【現地ルポ】戦禍のウクライナを生きるボランティアの悲痛体験
「虐殺の街」ブチャで遺体の身元確認をするボランティアたち クラウドファンディングで資金を集め、 兵士や医療従事者に1日1000食配給するキーウのアジア料理店 取り残されたペットを救出し、新たな飼い主を見つけるCMクリエイター 敷地を無償提供し、亡くなった遺体の集団墓地にした教会の司祭
赤いジャンパーを羽織った白髪の女性が白いテントに駆け込んで来た。椅子に腰掛けると、対応に当たったボランティアにこう打ち明けた。
「親戚が3月上旬に家を出て以降、行方不明になりました。いろいろな情報が交錯していますが、はっきりしたことがわからず、人質にされた可能性もあります。足にタトゥーがありましたが、どんな模様かは覚えていません」
白髪の女性は大粒の涙を流し始め、周囲のボランティアがそれをなだめた。
白いテントは、首都キーウ近郊のブチャ市立病院内に設置され、側には遺体安置所がある。ここには、キーウ近郊で発見された遺体が運び込まれ、4月下旬、その身元の特定作業が進められていた。遺体と対面する遺族の精神的なケアや、身内が行方不明になった家族からの連絡などにも対応している。
精神科医のアンナさん(41)が、死亡者のリストを手に説明し始めた。掲載されている顔写真は、銃弾を浴びたためか、いずれも形が変わっている。その横に年齢や服装などの特徴が記されている。
「これらの遺体の情報をもとに、身元の特定を進めていますが、まだわかっていない遺体は100体以上あります。先日は、5歳の子供と夫の遺体を引き取りに来た女性が、泣き崩れてしまいました」
アンナさんは、’14年のクリミア半島併合以降、兵士たちのカウンセリングを行ってきた。
「兵士の中には、銃声が耳に残っていたり、生きる目的を失ったりして、人とのコミュニケーションが難しくなる人もいます。そうした兵士の精神的ケアに当たっていたので、今回のボランティアに志願しました。ロシア軍に占拠された地域の女性たち約70人からも、オンラインで相談を受けています」
この遺体安置所から数百メートル離れた聖アンドリュー教会の裏手には、ロシア軍に虐殺されたとみられる遺体100体以上が一時的に集団埋葬されていた。同教会のアンドレイ司祭(49)によると、集団埋葬の地になったのは、ブチャ市長からの申し出があったためという。
「遺体安置所がどこもいっぱいで、教会の裏手を借りたいと言われたのです。遺体の大半は射殺体でした。一人だけチェチェン兵士が含まれ、敵の遺体だとは思いましたが、同じ人間ですから」
ウクライナでは戦争勃発後、「国の役に立ちたい」という思いから、ボランティアを志願する人々が相次いだ。
キーウ中心部の住宅街にあるアジア系料理店「Spicy NoSpicy」は、ロシア軍の全面侵攻が始まって以来、兵士や地域防衛隊、病院などに食事を配給している。
4月下旬のある日、調理場をのぞいてみると、スタッフ7人がテキパキと手を動かしていた。準備していたのはスパゲティやキノコのスープ。副料理長のヴァシルさん(23)によると、1日当たり1000食前後を作っているという。
「SNSで告知し、それで集めたお金で材料を買っています。当初は2000食ほど作っていましたが、キーウは落ち着いてきたので半分になりました」
そう語るヴァシルさんは、ボランティアへの思いをこう口にした。
「友人たちが地域防衛隊に所属したので、自分も国のために役に立ちたかった。必要がなくなるまで作り続けます」
この料理店の近くにあるパン工場では、工場長のヴィタリさん(32)が、配給用のパン作りに励んでいた。妻(31)と娘(5)は、別の都市で避難生活中だ。
「1ヵ月以上も娘と会っていないので、少し寂しいです。自宅からテレビやゲーム機を持ち込み、泊まり込みで作業しています。やることが多くて昨日はほとんど寝ていません」
食事を作るのがボランティアなら、それを運搬するのもボランティアである。ヴィタリさんたちが作ったパンなどを車で取りに来たのが、貿易会社社長のセルゲイさん(48)だ。
「戦争で会社の経営は中断していますが、今までの蓄えで生活しています。ボランティアはウクライナが勝つためです」
支援の対象は人間だけではない。避難民の中にはペットを自宅に残したまま、避難した人も少なくなかった。
激戦地となったキーウ近郊のイルピンの住宅地では4月半ば、CMクリエイターのドミトロさん(42)が、ジャーマンシェパードにドッグフードを差し出していた。時間をかけて警戒心を薄れさせ、ようやく車の中に救出した。
「兵士や避難民への支援は行われていましたが、飼い主に見放された動物はあまり注目されていませんでした。それに、戦争でCMの仕事は無くなりましたので」
最初は妻と始めたが、やがて同業者が集まり、現在は毎日、キーウ近郊まで出掛ける。SNSや電話を通じて連絡が入ると、その現場に向かうのだ。密室に閉じ込められたままの猫や犬には、ドアにドリルで穴を開け、そこからストローで餌を入れる。脚立を使って3〜4階の窓から救い出すという、緊迫した場面にも遭遇した。
「これまでに約800匹の犬と猫を救出しました。大半は新しい飼い主を見つけましたが、行くあてのないペットは映像事務所で預かっています。最多で同時に35匹の面倒をみていたこともありました」
戦禍のウクライナを陰で支えているのは、自国を守るために立ち上がったボランティアの人々だった。



『FRIDAY』2022年5月20・27日号より
写真・文:水谷竹秀
ノンフィクションライター