ウクライナ戦争がもたらす日本車メーカーへの「ヤバい影響」
ロシアによるウクライナ侵攻は、日本の自動車メーカーにも深刻な影響を及ぼすことになるかもしれない――。
「人がいなくても道具がなくても車は作れますが部品だけはどうにもなりません」
そう嘆くのは、東海地方の自動車製造工場で生産管理に携わるAさんだ。Aさんが勤める工場では、これまで何度か生産調整のために稼働が停止されてきた。
「お客様をこれ以上待たせるわけにはいかないと、綱渡りの日々です。自動車はどんなに小さな部品でも一つでも足りなければ完成させることができません。メーカーもいろいろと対策を講じていますが……。非稼働の際には、従業員は有給を与えられている状況です」
新車の生産が遅れている原因の一つは、半導体不足である。だが、最近になって別の部品の不足も自動車生産に大きな影響を及ぼすようになった。
それが、「ワイヤーハーネス」という部品だ。
「ワイヤーハーネス」とは、言うなれば「電線の束」である。表に出ているモノではないため一般のドライバーが目にする機会は少ないが、人間でいえば血管や神経のような役割を担っている重要な部品だ。自動車の電動化が急速に進む昨今、「ワイヤーハーネス」需要は世界的に高まっている。


同じ車種であってもグレードごとに組み方が異なることがあり、現代においても「ワイヤーハーネス」の生産はほぼ手作業で行われている。典型的な労働集約産業であるため、製造コストの安いウクライナなど東欧の国々で多く生産されている。そこにロシア軍の侵攻があったため、多くの工場が稼働停止を余儀なくされているのだ。
生産拠点を移そうにも3~10ヵ月かかるとされており、また、他車用に生産された「ワイヤーハーネス」を流用させるのも大変難しい部品なのである。
ウクライナ侵攻の影響をもろに受けたのは、同地に多くの生産拠点を持っていたドイツ車メーカーだ。独自に入手した「ポルシェの生産中止日程」を見ると、3月上旬からほとんどのポルシェが生産停止に追い込まれていることがわかる。

日本にもその影響は及ぶことになりそうだ。
「日本向けの『ワイヤーハーネス』は、その多くがベトナムやインドネシアなどの工場で生産されています。そのため、ウクライナ侵攻による直接の影響は少ないと考えられていました。しかし、ウクライナの工場停止によって『ワイヤーハーネス』の絶対数が不足することは間違いない。
製造メーカーの企業努力で今のところなんとか供給に問題は起きていませんが、戦争が長引きコロナの再流行が起きれば、日本の自動車メーカーが『ワイヤーハーネス』不足に陥る可能性はゼロではないのです」(大手部品メーカー社員)
ウクライナ侵攻前から、日本では半導体不足とコロナ禍の影響で部品調達が困難になっていた。それによって、新車の納車が著しく遅れる状況が続いていたのだ。昨年8月に発表された新型ランドクルーザー300は最大4年待ち。3年前に発売されたスズキジムニーは現在でも納車に1年以上掛かるという状況だ。
そんなコロナ禍による部品不足からようやく立ち直りかけてきたところに起きた、ロシアによるウクライナ侵攻。3月18日には、挽回生産に取り組んでいたトヨタ自動車が「4~6月の世界生産計画を引き下げる」と発表した。
仕入れ先の人員体制や設備能力なども勘案しながら安全・品質を最優先に健全な職場環境を整備するという。具体的には、4月のグローバル生産台数は年初に計画した90万台から15万台減の75万台に引き下げる。国内25万台、海外50万台という内訳だ。4~6月のグローバル生産台数は平均で月80万台程度になる。
トヨタ以外の日本の大手自動車メーカーも、コロナ禍とウクライナ侵攻による打撃から、部品供給を行うサプライチェーンを守るための措置を発表している。
なお、新車の供給が滞っていることから、昨今は空前の中古車ブームとなっており、1台当たりの中古車落札価格の平均は100万円を超えた。現在納車を待っている方々はまだガマンを強いられそうだ。
取材・文:自動車生活ジャーナリスト・加藤久美子