白昼の銀座に高級クラブママが「着物姿で多数出現」の理由 | FRIDAYデジタル

白昼の銀座に高級クラブママが「着物姿で多数出現」の理由

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
人通りの多い夕方の時間帯に銀座の通りに出てお店の紹介が書かれたガイドマップを配る白坂亜紀さん(撮影:吉場正和)

まん延防止等重点措置が解けた3日後の3月24日。着物姿の女性たちが夕暮れの光に照らされながら、行きかう歩行者に声をかけ、頭を下げ続けた。高級クラブのママやバーテンダーなど約30人が銀座・並木通り近辺に散らばり、『銀座ナイトマップ』という冊子を配っていた。

「私もこの仕事を銀座ではじめて25年以上になりますが、お店の紹介が書かれたガイドマップをわざわざ作って、お客様を呼びにいくことは初めてです。新型コロナウイルスが感染拡大する前は私自身、バー巡りなどの企画をよくやりましたが、新規のお客さまを呼ぶ目的ではありませんでした。

銀座はこれまで主にビジネスマンを相手にしてきました街ですが、コロナの影響でリモートワークなどが定着し、ビジネスマンが銀座で飲む習慣がかなり失われ、これまで常連さんとして来てくださった方が復活しない可能性も十分あります。新たなお客様を取り込んでいかないと銀座の街の活気がなくなってしまう、という危機感があるんです」

こう明かすのは『クラブ稲葉』のオーナーママ、白坂亜紀さんだ。早大在学中から日本橋の老舗クラブに勤務し、1996年に20代で銀座のクラブを2店舗開店したことで注目され、その後、4店舗まで拡大した。自分のお店だけではなく、銀座のバー、クラブ、レストラン各々が協力して事業発展していくために作られた『銀座社交料飲協会』の副会長もつとめ、現在は約1000店舗が加盟している。

昔も今も、一流ビジネスマンの社交場とされる銀座は「男のステータス」を測る場とされてきた。お客も、もてなす側のお店も、一流であることを求められた。仮に地方で大成した店が銀座で出店しても9割が1年足らずで撤退すると言われる。平均寿命はわずか11カ月。1年もたないのだ。生き残ること自体、至難の業であるこの地で、白坂さんは25年間もママとして生き抜いてきた。

2008年のリーマン・ショックのときは銀行が自宅に連日、借金返済のために押しかけ、和食店のリニューアルオープンの準備をしていた2011年は東日本大震災後に一時、お店を開けているだけで抗議の声が殺到する経験もした。そんな試練を乗り越えて迎えた2019年は、シャンパンの売り上げが銀座史上、最高額を記録。この上昇ムードで翌2020年の東京五輪を迎えられれば、外国人の観光客も多数迎えられるかもしれない…。

しかし理想と描いた光景は2020年1月、コロナが日本に上陸して一瞬にしてかき消された。同年4月に緊急事態宣言が出ると5月いっぱいまで完全休業。銀座の街はゴーストタウンと化した。その後、1年3カ月ほど経過した昨夏、東京五輪が行われていた時期にデルタ株が上陸した時も、店は時短で営業してもお酒を出せなかった。

「リーマンショックの時も東日本大震災のときも大変でしたけど、今回はその比ではないです。まず、こんなに長引くと思っていませんでしたから。商売をする身としては悪い夢でも見ているような気分でした。でも銀座は、最初の緊急事態宣言が出た2020年4月は足並みをそろえて自粛したんです。銀座は日本の中心であり、善き見本を示さなければいけない、という使命感からです」(白坂さん)

銀座社交料飲協会副会長もつとめる白坂さんは、同じく同副会長の『クラブノーブル』のオーナーママ落合乃舞子さんとともに冊子を配る(撮影:吉場正和)

銀座で仕事ができない期間中は、初めて家族と一緒に夕食を囲む生活をしながら、お店や自分自身の支出をもう一度、徹底的に見直した。

課題としてあがったのはお店の家賃の問題だった。銀座の飲食店は1坪2万8000円から3万5000円と言われ、白坂さんが経営する『クラブ稲葉』『Bar66』『日本料理 穂の花』『小料理 ラウンジ稲葉五丁目店』の4店舗で月額250万円ほど払っていた。1年間、家賃だけで3000万円になる。緊急事態宣言が明けた2020年6月末で『Bar66』は閉店になり、今は少し額をおさえられているものの、休業中も高額な家賃は払い続けなければいけなかった。

苦しい状況に追い詰められても、白坂さんは古くからつながりのあるお客さんには1人1人手紙を書き、この時期に出ていた著書『粋で鯔背なニッポン論』を添えて約2か月かけて1000人ほどに送った。さらに、医療従事者への感謝の気持ちを込めて、経営する和食店『穂の花』で初めて弁当を作り、医療従事者に届けた。こういった活動に対する感謝の声や、お客様からの励まし、「コロナ見舞い」の贈り物などに込められた気持ちが、「また立ち上がろう」とする原動力になった。

「やっぱり銀座は特別な場所で、いい意味で普通じゃない人がたくさんいて面白いんです。いわゆる粋なカッコいい生き方をしている人ですね。お客様も仕事を頑張らないと銀座に来られないし、私達も頑張っていないとみんなで生き残れない。お互いにリスペクトしているところがあるんです。お酒を飲める場所はほかにもあると思いますが、銀座のこの世界は絶対、他の場所にはないと思いますよ」(白坂さん)

たとえば、店が混んで来たときに入口付近に別のお客さんが入ってくると、すでに店内で飲んでいる別のお客がその様子を見て、誰かがさりげなく「もう帰るね」と席を立つ。入ってきたお客さんと席を立ったお客さんの間になんの繋がりもなくても、だ。自分だけが楽しめればいいのではなく、いろんな人に楽しんでもらいたいし、もてなすお店にも潤ってほしい、というお客の願いが根底にあるからだ。そんな“粋”な文化を、白坂さんはこれからも守り続けたい、という思いがある。

戦後最大級の苦労をしたはずの白坂さんは、今は穏やかな笑みさえ浮かべている。新たな希望がすでに見えているからだ。

「今までは50~60代の方を相手にしていましたが、最近は30~40代の方が増えてきて、明らかにお客様の流れが変わってきているんです。空いたテナントにも若い経営者の方が入ってきている。昭和の飲み方をされる年配の人に比べると、今の若い人たちの方が飲み方もキレイで、お店の間でも評判がいいんです。

銀座に来るお客様は、例えていうなら回遊魚みたいに何軒も回るので、いいおもてなしができるいい店を紹介したい。失礼な言い方ではありますが、若い経営者や女性スタッフ、そしてお客さんも育てながら、紹介できるお店の仲間を増やしたいんです」

銀座の文化を守り、伝えることを使命に感じる。そのために、これまでやったことのないことに挑戦する必要があれば、変化は厭わない。白昼のガイド配布は、「銀座を復活させたい」というママたちやバーテンダーたちの覚悟の表れでもある。

前列左から3人目から白坂さん、『クラブノーブル』の落合乃舞子さん、『クラブ由美』の伊藤由美さん、右端は『Bar保志』のバーテンダーで銀座社交飲料協会会長の保志雄一さん。この日はママ達を含めて30人以上が冊子配りに奔走した。(撮影:吉場正和)
撮影:吉場正和
撮影:吉場正和
  • 撮影吉場正和

Photo Gallery5

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事