『ボヘミアン・ラプソディ』観客を甘美な記憶に呑み込む異次元興行

〔映画ジャーナリスト・大高宏雄に聞く 日本映画界総決算02〕単館系映画の新傾向&『若おかみは小学生』『未来のミライ』に見る拡散の難しさ

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2018年、あなたは映画を何本ご覧になったでしょうか? その中に心を揺さぶった作品はありましたか?

映画ジャーナリストの大高宏雄氏が2018年の映画界を総括するこの特集。大高氏は、「キネマ旬報」「毎日新聞」「日刊ゲンダイ」「ぴあ」などで映画に関する連載を執筆し、1992年から「日本映画プロフェッショナル大賞」を主宰している。そして、映画は試写室ではなく劇場で観客と一緒に鑑賞すること、をモットーとする。いわく「試写室では起こらないことが劇場では起き、試写室ではわからないことが劇場ではわかる」からだという。

「ボヘミアン・ラプソディ」 監督:ブライアン・シンガー  音楽プロデューサー:ブライアン・メイ / ロジャー・テイラー 出演:ラミ・マレック / ルーシー・ボイントン / マイク・マイヤーズ (C) 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

そんな大高氏に社会現象化している『ボヘミアン・ラプソディ』と、こちらも11月上旬の公開でありながら興行収入が20億円を突破した『ヴェノム』などマーベル映画の魅力、そして、単館系作品の動向などを聞いた――。

――ロックバンド「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリーの生き様を描いた『ボヘミアン・ラプソディ』が11月9日の公開初日から3日間で33.8万人を動員し、さらに4週連続で右肩上がりの動員増を記録するなど、“異次元興行”ともいわれるヒットを飛ばしています。

「『ボヘミアン~』は、最終的に80億円を超える可能性が高まった。さらにその上の数字も狙える。4週連続で前週の土日興収を超えた興行なんて、ちょっと記憶にない。『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』(11月23日公開)が始まって、IMAXや4DXのスクリーンが『ファンタスティック~』に移行しても、まったく衰えを見せない。『シュガー・ラッシュ:オンライン』(12月21日公開)や『アリー/スター誕生』(同)が始まると、一段とスクリーンの奪い合いが起こる可能性はあるが、それでも勢いは衰えないと思っている。『ボヘミアン』は11月9日公開だが、お正月映画ナンバー1候補になってきた」

――『ボヘミアン~』のヒットの裏にはどんな理由があるのでしょう?

「『ボヘミアン~』は、クイーンのファンだけでなく、一般層の支持も集めている。日本の女性たちは、ミュージカルを含めて音楽を題材にした映画が好きじゃないですか。そういった音楽映画への好感が改めて顕在化し始めたのは、近年では『レ・ミゼラブル』(2012年)あたりからだろうか。そして今年の『グレイテスト・ショーマン』(2月16日公開)などにつながる。『SING/シング』(2017年)や『リメンバー・ミー』(3月16日公開)もヒットしたが、これらはアニメーションというよりも、広く音楽映画・ミュージカル映画という枠組みでとらえた方が良いのかもしれない。

『ボヘミアン~』がこれだけヒットしている背景には、近年の映画界の動向として、“ドラマだけ”という作品が当たりにくくなったことがあげられる。『ボヘミアン~』にはラブストーリーをはじめとする様々なドラマの要素もあり、それがとても重要なのだが、フレディ・マーキュリーの歌やライブシーンなどの音楽要素が、やはり圧倒的な魅力で迫ってくる。この作品は、観客の気持ちを一寸たりともはぐらかさない見事な映画的手法を駆使している。その実に巧妙な力学のなかで、観客は“甘美な記憶に呑み込まれる”と私は思っている。さらに、ハード面でも体感上映や応援上映があったりする。ドラマの上に色々な付加価値がプラスされていくことで、映画の興奮度、感動力が増していく。

ヒットするかしないかを大きく左右するのは女性たちで、今、その女性たちが欲張りになっている。かつては鉄板だったラブストーリーにしても、今は、“男と女がただ「好きだ」「嫌いだ」と言い合っているだけ”ではもうダメで、そこに様々な要素が付け加えられることで、やっと女性たちは腰をあげてくれる。今回は、それが音楽の強度だ」

――クイーンを敬愛するレディー・ガガ主演の『アリー/スター誕生』も公開(12月21日~)されます。音楽映画の勢いは止まりそうにありませんね。

「『アリー~』にはラブストーリーがある。そしてもちろんレディー・ガガ(が演じるヒロイン)の歌が聞ける。というより、まず歌があって、ドラマ=ラブストーリーがある。順序が逆なんですよ。音楽面が持つライブ感、リアル感が、今の時代の空気に合っているのかもしれません」

――『ヴェノム』(11月2日公開)のヒットはどう見ますか?

