甲子園を目指す進学校・明八「信頼が強い絆に変わる瞬間」 | FRIDAYデジタル

甲子園を目指す進学校・明八「信頼が強い絆に変わる瞬間」

明八野球部物語⑤

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〈憧れの地にあと一歩届かない。都内でも指折りの進学校ゆえ、制約された環境ながら、それでも本気で甲子園を狙う男がいる。明大中野八王子野球部監督・椙原貴文。彼の葛藤と苦悩、生徒たちの心身の成長を追った、密着180日のドキュメント〉

年末恒例のシャトルラン

「嫌なことを徹底する」

12月のシーズンオフに入ると、明大中野八王子高校野球部では実戦的な練習をほとんど行わなくなった。ボールを投げるものキャッチボール程度で、ピッチャーも遠投はするがブルペンに入ることはしない。

フィジカルの向上に重きを置いたメニューへと切り替わるため、選手にとってはキツい時期だ。しかも、今冬は監督の椙原貴文が「完結」をテーマに、例年以上に精神的にも追い込むと宣言。乗り切った先で椙原と生徒たちは、どんな景色を見るのか。

師走の練習は、椙原の言葉を借りれば「嫌なことを徹底する」だった。本来であれば夏合宿で取り組むはずだった精神的な鍛練、連帯責任を課し、生徒たちを追い詰める。そのとき、どんな顔をして、どんな態度を取るのか。仲間とどう接するのか。苦しいときにこそ、その人間の本質が現れる。椙原には生徒たちをより深く知る目的もあった。

ボールを転がしてもらってのゴロ捕球を延々、繰り返す。ボールを打つにしてもトスバッティングを30分。地味で、面白みに欠ける練習だが、今一度、基礎を見直し、固める。前チームのように土台ができていればシートノックも行ったが、この冬は選手としての幹を太くすることに主眼を置いた。冬休みに入った24日からは久々に練習時間をたっぷり確保できる。25日からの学校施設に寝泊まりしての3泊4日の冬合宿はコロナの感染予防の観点から自粛したが、日々の練習で心身への負荷をさらに上げていった。

ただ練習量が増えるだけでなく、明確なノルマを設定してやり切らせる。たとえばロングティーとティーバッティングの2班に分かれてのバットを振る時間では、1分間に30スイングを1セットとして10セット。あるいは5秒に1スイング、休みなしで15分間、振り続ける。

〈1スイングくらいなら足らなくてもバレやしないか〉

〈ちょっとくらいなら途中で休んでもいいか〉

苦しいことから逃げたい、弱い自分との戦い。みな、顔を歪めながら懸命にバットを振る。終わればロングティーとティーバッティングを班で入れ替えて再び自分を追い込む。1時間ほどバットを振ったら間食を摂り、また1時間ほどみずからと対峙する。

セット間のインターバルを考慮しても1時間で600~700回、バットを振っていることになる。それを知ってもらう狙いも含まれているという。

「日ごろ家で毎日2時間、素振りする時間を捻出するのは難しくても、勉強の合間に30分なら作れるかもしれない。6秒に1スイングのペースでも300回も振れるということをわかってほしいんです。10分、携帯をいじっている暇があるなら100回バットを振れるわけです」

その後の人生を充実させるために

この冬は「目標設定用紙」を配り、達成のためのルーティンを各自で設定、書き込む欄もあるのだが、家で毎日100回素振りをすると決めたとしても、それが10分でできるとわかれば時間を設けやすい。トータルの練習時間が短いからこそ、明八の生徒は時間管理を上手に行わなければならない。それは人生を充実させる術のひとつにもなってくる。

ほかにもタイヤ引き、ハンマーの打ち下ろしなど10種目以上のサーキットトレーニング、アメリカンノックなど、連日、生徒それぞれが自分自身に挑み続けた。

野球部OBの大学生が椙原への挨拶、現状報告を兼ね、練習に一緒に参加して上のレベルの指導もしてくれた。

そして迎えた28日。年内最後の練習日は毎年、シャトルランで打ち上げるのが明八野球部の恒例だ。全員が3塁線上に並び、25mの往復を10秒以内、インターバル20秒で10本走って1セット。それを21年は9セットが課せられた。例年は6、7セットで、吐いてしまったり、倒れる選手も出るのだが、コロナ禍で練習に大幅に制限がかかり、ここまで限界を乗り越えることへの鍛錬ができなかった今チームに対し、椙原は非情に徹した。しかしそれは、生徒と一緒になって臨む自分を追い込むことでもあった。

