ウクライナ議連会長の悲痛な回想「私が見たゼレンスキー氏の素顔」 | FRIDAYデジタル

ウクライナ議連会長の悲痛な回想「私が見たゼレンスキー氏の素顔」

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ゼレンスキー大統領と集合写真を撮ったとウクライナ議連のメンバー

「大統領には19年の10月に東京でお会いしました。前歴が喜劇役者と聞いていたので軽いタイプかな、と思っていたら、よく人の意見にも耳を傾け、一方で自分が話すときには、お付きの行政官に事実関係について確認してから話すなど、堅実な印象だった。いま彼が映像に出てくるたびに、そのときの様子を思い出して、胸が痛みますね。

日本に来た折には、妻子同伴で、忙しい公務の合間を縫ってお忍びで京都観光を楽しんだと後で聞いた。警護の人らは困ったでしょうが、家族的な一面を知り、ほほえましかった奥さんやお子さんの安否が伝わってこないのが本当に心配ですが、ご無事であることを祈ってます」

「日本・ウクライナ友好推進議員連盟」(以下、議連)の森英介会長はこう語り、虚空をしばし見つめた。

「キーウ訪問時のあの感動」

同議連は、1995年1月、レオニード・クチマ第2代大統領の来日をきっかけに超党派の国会議員で設立。初代会長は林芳正外相の父・義郎元蔵相(故人)で、2011年からは森氏が会長を務める。

同議連の所属議員は約40名で、13年、15年、19年と計3度、チェルノブイリやキエフなどを訪問。森氏が直に発展の様子を見てきた文化の都が爆撃されているのだから、その心中は察して余りある。

「ウクライナではキエフというよりもキーウと呼んでいる。伝統ある壮麗な教会が街のあちこちにあり、落ち着きがある美しい町並みでした。

13年に初めて訪問しましたが、その半年後の14年2月、ヤヌコビッチ政権を打ち倒すマイダン革命が起こりました。ウクライナ国内の親露派と親欧米派が衝突し、多数の死者を出す事態となった。その結果、ヤヌコビッチ大統領は、モスクワへ逃亡しました。このときの混乱も相当のものでしたが、それでも当時はそのような剣呑な雰囲気もなく、次第に落ち着きを取り戻していった。ただ、国内でも親EU派、親ロシア派が6対4のような政治情勢だったと聞いています。

それが一変したのが15年。この年も議連の視察でウクライナに行ったら、ロシアがクリミアに侵攻した直後のことだったので、反露一色になっていた。ロシアというよりもプーチン個人を敵視しているな、と私は感じましたよ。プーチン大統領の行動が、ウクライナ全体の空気を変えてしまったという感じです。いま思えばこの時期が様々な意味での分岐点だったのでしょうね。

19年のときは憲法審査会として、ドイツやリトアニア、エストニアも含めて訪問しましたが、このとき印象に残ったのは、ウクライナがIT先進国に成長を遂げていたことです。楽天グループが無料通話とメッセージアプリのバイパーを提供していることにも驚きましたが、そうした海外からの『支援』もうまく活用したのでしょう。

旧ソ連時代のウクライナでは、原子力発電や航空宇宙分野の研究が進められ、理系教育が進んでいた土壌がある。『東欧のシリコンバレー』と呼ばれるほどIT技術も進み、新しい萌芽を感じさせていた。

その街がね……」

2月24日、ロシアがウクライナ侵攻へ踏み切った。ロシアとウクライナの軍事力は「10対1」と呼ばれ、当初は「5日以内でキエフは陥落する」と予想されていた。

ところが各地でウクライナ軍が奮闘し、侵攻から3週間経ったいまも首都は陥落していない。

「ゼレンスキー大統領は暗殺の標的となり、アメリカ政府が避難勧告を行うも、大統領府の敷地内からSNSで『私はここ(キエフ)にいる。武器を下ろすつもりはない。領土を、国を、子どもたちを守る』など国民を鼓舞する投稿で団結を呼びかけている。ゼレンスキー大統領の決意がウクライナ軍にも伝わって、その気迫と祖国愛がロシア軍をおしとどめているのでしょう。

ボクシングの元世界3団体統一王者のワシル・ロマチェンコも母国を守るために軍隊入りしたことが報じられ、私も心を打たれました。ウクライナは一体となっている。自由、独立、民主主義を守るために戦力比をものともせず勇敢に戦っている。ただ、抵抗が強くなれば犠牲もより大きくなる……本当に、戦争というものの非人間性をまざまざと見せつけられています」

森氏らウクライナ議連のメンバーは今年始めからウクライナの国境付近に17万人規模のロシア軍が集結していることに警戒感を強めていた。

1月27日、彼らが中心となって国会内で総会を開き、衆院8会派へと「ウクライナを巡る憂慮すべき状況の改善を求める決議案」の国会決議への流れをつくった。2月8日、同決議案は賛成多数で衆院で採択した。

しかし、同決議案はロシアと名指しをせずに「ウクライナの国境付近の情勢は国外勢力の動向によって不安定化し、緊迫した状況が継続」というにとどまるのみ。ロシアへの配慮が滲む文面だった。これには森氏も不本意だったことは言うまでもない。

「この決議案が採択される前に、ウクライナのコルスンスキー駐日大使が事務所に来て、その素案を見たんです。そのとき、残念そうな表情で「『国外勢力』ではなく、『ロシア』と明記してくれ」と頼んできた。

私は、大使のお気持ちは理解できますが、国会決議は全会一致の原則があるので、ロシアと国名を入れてしまうと8会派すべての合意が得られない、と伝えました。そうしたら、大使も事情を理解してくれたのか、すぐに『日本の国会が意思を明らかにしたことは意義がある。ありがたい』と感謝の言葉があった。

そんなやりとりのあと、万一戦争になったら、避難民へのビザ発給や入国緩和をお願いしたいとの申し出があったので、『あらゆる手段を駆使し、ウクライナのために全力を尽くしたい』と返しました。ウクライナ政府も喜んでくれ、2月11日付け、最高会議議長のルスラン・ソテファンテク氏から謝辞の書簡が届けられました」

ロシアは02年にはG8のメンバーとなり、06年のサンクトペテルブルクでサミットの議長国となった。英語やドイツ語も話せるプーチンは欧米の首脳とも一定の距離を築いていた。柔道を愛し、12年には日露の領土問題を柔道に例え、「引き分け」と日本語を使い記者会見でも応じてもいる。ウクライナ議連の会長である森氏から見て、ウラジミール・プーチンの姿はどのように映るのだろうか。

「これまでの発言がどうこうと評価している場合ではない。なぜなら彼は、軍事行動を起こしてしまったからです。これは非道な行為で、常軌を逸している。ロシアは国連で常任理事国となっている。大国としての力があるからこそその地位があるわけで、その力は北朝鮮のような国を諌めるために使うべきなのに、自らがその力を行使した。プーチンの行為は戦争犯罪として断罪され、未来永劫、その汚名が歴史に刻印されるでしょう。

いまこの時にも、ウクライナには犠牲者が生まれています。とはいえ、ウクライナ側にできることは限られています。やはりロシア国民の蜂起に期待するしかないでしょうね。経済制裁によってクレジットカードが使えないことや商品が不足することで、プーチンへの不満が溜まっていく。ゴルバチョフ元大統領一派が独立系新聞を発行し、プーチンへの批判も続けている。だからこそ、ロシア国民の動きに期待したい。悪いのはロシア国民ではありません。プーチンです」

そう述べた後、森氏は一人つぶやくようにこう語った。

「できることが限られている。歯がゆいよ」

  • 取材・文岩崎大輔

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