「平手打ち事件」裁判ならウィル・スミスの賠償金は?弁護士の見解
カリフォルニア州に事務所を構えて26年、現地の日本人ベテラン弁護士に聞いた
衝撃の「オスカー平手打ち事件」から12日後の4月8日、当事者であるクリス・ロック氏がカリフォルニア州で行われた自身のライブツアーに出演。「(事件については)報酬をもらわない限り話さない」と語ったことが現地で話題を呼んでいる。
「アメリカでは今もこの事件について盛んに報道がなされ、SNSにはウィル・スミスへの批判やクリス・ロックに対し『訴訟を起こすべきだ』といった声が溢れています。そのなかで出た今回のロック氏の発言を受け、実はすでに水面下で示談の交渉がなされているのでは、と見る向きもあります」(現地在住のライター)
トラブルを裁判によって解決しようとする傾向の強いアメリカは「訴訟大国」とも呼ばれ、クリス・ロック氏が今後、ウィル・スミス氏に対し訴訟を起こすのかどうかについても注目が集まっている。
では、もし仮に訴訟となった場合、ウィル・スミス氏はいったいいくら支払うことになるのか。
アカデミー賞の授賞式が行われた『ドルビー・シアター』があるカリフォルニア州に事務所を構えて26年、現地で数多の訴訟問題を取り扱ってきた梶岡敦弁護士に、「平手打ち事件」の賠償金について聞いた。
――ウィル・スミス氏の平手打ちは、現地ではどう受け止められていますか。
梶岡 何よりもまず「驚いた」というのが率直な感想です。数千万人という人間が見ている前での出来事でしたからね。「人格者」というイメージが強かったウィル・スミスが起こした事件だっただけに、私の周囲の人もみんなびっくりしていました。
――刑事事件として立件される可能性はあるのでしょうか。
梶岡 刑事事件として成り立つと思います。クリス・ロックが告訴するかどうかは関係がなく、検事が判断することになる。原告はカリフォルニア州になり、クリス・ロックは証人という扱いになります。暴力行為をみんなが目撃しているわけですから、仮にロックが証言台に立たなかったとしても、立証は簡単にできます。
実際、アメリカの市民からは「立件すべき」という声は多くあがっています。子供たちも見ているなかでの暴力行為は、いかなる理由があろうと米国では許容されない。いま、検察がどうするか検討している最中だと思います。
有罪になった場合は、2000ドル以内の罰金と、6ヵ月以内の禁固刑となるでしょう。ただ、実刑になることはまずなく、執行猶予がつくと思われます。
――クリス・ロック氏が訴えた場合、賠償金はどのくらいになるのでしょうか。
梶岡 治療代、平手打ちのショックで仕事ができなくなった実損、精神的な苦痛を受けたことによる慰謝料。これらをロックは請求することができます。ただ、今回はおそらく病院にも行っていないでしょうし、事件の1週間後にはショーにも出ているわけですので、損害や慰謝料は大した額にはならないでしょう。実際、ロックのショーのチケットが値上がりした、とも報じられていますからね。
――では、もし仮に民事訴訟を起こされたとしても、ウィル・スミス氏はほとんど賠償金を支払わなくていいのですか。
梶岡 いいえ。今回のような意図的な不法行為に関しては、「懲罰的損害賠償」というものを請求できるのです。「Punitive damages」と言われるものです。これは、被害者が受けた被害に対してではなく、加害者を懲らしめるための賠償金です。
――「懲罰的損害賠償」はどうやって決まるのでしょうか。
梶岡 ウィル・スミスの個人資産や収入などが考慮されて決まります。彼の個人資産は3億5000万ドル、年収は3000万ドルと報じられていますから、「懲罰的損害賠償」は2000万~数億ドルになるかもしれません。ただ、これはあくまでロックが請求できる額。実際に賠償金がいくらになるかは、裁判官の判断次第です。約30年間米国で弁護士をしていますが、今回のようなケースの判例を私は知りません。賠償金の額は、本当に読めません。
――ウィル・スミスは事件後謝罪をしています。それは考慮されるのでしょうか。
梶岡 もちろん、されます。訴訟になればウィル・スミスの弁護士も「すぐに反省した」と主張するでしょう。それらについて、裁判官がどう判断するかですね。
――クリス・ロックのジョークの内容は、裁判には影響しないのでしょうか。
梶岡 これについてはほとんど関係ないと思います。行為自体が問題になります。暴力が許されるのは、正当防衛が認められるなど限られたケースのみです。
2000万~数億ドル……。仮に最低の2000万ドルだとしても、一般人からすれば驚くべき金額である。世界中で議論となった「オスカー平手打ち事件」は、今後どのような展開を見せるのだろうか。
- 写真:REX/アフロ