なぜ出航したのか…26人乗船の知床観光船「大荒天で強行」の背景
「午後から風が強くなり海が荒れるとわかっていた。出航するのは無謀で、今でも信じられません」
こう語るのは、北海道斜里町ウトロ港近くに住む男性だ。
4月23日、世界遺産の知床半島をめぐる観光船「KAZU I」(以下「カズワン」、全長12m、19トン)が消息不明となった。乗船していたのは、子ども2人を含む26人。「カズワン」から第1管区海上保安本部(小樽市)に救助を要請する118番通報が入ったのは、同日午後1時過ぎのことだ。通報は切迫していたという。
「場所は(ウトロ港から約27km離れた)カシュ二滝のそば!」
「エンジンが使えない!」
「沈みかかっている。助けてほしい!」
午後3時ごろ、運行会社「知床遊覧船」に入った「30度ほど傾いている」という連絡を最後に「カズワン」からの音信は途絶えた。
「『カズワン』は、知床半島の西側を3時間ほどかけ遊覧していたようです。ヒグマやクジラ、オジロワシなどの野生動物を間近で見られるため、観光客に人気のツアーだったと聞いています」(全国紙社会部記者)
捜索が難航するワケ
118番通報を受け、海上保安庁は巡視船7隻、航空機5機を出動させ現場を捜索。4月24日午後6時現在、大半の乗員乗客の行方がわかっていない(発見された10人はいずれも死亡)。第1管区海上保安本部の中村至宏・総務部長は、報道陣の取材に捜索が難航する理由についてこう説明している。
「現場の潮の流れは、時速2kmから4kmです。一般論として、10時間経てば人は20kmから40km流されてしまう。捜査範囲を広げています」
「カズワン」がウトロ港を出航したのは、午前10時ごろ。北海道開発局によると当時の波の高さは1.6mだったが、午後には3mに急上昇。風も徐々に強くなる予報だったという。
「知床沿岸では、観光船を運航する会社は複数あります。しかし出航させたのは、『カズワン』の『知床遊覧船』だけだったそうです。地元住民たちは、なぜ船を出したのかといぶかっています」(前出・記者)
「知床遊覧船」は、報道陣に対し「乗客のご家族への対応を優先したい」と取材に応じていない(4月24日午後6時現在)。なぜ悪天候で「カズワン」は、荒海に出たのか。「あくまで推測」としたうえで、その背景を解説するのは気象予報士で「ウェザーマップ」会長の森田正光氏だ。
「4月23日午前のウトロ港の風速は、3mから5mでした。それほど強くありません。一方、寒冷前線の影響で外海の風は猛烈に強かった。海上強風警報が出され、直線距離で60kmほど離れた網走の最大瞬間風速は25m以上。知床の外海でも、風速は17mから24mありました。つまり台風のような猛烈な風が吹き、『カズワン』のような小さな船はひとたまりもない状態だったんです。
おそらく『カズワン』の運営会社は、ウトロ港が穏やかだったため出航しても大丈夫と判断したのでしょう。沖の荒れようを予測できなかった。過去にも天候予測の誤りから、大きな事故にいたったケースがあります。54年9月に起きた青函連絡船『洞爺丸』の沈没です(死者、行方不明者1155人)。当時台風が直撃していましたが、出航直前は晴れ風も弱まった。しかし実際に台風は抜けきっておらず、大惨事につながったんです」
事故当日の現場海域の水温は2度から3度。海上保安庁の資料によると、人間の生存予想時間は2度から4度で1時間半、2度未満で45分ほど……。乗客乗員の救助には、一刻の猶予もない。
- 写真:時事通信社