ポーランドに殺到するウクライナ難民たちの「魂の叫び」
現地ルポ 閉鎖されたショッピングモールで200人が共同生活 家に帰りたいと口を揃える子供たち 防衛隊で戦う夫を思い涙を流す妻
赤ん坊をあやしている母親、ペットの犬に餌(えさ)をあげる親子、疲れ切った表情でじっとベンチに座り込む家族……。その大半は女性と子供たちで、そばに置かれたカバンやスーツケース、そして衣類やぬいぐるみが、戦火を逃れてきた現実を物語っていた。その数ざっと200人。食料や日用品が支給される特設ブースには行列ができ、各国のボランティアがせわしなく対応に追われていた。
ウクライナからの避難民約229万人(3月27日、国連発表)を受け入れたポーランド。その第二の都市クラクフは世界遺産にも登録されている美しい古都だが、中央駅の構内は、続々と国境を超えてきた避難民で溢(あふ)れ返っていた。
息子3人と共に、駅構内のベンチに座っていたイロナさん(仮名、31)は、ウクライナ第二の都市ハリコフから電車やバスを乗り継ぎクラクフにたどり着いた。
「末っ子が4歳の誕生日を迎えた翌日にロシアの全面侵攻が始まりました。家族でささやかなパーティーを開き、お祝いしていた平和な日が嘘のようです」
戦火が激しくなるに従い、イロナさんは夫と一緒に西部の街リヴィウに避難した。ところが夫が地域防衛隊に志願し、リヴィウも連日の警報で危険性が高まっていたため、夫を残してウクライナを脱することになった。地域防衛隊は、市民で構成される国防省傘下の部隊である。
「夫のことを考えると心配で涙が出てきます。子供たちはひょっとしたらもう会えないかもしれない。自分の生まれ故郷にある学校などもロシア軍の空爆で破壊されてしまいました。両親はいまもそこで暮らしています。母の体調が良くないから、父が面倒を見ているのです。二人の無事を神に祈るしかありません」
イロナさんは今後、隣国スロバキアで避難生活を送る予定だという。
避難民の大半が女性と子供なのは、ウクライナでの防衛体制を強化するため、18〜60歳の男性の出国が制限されているからだ。それでも駅構内には、若い男性の姿がごく稀(まれ)に見られた。
そのうちの一人、アルテムさん(32)は、激戦地マリウポリの出身だ。ロシアの全面侵攻が始まった時、妻と共にエジプト旅行からウクライナに帰国する途中の機内だった。ところが着陸予定の空港が閉鎖され、エジプトへ引き返した。その後はハンガリーなどを経由してクラクフへたどり着いたという。
「住んでいたマリウポリのアパートが爆破されたと両親から聞きました。両親は地下壕にいて無事でしたが、破壊された街には水も電気もガスもありません。死ぬためにウクライナには帰りたくない」
クラクフには他に、避難民が共同生活する場所が複数ある。そのうちの一つは、閉鎖されたショッピングモールだ。テナント用だった場所に簡易ベッドがずらりと並び、約200人の生活臭と共にどんよりとした空気が漂っていた。避難生活を始めて10日になるというルドゥミラさん(47)は、こう漏らした。
「食事が美味しくありません。もっと環境の良いところで暮らしたいです。私が住むアパートを探してくれませんか?」
取材の最中、彼女はこう何度も訴えた。慣れない集団生活にストレスを感じているようだ。かと思えば、会社がクラクフのアパートを負担してくれる避難民もいて、そこには見えない「格差」が生まれていた。だが、誰にとっても生まれ故郷を思う気持ちに変わりはない。
いま何が欲しいですか……。
こう尋ねると全員が、「早く家に帰りたい」と、切実な思いを口にした。
避難民の希望が叶う日は、いつになったら訪れるのだろうか。








『FRIDAY』2022年4月15日号より
写真・文:水谷竹秀
ノンフィクションライター