『デジタルクローン』自分自身と話せる驚きの世界の内実
最新AI技術で実現 SNSの投稿など個人情報を読み込ませることで分身が誕生!
自分自身と会話をする――そんなSF映画のような話が現実のものとなっている。叶えてくれるのは『デジタルクローン』という最新AI技術だ。
『オルツ』社が開発したこのサービスを使えばデジタルの世界に自分自身をトレースしたクローンを作り出すことができる。外見や声はもちろん、性格や思考まで、違和感なく再現できるのが最大の特徴だ。世界中から注目を集めるこの最新テクノロジーについて、同社副社長で開発責任者の米倉豪志(ごうし)氏が解説する(以下、カギカッコ内の発言は全て米倉氏)。
「こだわったのは『自分らしく会話する対話エンジン』を作ること。従来のAIのようにデータベースにある言葉をプログラムに沿って出力するのではなく、個人の考え方を読み込ませた『思考モデル』を作成したうえで、学習させた思考の有り様に即して返答することを実現しました。これによって、自分らしくかつ破綻のない自然な会話を再現することができました。
アウトプットの方法もしゃべるだけに留まりません。テーマを与えれば、詞を書いたり、作曲したりといった創作活動が可能です。もちろん僕も自分のデジタルクローンを作成しています。代わりに会議に出てもらったり、技術開発の相談をしたり、色々な面でサポートしてもらっていますよ」
デジタルクローンの制作過程が下の連続写真だ。演算システムに顔写真などの画像を読み込ませることでパソコンの画面上に輪郭が浮かび上がってくる。同時にSNSの投稿やメールのやり取り、著名人であればインタビュー記事などを読み込ませて『思考モデル』を形成していく。
これまで同社が制作したデジタルクローンは実に1000体以上。テレビ番組の企画で作成した脳科学者の茂木健一郎氏のクローンや、元大阪府知事の橋下徹氏のクローンもある。
「読み込ませた量に比例してクローンの精度も高くなります。ツイッターの投稿が3ヵ月分あればそれだけで簡単なクローンは作れますが、たとえば茂木さんのクローンなら、本人も『似ている』と認めるレベルになるまで著書10冊に加え、大量の映像データを読み込ませる必要がありました。SNS投稿などの文字データと映像データが5年分あれば理想的ですね」
’14年に『オルツ』の代表取締役社長を務める弟の千貴氏とともに二人でスタートしたデジタルクローンプロジェクト。「壁はたくさんあったが、それが面白かった」と笑顔で振り返る米倉氏。頭を悩ませたのは倫理の問題だった。
「一番大切にしているのはクローンが決して本人の能力を超えないこと。たとえばプロ並みに楽器を演奏できたり、学者並みに数学ができるようにすることは簡単です。でもそれをしてしまうと本人は関係なく、なんでもできる万能クローンを作ればいいことになってしまう。そうではなく、人間が持つ不合理性や不完全性といった〝個性〟を残したままにするのが難しかったです。一つの完璧なクローンを目指すのではなく、80億の不完全なクローンを作るほうが、知性として豊かになるはず。そう信じて研究を続けています」
当初はビジネスシーンでの利用を想定していたというが、自分自身と話せるというメリットを生かして、意外なジャンルでの応用が検討されている。
「心理療法の現場で、新たなうつ病の治療法として期待されています。患者より少しだけポジティブな人格を作成し、対話させることで、自分自身の前向きな面に気づかせることができるのです。言語学習にも応用できると考えています。僕はもともと英語が苦手なのですが、自分のクローンが話す英語だと、すんなりと理解できたんですよ」
次の目標は、デジタルクローンをプロジェクションマッピングで現実世界に再構築することだという。リアルの世界で、自分のクローンに会える日も遠くないのかもしれない。
『デジタルクローン』の制作過程

『FRIDAY』2022年3月25日号より
PHOTO:オルツ社提供