チャイニーズマフィア怒羅権初代総長が語る「差別と暴力の35年」 | FRIDAYデジタル

チャイニーズマフィア怒羅権初代総長が語る「差別と暴力の35年」

日本で差別された6人の残留孤児2世と結成し、 やがてヤクザも恐れる最恐マフィアに…… 初代総長がすべてを明かした

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「自分が最初に6人の仲間と怒羅権(どらごん)を作った時は、暴走族を作ろうとか、犯罪集団にしようなんて考えていたわけではありません。ただ当時、中国から引き揚げてきて、みんな何かしらの差別を受けていた。それに対して、みんなで一致団結してやっていけたらという思いでした」

初代総長の佐々木氏。自身が総長になった理由は、メンバーの中で最も日本語に堪能だったからだという

そう語るのは佐々木秀夫氏。中国残留孤児2世であり、ヤクザも恐れるマフィア集団と呼ばれる『怒羅権』の初代総長だ。佐々木氏は2月14日に『怒羅権 初代』(宝島社)を上梓(じょうし)。怒羅権の35年にわたる知られざる歴史を明らかにした。

佐々木氏は’70年に中国河北省で、中国人の父親と残留孤児の母親の間に生まれた。’81年に母親の引き揚げにともなって来日、東京・葛西で家族と暮らし始めた。

「中国にいる時は『日本人の鬼』と馬鹿にされ、日本では『中国人だ』と差別される。日本の小学校では上級生にいきなり『中国人!』と言われ、拳(こぶし)で頭を殴られたこともありました。そんななか、私たちは仲間と団結して立ち向かうようになったんです。

中学時代には中国残留孤児2世で日本語が話せないという理由でいじめられている少年が綾瀬にいると聞いて、学校に乗り込んで校長に直談判しました。それでもいじめがなくならなかったので、加害者たちに制裁を加えたこともありました」

そんな佐々木氏が’86年に6人の仲間たちと作ったのが怒羅権だ。この漢字には、怒りの『怒』、修羅の『羅』、そして戦いの末に権利をつかむ『権』という意味が込められているという。

怒羅権は’89年に暴走族『市川スペクター』との間で起きた『浦安ウエスタン事件』など、さまざまな抗争を経て、その名を轟(とどろ)かせていく。中国残留孤児以外のメンバーも次々と増加し、各地に地名を冠した怒羅権が誕生。マフィア化していった。

「20代の時に正業を持とうと建設会社を立ち上げたこともありました。しかし、’97年に警察による怒羅権の集中取り締まりのターゲットにされ、児童福祉法違反という無理筋の容疑で逮捕され、取引先の大半を失いました。『日本という国は私に正業を持つなと言っているんだ』という思いを抱きました」

佐々木氏は通算10年に及ぶ服役生活や家族との出会いを経て、現在は大工として働きながら、NPO法人の代表を務めている。YouTubeチャンネルを開設するなど、活動は多岐に渡っている。

「私が本を出したり、自分の過去のことを話したりするのは、一つは怒羅権についての誤った情報があまりに流布していること。正確な歴史を伝えたいという思いからです。もう一つは、昔の私たちと同じように差別や苦しみを受けている人が『昔大変なことがあっても、真面目に生きていれば社会に受け入れてもらえるんだ』と思ってくれるのではないかという考えからです。

私のYouTubeには『過去の犯罪自慢をするな』『中国に帰れ』なんてコメントが寄せられます。そういった反応はもちろんストレスになりますが、そのエネルギーをガソリンにして、今後も活動を続けていきます」

差別と真正面から向き合ってきた男は、まだ戦い続けている。

怒羅権の歴史について語る佐々木氏。創設時のメンバーは、佐々木氏と同じ葛西中学校の同級生などだった

『FRIDAY』2022年3月25日号より

  • PHOTO濱﨑慎治

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