き返されたこともありました。それと『まわりがまったく見えていない』『おまえの言葉には力がない』とも、よく叱られました。内心では『コノヤロー』と思ったときもありました。でも、その自覚もあるし、認めざるを得ない。どうすればいいかもわからない。本当にヤバいなって。口には出していないですけど、キャプテンをやめたいと何度も思いました」

保坂は自分がキャプテンに向いているとは考えていない。人前に出ることも、話をすることも苦手だという。中学時代に所属していた相模原ボーイズでも、チームの中で静かにしているほうだった。ただ、椙原からキャプテンの指名を受けたときは驚かなかったし、引き受けることに抵抗はなかった。

自分か、四方か、中村だろうと予想していたし、なによりも前チームで1年間、ツラい練習でも1度も手を抜くことなくやりきれた自負があったからだ。それに、自分が成長できる契機になるとも思った。しかし、覚悟はしていたつもりだったが、想像以上に大変だと痛感する日々が続いた。

椙原の誕生日は8月10日だ。例年なら生徒たちにも祝ってもらい、喜びに身を浸せるのだが、21年はそうはならなかった。それを忘れさせてしまうほど生徒たちの心には余裕がなかった。

練習中も椙原の声が響き渡る

「勝って一番喜ぶのは誰だ?」

そして、お盆を迎えた頃、椙原は変わらぬ練習風景を見つめながら、このまま進むことに限界を感じた。明大中野八王子野球場に椙原の危機感が、言葉となって響き渡る。

「もういい!勝手にやれよ!!」

練習後、椙原は保坂、四方、中村とひざを突き合わせて、腹を割って思いの丈を告げた。

「なんで俺がこんなふうに厳しく言うのかわかるか?人が叱るのは、どうしてだと思う?期待しているからだよ!期待していなかったら、こんなに熱くならない。嫌いな人間には言わないよ。どうにかしたいと思っているから感情的になるんだ。本気だからなんだよ!」

保坂、四方、中村の目から、募っていた不安、消化しきれなかった感情が涙となって流れ落ちる。

毎日、否定され、認められることもない。自分たちで話し合って出した答えは一蹴される。自分の存在意義がわからなくなる。こんなことを続けても意味がないんじゃないか。そんなふうに思ってしまいそうだった。

〈やっていることは無駄じゃないんだ〉

3人はお互いの赤くなった目を見合いながら、改めて頑張ろうと誓い合った。

「自分たちでやろうとしているか?勝って一番喜ぶのは誰だ?自分たちだろ。君たちの野球をサポートするのが俺の仕事だ」

椙原ももう一度、力強い言葉で3人の背中を押した。

それで一気に変わるほど、現実は劇的ではない。翌日以降も椙原の叱咤、激励が減ることはなかった。

それでもお互い、もがきながら前に進もうとした。

「成功、失敗体験を積み重ねる中で、どこでスイッチが入るかはわかりません。でも、スイッチがオンに切り替わったときにガラッと変わるのが高校生です。常に生徒たちの様子、言葉ひとつの変化も見逃さないようにしています」

椙原の視線はさらに鋭くなっていく

椙原が生徒に伝えたいこと

いつ、なにが転機になるかわからないことを椙原は自身の高校時代の経験から身をもって知っている。

「明八1年生の秋のブロック大会で1学年上のエースが投げられなくなり、代役として先発登板することになったんです。中央大学付属高校さん相手にボコボコに打たれて降板し、途中からライトに回り、最後は相手の打球が私の頭上を越えていくホームランでコールド負け。その光景は今もはっきり覚えています。『なんだ、これ』って。むなしかった。涙も出ない。

でも、教室でボーッとしながら着替えていたら、急に危機感がわいてきた。『このままやっていたら終わっちゃう。なにもない選手で終わっちゃう』と。練習は厳しかったんです。でも『自分でやらないとダメなんだな』とわかりました」

その日から毎日、椙原は最寄駅から家までの6キロの道のりを走って帰るようになった。申し訳ないと思いながらも道具は親に駅まで車で来てもらい預けた。家に帰ってもバットを振り続けた。それでも勉強の成績を落とすことなく上位を維持した。

なにを残せるかなんてわからない。その努力がいつ報われるかも知ることはできない。それでも、なにもなく終わるのかもしれない――。そう考えたら、怖くなる。先は見えなくても変わらないといけない。そのときが今なのだと気づくことができた。

成果は出た。3年夏はエースで4番としてチームを牽引。決勝まで勝ち上がってみせた。

可能性はみんなが持っている。

〈人任せでは変わることはできないんだぞ〉

そんな熱い思いを胸に選手と対峙する中、変化が見え始めたのは8月の終わりだった。

(第3回へ続く)

  • 取材協力鷲崎文彦

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