独りのほうが楽だった…いい人を演じたライターが手に入れた平安
「生きるのがつらい」のは、もしかしたらつながりすぎてるせいかも。
「午前0時に、お誕生日おめでとう!って。毎晩の習慣でした」
と言うのは、エッセイ本『45㎝の距離感』の著者、小林久乃さん。この本の副題は『つながる機能が増えた世の中の人間関係について』だ。仕事柄、人と知り合うことも多いし、人間関係を広げることが仕事につながることもあった。
「そのころの私は、仕事もプライベートも全方位外交。とにかく誰からも『いい人』と思われたかった。祖母から『徳を積むように』と教えられていたし、ちょっと困っているなという人には声をかけて、悩んでいるんだろうなと思ったら聞いてあげて。誘われたら断らないから、一時は『週8で飲んでます』という時期がありました。
自分も、だれかとつながっていないと不安だったんです。どこかでお世話になるかもという気持ちと、もしかするとこれが縁で仕事がくるかも、という気持ちもあったし」
実際、そのような交友関係から仕事がきたこともあったというから、欲と徳がごっちゃになって、人間関係が広がっていったようだ。そして、そのつながりを切らないように努力もした。
「知り合いの誕生日には必ずおめでとうの連絡をしていました」
親しい人の誕生日に「おめでとう」とLINEをするのは、まあ珍しいことではない。しかし小林さんの場合、その人数が桁外れ。
「一度連絡先を交換したら、決して削除しない。高校時代の友人から、最近仕事で知り合った人まで、スマホには600人ぐらい登録がありました。さすがに600人全員にお誕生日おめでとうを送っていたわけじゃないけど…300人ぐらいには出していました」
1年365日、ほぼ毎日、だれかの誕生日ですね。
「はい。誕生日になったら、すぐ『おめでとう』と伝えるために、毎晩0時に送っていました」
それは…ちょっと…たいへんじゃなかったですか?
「なんか、習慣になっていたんですよね、そのときは」
体が発したSOSで、LINEやSNSを整理
そんな小林さんに変化の兆しが訪れたのは、10年ほど前、三軒茶屋に引っ越してから。
「東京の西側の庶民的な街で飲み屋さんも多くて。あるときひとりで飲みに行ったんです。仕事関係の人と飲んでいると、気をつかわなくてはいけないこともあるけれど、ああ、めっちゃ楽だと思いました」
もしかしたら、ひとりのほうが楽なのかも。そう思った小林さんは、ひとりで行動する範囲を広げていく。飲みに行くのはもちろん、旅行もひとり、映画もひとり、コンサートもひとり。フルコース料理をひとりで食べにも行った。
「だれかと旅行に行くなら、予定を合わせなければならない。旅先での楽しみ方も違うかもしれない。あのお寿司屋さんに行きたいと思っても、予算が大丈夫かとか、考えなくてはいけない。でも、ひとりなら、自分が行きたいときに、行きたいところに行ける。一緒に行った人に気をつかって“いい人”であり続ける必要もない。なんて楽なんだと気づきました」
だからといって、交友関係が狭まったわけではなく、相変わらず誘われたら飲みに行き、午前0時にお誕生日メッセージを送る日々。しかし、そんな毎日に悲鳴を上げたのは体だった。体に、原因不明の発疹が出るようになったのだ。
「いろいろな病院に行って、いろいろ検査もしたけれど、原因がわからなかった。『ストレスとしか考えられない』と言われました。それで人間関係を見直してみることにしたんです」
まずやってみたのは、LINEの整理。LINE交換しただけでその後お付き合いがない人は削除。SNSも見直した。SNSの種類が増えたころ、流行に乗り遅れまいとあちこち登録したけど、今は3つだけ。
「それだけでほしい情報はほぼ入手できることに気がつきました」
誕生日LINEを送る人も徐々に減らした。
「それで自然にフェードアウトしていきました。私が無理してつなげていた関係だったんでしょうね」
今、誕生日おめでとう!と伝える相手は10人になった。
イヤな人からは逃げていい。10年かかってわかりました
「気づき」から10年かかって、ようやく人並みの人間関係が築けるようになった小林さん。2年前、コロナ禍にソーシャルディスタンスが叫ばれ、ふと気づくと、この距離感が心地いい。もしかしたら、人間関係もちょっと距離をおいたほうがいいのかも。それが『45㎝の距離感』を書くきっかけだったと言う。
「以前の私は距離感など関係なしに、ぐいぐい人との距離を詰めていました。でも、適当に距離をおくことで、自分の時間が増えました。たとえば本を読む時間も増えて、今はとても快適です」
自分から距離を詰めなくても、相手から詰められることもある。そういうときは?
「逃げればよかったんです。以前の私は断ることができなかった。近くに住む女友だちから、『ゴキブリが出たー』という電話をもらって、退治しに行ったことも。でも、彼女は私をいいように利用していただけ。それがわかって、断れるようになりました。以前はどんな人からもいい人と思われたいと、頼られたら断ることができなかったんですね。でも、イヤな相手からは逃げてもいいとわかった。これも、この10年で学んだことです」
たくさんの人とつながっていないと不安だったという小林さん。今、友だちは何人?と聞くと、ちょっと考えてから、
「4人、ですね。でも、それで十分です」
と笑った。だれからも好かれたいのは、みんな同じ。でも、それは午前0時に誕生日をお祝いすることでも、イヤな人と無理して付き合うことでもないはず。
「今、人間関係に悩んでいる人に伝えたいです。その無理は、しなくても大丈夫だよ、って」
小林久乃:エッセイ、コラム、企画、編集、ライター、
- 取材・文:中川いづみ
- 写真:當舎慎悟/アフロ(1枚目)
ライター
東京都生まれ。フリーライターとして講談社、小学館、PHP研究所などの雑誌や書籍を手がける。携わった書籍は『近藤典子の片づく』寸法図鑑』(講談社)、『片付けが生んだ奇跡』(小学館)、『車いすのダンサー』(PHP研究所)など。