生徒たちは悲鳴を上げながら走り切った

「もちろんキツイですし、私は途中から10秒以内では戻ってこられないんですけど、こっちも本気であることを示しておきたかったんですよね。監督の仕事って、選手をその気にさせることだと思うんです。高校生って、その気になったら、伸びしろは10倍にだってなる。

でも、そのためには選手と信頼関係を築くことが必要で、ただトップダウンでやらせているだけでは、こちらの言葉は伝わらないし、残らない。お互いが本気で、同じ熱量を持ってやるから、目標に向かっていけるんだと思います」

1本目からキャプテンの保坂修也が全力で飛び出す。残りを考えてペース配分しようなどという考えは一切ない。行けるだけ、行く。仲間が、続く。

高台にある明八野球場は冬には霜が降りる。その霜が解け、場所によってはぬかるんで足を取られて走りにくく、その分、疲労が積み重なる。生徒たちは声を掛け合い、励まし合う。元気な声を張り上げ、手を叩いてチームを鼓舞する生徒がいる。中盤にもなれば設定タイムから遅れそうになる生徒が出てくる。

その仲間を隣で「頑張れ!」と言いながら背中を力強く押してやる生徒がいる。比較的足場のいい走りやすいところに後輩を呼び寄せる先輩がいる。設定タイムで戻ってこられないものの、1本も飛ばすことなく走り、息も絶え絶えの椙原をイジって盛り上げる生徒も出てきた。各々が個性を際立たせながら、同じ目標に向かって走る。

果たして、一人も脱落することなく、最後まで駆け抜けてみせた。

生徒たちは讃え合い、集まってひとつの輪になって喚声をあげ、達成感を噛み締めた。

強くなる生徒たちの絆

椙原も90本を走り切った。野球場の隅に倒れ込み、大の字になって天を仰ぐ。普段、選手たちを厳しく叱り飛ばす姿からは想像できない、なんとも無防備な格好だ。そこに保坂をはじめ、生徒たちが駆け寄ってくる。一様に笑顔を浮かべ、監督の奮闘に敬意を表する。しかし椙原は上体を起こすのが精一杯。保坂がベンチに走る。置いてある椙原の水筒を取って戻り手渡すと、椙原は勢いよく喉を潤した。その表情は、新チームが立ち上がって以降、もっとも晴れやかに見えた。

椙原は、はっきりと手応えを感じた。それを生徒たちにも、率直に伝えた。

「最後の一歩、最後の1回で、全力を出し切る姿は毎年、変わらない。それが俺は一番嬉しい。人の心はそうやって動くんだ。随分、厳しいこともたくさん言ってきているけど、嫌なこともいっぱい言ってきているけど、こういう姿を見ると嬉しい。感動するくらい嬉しい。なにげないインターバル走かもしれない。

でも、なにげない練習の中に、こうやってチーム内でも人の心を動かしたり、人をその気にさせたり、まわりを頑張らせたりするエネルギーがいっぱいある。それを忘れないでもらいたい。君たちの先輩たちも同じように頑張ってきた。だから君たちにだって大きなチャンスがある。それを信じられるか信じられないかは君たち次第、やるかやらないかは君たち次第。今まで成しえたことがない甲子園出場をつかみ取るチャンスは君たちにある。

もっと具体的に甲子園というものを明確に、もっと自分の目の前にあるものだと思って、それを信じて、夢をかなえる準備をして、また大きな覚悟を持って2022年、スタートを切れるようにしよう!」

「ハイッ!!」

全員の声がきれいに揃い、空へと抜けていった。

年内最後の練習を終えて

生徒たちが帰路に就いた後、椙原は改めて意を強くした。

「全員で走り切って、最後はウルッと来ました。やり切ってくれたこともそうですけど、やり切った後に出た笑顔、本当の顔を見ることができた。嬉しいですね。こっちも本当の姿を見せて、みんなも返してくれたなって。ちゃんと向き合えている。意思確認ができた。いい終わり方ができました」

広がる空は雲ひとつなく青く澄み渡り、視線の先を遮るものは見つからなかった――。

年が明けて1月6日から再始動した明八ナイン。19日までは通常練習を行えたが、東京都に「まん延防止等重点措置」が適用されることを受け、20日以降の部活動は禁止となった。その後、「まん防」が延長されたまま定期試験に突入。明八野球場に選手が揃うのは3月8日まで待たなくてはならなかった。そんな中、4月1日に開幕する春季東京都高校野球大会を椙原と生徒たちは、どう戦うのか。

(第6回へ続く)

  • 取材協力鷲崎文彦

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