「20億円を超えたのだから、大したものだ。先に開かれた東京コミコン2018でもそうだったように、マーベル・ロゴのTシャツを着ている人を街でよく見ます。『アベンジャーズ』(2012年公開、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ配給)までマーベル・コミックの実写映画は、『スパイダーマン』(ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント配給)シリーズや『X-MEN』(20世紀FOX配給)シリーズなどを除くとあまり大ヒット作がなく、アイアンマンやキャプテンアメリカなどのキャラクターの認知度はスパイダーマンなどと比べるとそれほど高くなかった。さきの『アベンジャーズ』でキャラクターたちが集合したことから大宣伝が展開され、キャラクターたちの認知度が上がり、マーベルのブランド化という現象が起こり始めた。

その流れの中で『ヴェノム』(ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント配給)の公開となったのだが、ヴェノムはもともと、スパイダーマンの敵役という位置づけ。ダークでハードなキャラクターだ。だが、公開された『ヴェノム』ではヴェノムにかわいい面があったりして、それが女性たちにも受け入れられた。このキャラクターへの共感度というのが、とても重要。これはアニメーション人気にも通じる。

マーベルの魅力は、キャラクターの魅力といえる。ヴェノムは、『アベンジャーズ』シリーズのユニバース(世界観)には属さないキャラクターだが、『アベンジャーズ』シリーズ以外のグループで、しかも敵役を取り上げた『ヴェノム』がここまでヒットしているのは注目に値する。

マーベル映画の場合、『アベンジャーズ』シリーズ以外のグループも含めて全体的にキャラクターの認知度があがっている。女性層からも支持され、マーベル自体のブランド化という現象が起こっている。『ヴェノム』のヒットには、それが象徴的に表れているのだろう」

――マーベル・コミックと並んで、二大アメコミ出版社であるDCコミックを原作とする映画もあります。DC映画の方はどうですか。

「DCはキャラクターがいまひとつ浸透しないのか、どうしても、バットマンとスーパーマンの後が続かない。『スーサイド・スクワッド』(2016年)や『ジャスティス・リーグ』(2017年)には色々なキャラクターが登場したが、興行的な数字も期待したほどではなかった。本来、『ジャスティス~』が、マーベルにおける『アベンジャーズ』のような起爆剤にならなければいけなかった。『ジャスティス〜』が公開されても、ワンダーウーマンの知名度はそれほど上がっていない」

――DC映画は、なぜ苦戦しているのですか?

「実は、私はDC派でDCキャラのTシャツをよく着ているが、他の人が着ているのを見たことがない。DC映画は、マーベル映画とは作り方が違うように感じる。配給するワーナー・ブラザースのカラーなのか、ハードな面が非常に強い。ティム・バートンが監督し、マイケル・キートンが主演に抜擢された『バットマン』(1989年)が、大宣伝のわりに興行が期待に届かなかった。“宿命的”にどうしてもダークヒーローから脱却できないともいえる。

DC映画は、ヒーローものとしてはすばらしい作品も多い。が、女性からの支持はなかなか得られにくい。昔懐かしい『スーパーマン』(1978年)にはラブストーリー要素もあって、女性たちも釘づけにしたが、『バットマン』(89年)の1作目が流れを決定づけたような気がしている。もちろん、今の話はあくまで日本でのこと。さすがにアメリカでは日本ほどの差はない。

――メジャー系から転じて単館系の作品で印象深い現象はありますか?

「今までも単館からスタートして異色のヒットを飛ばした作品はあった。が、2018年、特徴的だったのは国籍が一段と多様になり、新形式の作品にスポットライトが当たったことだ。韓国の『タクシー運転手 約束は海を越えて』(4月21日公開、DVD発売中)、『1987、ある闘いの真実』(9月8日公開。DVD2019年2月6日発売)や、レバノンの『判決、ふたつの希望』(8月31日公開)、タイの『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(9月22日公開)などのスマッシュヒットが象徴的だった。

『判決〜』は、各新聞が絶賛した。情報伝達の方式でいうと、観客がSNSで発信する下からの“カメ止め方式”ではなく、既成のメディアを活用した上からの大規模ではない“万引き家族方式”だ。既成メディアの情報伝達は、かつてよりは弱まっているものの、まだまだ力を持っている。

とはいえ、従来通り既成のメディアで大きく取り上げられても、観客がぜんぜん入らなかった作品も多くあった。いくらメディアに乗っても、映画が取り上げている題材いかんでは浸透していかないという現象が起きている。“作品の題材”と“メディア”という掛け算がうまくはまれば大きく浸透していく。『判決~』がいい例だ

また『search/サーチ』(10月26日〜公開中、60館で上映スタート。監督はインド系アメリカ人、主演俳優は韓国出身)は、スマホの画面やネットの画像だけで強引に最後まで通し、通常の映画を撮るカメラで撮影した映像はいっさい出てこない。新しい形は『カメ止め』に代表されるが、『カメ止め』だけではない。そういう新形式の映画でも、作品として面白ければ話題に乗るということだ。

