トンガ出身の元ラグビー日本代表が心配する「噴火とコロナの惨状」 | FRIDAYデジタル

トンガ出身の元ラグビー日本代表が心配する「噴火とコロナの惨状」

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海底火山噴火後のトンガの首都・ヌクアロファの様子。白い自動車は火山灰に覆われて色が変わってしまったように見えるほど。この火山灰が食物にも影響を与えているという(写真:新華社/共同通信イメージズ)

1月15日、人口約10万人の南太平洋の小さな島国・トンガの近郊の海底で大きな海底噴火が起きた。その一報を日本にいてテレビのニュースで知ったのが、埼玉パナソニックワイルドナイツでコーチを務める「コリーさん」ことホラニ龍コリニアシだ。

現役時代は188cm、110kgの巨漢NO8として躍動した。トンガ時代は亡き母親にラグビーを禁止され、吹奏楽部でトロンボーンを吹いていた。埼玉工大深谷(現・正智深谷)に入学し来日してからラグビーを始めた。三洋電機時代からワイルドナイツでプレーし、2007年に日本国籍を取得。2011年、2015年のラグビーワールドカップにも出場し、日本代表キャップは45を数える。

噴火のニュースを見て「びっくりした!」というホラニはすぐに、トンガタプ島にある首都ヌクアロファに住む87歳になるという祖母ティナラサさんに電話をかけたが、無情にもつながらなかった。

噴火が起きたフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ島は、以前は湖があって、観光地とまではいかないが、「地元の人が訪れる穴場みたいな場所だった」(ホラニ)という。

元実業団のバレーボール選手だったホラニの奥さん・里衣子さんも日本とトンガのハーフで、奥さんの親戚はヌクアロファより噴火した島に近いハアパイ諸島に住んでいたが、やはり連絡は途絶えたままだった。ホラニはワイルドナイツでプレーする従兄弟のPRスリアシ トルと「連絡取れた?」と確認し合うしかなかった。

「何もできず、祈ることしかできなかった。もどかしかった……」という不安な日々が続く中、「みんな心配してくれて嬉しかったし、日本とトンガのラグビーのつながりが心強かった」というホラニが語るのは、日本のラグビーファンの心温まる行動だった。

噴火翌日のリーグワンの試合では、ファンがSNSで呼びかけたことがきっかけとなり、トンガと日本の連帯を示すトンガ国旗がスタンドで揺れた。また噴火8日後の1月23日、コロナの影響でワイルドナイツの開幕戦となった熊谷ラグビー場の試合でもトンガ支援のための募金が呼びかけられ、試合前にスクリーンにトンガ国旗が大きく映し出されて被災者に対する黙祷が捧げられた。

その後もトンガ支援の輪は広がっていく。所有するラグビーチームにトンガ人が在籍するサントリーホールディングスとキヤノンは1000万円の義援金の拠出を決定、トヨタヴェルブリッツは一部のグッズの売り上げを全額寄付にあて、NECグリーンロケッツ東葛や日野レッドドルフィンズはチャリティーグッズを販売。2019年ワールドカップでトンガが事前に合宿した高知県、キャンプを行った長崎県島原市、ホラニの母校である正智深谷、埼玉工大などトンガにゆかりのある様々な場所で募金活動が行われた。

トンガで災害が起きた直後の1月23日、横浜キヤノンイーグルス戦では、熊谷ラグビー場のスクリーンに国旗が映し出され、被災者に対する黙祷がささげられた(撮影:斉藤健仁)
パナソニックの前身、三洋電機時代から数多くのトンガ出身選手がプレーしてきた縁もあり、熊谷ラグビー場のゴール裏にもトンガの国旗が並んだ(撮影:斉藤健仁)

心配することしかできなかったホラニがやっと祖母と連絡が取れたのは、噴火から20日ほど経ってからだった。

「命があっただけでも良かった。ホッとした」

ホラニの親戚と奥さんの親戚にも人的な被害はなかった。ただ海から10分くらいにあるホラニの実家の床下まで津波は来ていたために内陸部に3週間ほどの避難を余儀なくされ、奥さんの親戚にはまだテント暮らしの人もいるという。

場所によっては15m以上の津波が襲った地域もあったが、ホラニが「10cmくらい積もっている」というように、現在、一番の影響を受けているのは多量の火山灰だ。

トンガでは雨水を貯めて生活用水に使うのが一般的だが、火山灰の影響で飲むことができず、主食であるタロイモ、ヤムイモなどの農作物も大きな被害を受けた。現在は日本を含めたオーストラリアやニュージーランドなど多くの国からの支援を受けて生活しつつ、固まった火山灰を撤去している最中だ。

