「ブルーハーツ」ヒロトとマーシー、2人の詩人が出会った奇跡 | FRIDAYデジタル

「ブルーハーツ」ヒロトとマーシー、2人の詩人が出会った奇跡

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93年、大宮ソニックシティーでライブを行ったブルーハーツ(産経新聞社)

ちょうど30年前のヒット曲について語る連載です。今回は、1992年の3月10日に発売されたTHE BLUE HEARTS(ブルーハーツ)のシングル『TOO MUCH PAIN』。もしかしたらご存じない方も多いかもしれません。オリコン最高位29位で売上枚数2.0万枚なのですから。

92年の3月といえば、CMソングとして盛り上がり、92.9万枚を売り上げた織田哲郎『いつまでも変わらぬ愛を』(最高1位)や、93.1万枚の平松愛理「部屋とYシャツと私」(同4位)がリリースされています。

でも今回は、あえてブルーハーツでいきたいと思います。ブルーハーツの素晴らしさ、とりわけ、その後フォロワーが生まれていない(ように見える)、彼らの歌詞が持つ孤高の魅力について語りたいのです。

一般にブルーハーツというと『リンダリンダ』(87年)、『TRAIN-TRAIN』(88年)になるかと思います。というか、私もそうです。当時本当によく聴きましたし、90年以降、一気に普及するカラオケボックスで、よく歌ったものです。

よく歌いましたし、よく飛び跳ねました。

飛び跳ねた? そう、飛び跳ねたのです。同じ会社の入社間もない同期の連中と、カラオケボックスで、みんなで泥酔しながら『リンダリンダ』や『TRAIN-TRAIN』を合唱して、ソファの上でぴょんぴょん飛び跳ねました。もちろんボーカル・甲本ヒロトのステージアクションの真似です。

同語反復したタイトル「♪りんだ・りんだー!」「♪とれーん・とれーん!」が繰り返される中、ヒステリックなトランス状態となっていよいよ盛り上がる。しかし盛り上がりながら、心のどこかで私は思ったのです――「この曲って、こんなバカ騒ぎする曲だっけか?」。

というのは、「♪りんだ・りんだー!」「♪とれーん・とれーん!」の前後に散りばめられた文学的で鋭い表現の日本語が染みてくるから。

『リンダリンダ』で言えば、

「♪ドブネズミみたいに美しくなりたい」

そして、

「♪決して負けない強い力を 僕は一つだけ持つ」

がジワッと染みてくる。作詞はボーカルの甲本ヒロト。

『TRAIN-TRAIN』で言えば、何といっても、

「♪弱い者達が夕暮れ 更に弱い者をたたく」

が鋭い。まるで今の日本を暗示するような文字列。作詞はギターの真島昌利(マーシー)。ちなみに、

「♪生まれた所や皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう」

という決定的フレーズを持つ『青空』(88年)も彼の作詞。

そう、ブルーハーツは、甲本ヒロトと真島昌利という、卓越した2人の詩人を擁したバンドだったのです。だから、『リンダリンダ』や『TRAIN-TRAIN』、『情熱の薔薇』(90年)以降、いわゆる「ブルーハーツ・ブーム」が一巡し、シングル売上が落ち始めても、多くのコアファンを維持しながら、令和の現在まで語り継がれる存在であり続けるのです。

『TOO MUCH PAIN』、そして『1000のバイオリン』の凄み

今回取り上げる『TOO MUCH PAIN』も、真島昌利による歌詞がいい。

歌い出し、

「♪はみだし者達の遠い夏の伝説が 廃車置場で錆びついてらあ」

からしていい。「遠い夏の伝説」「廃車置場」もいいけれど、最後の「てらあ」が抜群。ぜひ一度聴いていただきたい。甲本ヒロトの突き放したような歌い方の「てらあ」にグッとくるはず。

加えて2つのパンチライン、

「♪それぞれの痛みを抱いたまま 僕等必死でわかりあおうとしてた 歯軋りをしながら」
「♪もう二度と戻る事はないよ 僕はまた一歩踏み出そうとしてる 少しこわいけれど」

先に、彼らの歌詞の魅力を「文学的で鋭い表現」としましたが、その背景にあるのは、他の誰でもない彼ら自身が、「痛みを抱い」て「わかりあおうとして」いて「歯軋りをし」ていて、それでも「一歩踏み出そうとして」いることが、彼らの言葉からびんびんと伝わってくることだと思います。

言わば、「歌詞の自己同一性」。言い換えれば、彼らの歌詞には、彼ら自身が抱えていた「TOO MUCH PAIN」が漂っている。

当時大流行していた、かけ声だけの「がんばろう系ソング」と一線を画し、彼ら自身の「PAIN」と、そこから這い上がろうとする「がんばり」が、ヒリヒリするようなリアリティを持って伝わってくる。だからブルーハーツの歌詞は、今でも私を、そして若者を焚きつけるのです。

甲本ヒロトはこの曲で「♪TOO MUCH PAIN」というフレーズを、意識的に日本語読みで「♪とぅー・まっち・ぺいん」と歌います。この「ぺいん」は洋楽からの借り物としての英語の「PAIN」ではなく、歌詞を書いた真島昌利、歌詞を歌うヒロトが実際に抱えこんだ日本語の「ぺいん」だと解釈します。

なんで令和の世に、文学的で鋭い歌詞で勝負するブルーハーツ・フォロワーのバンドが出てこないんだろう? 出てきてもいい世の中なのに。出てくるのが待ち望まれている世の中なのに。

「令和のブルーハーツ」よ出てこい。そして、そろそろ「令和のダウンタウン」も!

さて、真島昌利の歌詞の最高傑作、いや、ブルーハーツの最高傑作は『1000のバイオリン』(93年)だと思います。

『仁義なき戦い』シリーズで知られる映画監督の深作欣二は、『1000のバイオリン』をこよなく愛したらしく、彼の告別式でも、この曲が流れました(同曲の別バージョン『1001のバイオリン』という説もあり)。

ちなみに落語家の古今亭志ん朝のお葬式では、サザンオールスターズの『栞のテーマ』(81年)が流れたといいます。ブルーハーツとサザン、両方好きな私はどうしたものか? ブルーハーツ『シャララ』(87年)とサザン『シャ・ラ・ラ』(80年)のメドレーか?

いや、あと20年は生きるつもりなので(現在55歳)、もうちょっとだけ粘って、葬式でかけたくなるような、文学的で鋭い歌詞を持つ「令和のブルーハーツ」の名曲が生まれることを期待することにしようか。

  • スージー鈴木写真産経新聞社

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