国際性・多様性、それと作品に新しい形があるか、この2つが2018年の特徴だ。かつては単館系の作品といえば欧州など、一部の国や地域に集中してしまうことも多かったが、今は、おもしろく、見るべき作品ととらえられると、国籍を問わず評判がどんどん拡っていく」

『若おかみは小学生』 (C)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

――次に日本のアニメ映画について伺います。『若おかみは小学生』(9月21日公開)は248館で上映がスタートし、2週目に上映館数が減ったものの、大人も感動する出来栄えが話題になって、今度は上映館が盛り返すという現象を見せました。

「『若おかみは小学生』は、Twitterランキングで上位に顔を出し、一時は、“第2のカメ止めか?”というくらいの期待を集めた。そこで再度上映館数が増えたが、『若おかみ〜』は、至極まっとうなアニメ映画で、作品の性質が『カメラを止めるな!』とはまったく違う。『若おかみ〜』は、『カメ止め』のように一気に拡げる性質の作品ではなく、一定の規模でロングランする方が適切だったのかもしれない。これは結果論とは言え、判断がとても難しい」

――そういった見極めは本当に難しいですね。

「SNSで話題になったからといって、何でもかんでも一挙に拡大上映すればよいというわけではない。まさに作品の興行における進展を予想することは極めて難しい。成功した『カメ止め』にしても、TOHOシネマズ日比谷の大スクリーンを含めて拡大上映することが有効なのかどうかは、8月上旬の時点では誰にも分からなかった(8月4日までは全国9館で上映。同日時点で124館での上映が“決定”していた)。まして、最終的に300館以上で上映され興収が31億円を超えるなど、それを予測できた人は、この世に誰一人いない」

――SNSには怖さもあるといわれます。対策として宣伝のあり方を工夫することも必要ですか?

「いや、そもそもお仕着せの上からの宣伝スタイルが信用されなくなったので、人々(観客)はSNSを利用して自ら情報を発信するようになった。映画宣伝で、大メディアを通した情報伝達の影響力は以前と比べて弱まっている。一方、自分たちが実際に観て判断をしながら口コミを拡げたいという思いが強まっている。お仕着せの宣伝が上から流されると、拒否感が生まれることすらある。そこに微妙なメカニズムがあるのだ」

――SNSでも、まったく話題にならなかった映画もあります。

「本当にどうしようもない映画ができあがってしまったとき、否定的な声さえもなくなり、完全に無視される。SNSでは、好感が拡散するものもあれば、叩かれるものもあり、そして黙殺されるものもある。つまらない映画は、大部分がヒットしないという時代になった。昔は50点の映画でも、なんとかヒットさせることができたが、いまは無理だ」

――細田守監督の『未来のミライ』(7月20日公開)へのリアクションはSNSの怖さという点で象徴的でしょうか?

「細田守監督作品ということで、興行的にはある程度の数字を残した(興収26.3億円)。が、話題性という点では期待していたほどではなかった。細田作品は、『時をかける少女』(興収2.6億円)、『サマーウォーズ』(興収16.5億円)、『おおかみこどもの雨と雪』(興収42億円)、『バケモノの子』(興収58.5億円)と、ホップ、ステップ、ジャンプと来ていたので、最新作となった『未来のミライ』には当然多大な期待が集まる。期待感が高まったときは、期待とは違ったベクトルの作品が提示されると、ときに“そこまで厳しくする必要があるのか”というくらいの目で見られてしまうことがある。監督には描きたいものがある。それが不特定多数の目からすると、どのように映るものなのか。そこに微妙な齟齬(そご)があると、興行が少ししぼんでしまう。『未来のミライ』には、そんな感じを持った」
***

大高氏は「ヒットするかしないかを大きく左右するのは女性たちで、今、その女性たちが欲張りになっている」と語っている。それは、裏を返せば、人々は“本物の”エンターテイメントを貪欲なまでに欲しており、“これだ!”と直感した作品に出会ったら、応援上映や体感上映なども楽しみながら、何度でも劇場に通うということかもしれない。

もはや社会現象化しているといっても過言ではない『ボヘミアン~』の快進撃がどこまで続くのか。そして、映画界に何を残すのか。それを見届けるためにも、まだ観ていない人は1日でも早く、すでに何度も観たという人ももう一度、劇場に行っておくべきかもしれない。

  • 解説大高宏雄

    (映画ジャーナリスト、文化通信社特別編集委員)。<br /> 1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、文化通信社に入社。現在に至る。1992年より日本映画プロフェッショナル大賞を主催。現在、キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」、日刊ゲンダイ「「日本映画界」最前線」、ぴあ「映画なぜなぜ産業学」などを連載。著書は『興行価値―商品としての映画論』(鹿砦社)、『仁義なき映画列伝』(同)、『映画賞を一人で作った男 日プロ大賞の18年』(愛育社)、『映画業界最前線物語 君はこれでも映画をめざすのか」(同)など多数。

  • 取材・構成 竹内みちまろ

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