【フォトルポ】ニッポン人、北方領土「色丹島」に還る
「奪われた島」に本誌のカメラが上陸した
国家の都合に振り回される日ロの島民
「私は、家に土足で入ってきたソ連兵の手に噛みつこうとしました。でも、母が洋服の襟を引っ張って止めてくれた。母が止めてくれなければ、ソ連兵にピストルで撃たれていたでしょう。北方四島のうち、どこでもいいから返還されることが願いです。それまでは生きていたい」
北方領土の一つ色丹(しこたん)島へ向かう船の上で、同島出身の小田島梶子さん(86)はこう語った。
北方領土が再び注目されている。11月14日に、安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領が会談。北方四島のうち歯舞(はぼまい)と色丹の二島を返還すると明記した日ソ共同宣言(’56年)を軸に、平和条約交渉を加速することで合意したのだ。
掲載した写真は、昨年9月に開催された北方四島交流訪問事業で色丹島を撮影したモノ。高校生など約60名が参加したこの事業に、筆者(本誌カメラマン)も同行し北方領土に上陸したのだ――。
北海道根室市を出発した船が、色丹島の穴澗(あなま)港沖に着いたのは約10時間後の夜7時過ぎ。船内では前出の元島民・小田島さんが、1930年代の同島の写真を示しながら当時を振り返った。
「捕鯨業が盛んでした。道路がふさがるほど、大きなクジラを引き揚げてね。近所の人たちが集まって食べました」
翌日、歓迎式を終えて向かったのは港近くの学校だ。カタカナで「ソーニャ」などと印字された名札を胸に、30人ほどの生徒や教師が出迎えてくれる。手には「ようこそ にほんのともたち」と書かれた横断幕が。小田島さんがアンパンマンの小さなぬいぐるみをプレゼントすると、子どもたちは嬉しそうに受け取った。
「校内見学を終えると体育館に移動し、ドッジボールでのスポーツ交流会が開かれました。折り紙で、ツルの作り方をロシア人の女のコに教えている女性もいましたね。現地ロシア人の家では、豪勢な夕飯でもてなされた。地元特産のタラバガニやイクラなど、食べきれないほどふるまわれました」(事業の参加者)
島内のスーパーに入ると、品物が溢(あふ)れていた。現地に住むロシア人が話す。
「最近は北朝鮮からの出稼ぎ労働者が多く、朝鮮半島の食材などが多く見られます。ロシア人はアルコールが好きなので酒の種類も豊富です。ユニークなのは生ビールの買い方。持ち帰りを注文すると、ペットボトルに注いでくれるんです」
視察を終えた帰途の船内では、「ロシアの印象が変わった」という声が多くあがった。根室市から参加した、高校3年生の佐々木レナさんが目を輝かせる。
「高校を卒業したら、看護師の資格をとり色丹島で働いてみたいです。ロシアとの交流に役立てるようにがんばります」
北方領土の返還交渉は、端緒を開いたばかり。日本人であれロシア人であれ、色丹島の島民は国家の都合に振り回され続けているのだ。







撮影・文:船元康子