ただ現在、トンガを襲っているのは噴火被害だけではない。以前は新型コロナウイルスの陽性者は1人だったが、「心配事が増えている」とホラニが言うように、3月に入って陽性者が300人を超える日もあるなどトンガでもコロナの流行が始まっている。そのため現在はロックダウンを行っており、まさしくトンガは噴火被害との二重苦に苦しめられている。

コロナ禍前は年に1回、家族でトンガに帰っていたというホラニだが、2019年の春から一度も戻ることができていない。「落ち着いたら、現地で必要なものを送りたいですし、早くトンガに行っておばあちゃんに会いたい!」と話した。ただそれが実現するのはもう少し時間がかかるのが現実だ。

いつトンガで暮らす祖母に会えるか、実際は見通しが立たないが、それでも不安を必要以上に感じずに過ごせているのは、日本にいる数多くのトンガ出身のラガーマンの存在だ。「感謝しかない」というホラニも含めて、トンガと日本のラグビーのつながりの歴史は40年以上に及ぶ。

ホラニの伯父であるノフォムリ・タウモエフォラウらがそろばん留学のために1981年に大東文化大学に入学したことが最初のきっかけだった。ただ最近ではラグビー留学が主となっている。ノフォムリは三洋電機に初めて入ったトンガ人選手の一人で、外国人として初の日本代表になり、1987年の第1回ラグビーワールドカップにも出場してトライも挙げたウィングだった。

現役時代は日本代表としても活躍。左はリーチマイケル(撮影:斉藤健仁)

ホラニが来日したきっかけももちろん伯父の存在があった。ホラニは「リーグワンではほとんどのチームにトンガ人がいるし、高校や大学も含めれば5チームくらい作れるほどトンガ人がいるんじゃないですか?」と話すように、その後も日本でプレーするトンガ人は増え続けている。

現在、高校では目黒学院、日本航空石川、札幌山の手、高知中央、東海大福岡、大学では大東文化大学、流通経済大学、摂南大、花園大などがトンガ人留学生を受け入れており、その後も大学、リーグワンと日本でのプレーを続けている。
また2019年ワールドカップでも高校、大学から日本でプレーしていたPR中島イシレリ(コベルコ神戸スティーラーズ)やPRヴァルアサエリ愛選手(埼玉ワイルドナイツ)、NO8アマナキ・レレイ・マフィ(横浜キヤノンイーグルス)、WTBアタアタ・モエアキオラ(神戸S)が日本代表入りし初のベスト8に貢献した。

外務省のHPによると日本には174人(2020年6月現在)のトンガ人がいるが、その多くがラグビー関係者だと推測されるように、ラグビーにおける日本とトンガのつながりは深くて強い。

今はラグビーのシーズン中でなかなか時間がないが、ホラニは「シーズンが終わったら、トンガ人みんなで何かやりたいですね。その時にトンガに必要なものを持っていきたい気持ちはあります。(火山灰を除去する)高圧洗浄機なども考えています」いう希望も口にした。

祖母からは「こっちはみんな大丈夫だから心配せずに、日本でできることを頑張りなさい」と言われたというホラニは、埼玉県熊谷市に拠点を置くワイルドナイツでのコーチング業に精を出す日々だ。「昨季からディフェンスの強いワイルドナイツを復活させようと思っていて、今はいい感じです」と話す。日本との強い縁、きずなを感じつつホラニは南太平洋にある遠い故郷を思いながら、まずは今季から始まったリーグワンの初代王者を目指して奮闘している。

リーグワン1年目で初優勝を目指す埼玉パナソニックワイルドナイツのFWコーチとして選手の指導にあたるホラニ氏(撮影:斉藤健仁)
  • 取材・文斉藤健仁

    1975年生まれ。ラグビー、サッカーを中心に、雑誌やWEBで取材、執筆するスポーツライター。「DAZN」のラグビー中継の解説も務める。W杯は2019年大会まで5大会連続現地で取材。エディ・ジョーンズ監督率いた前回の日本代表戦は全57試合を取材した。近著に『ラグビー語辞典』(誠文堂新光社)、『ラグビー観戦入門』(海竜社)がある。自身も高校時代、タックルが得意なFBとしてプレー

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