【現地ルポ】戦禍のウクライナを生きるボランティアの悲痛体験 | FRIDAYデジタル

【現地ルポ】戦禍のウクライナを生きるボランティアの悲痛体験

「虐殺の街」ブチャで遺体の身元確認をするボランティアたち クラウドファンディングで資金を集め、 兵士や医療従事者に1日1000食配給するキーウのアジア料理店 取り残されたペットを救出し、新たな飼い主を見つけるCMクリエイター 敷地を無償提供し、亡くなった遺体の集団墓地にした教会の司祭

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
イルピンの路上で犬に餌を与えるドミトロさん。ペットを残したまま避難を余儀なくされた人も少なくない

赤いジャンパーを羽織った白髪の女性が白いテントに駆け込んで来た。椅子に腰掛けると、対応に当たったボランティアにこう打ち明けた。

「親戚が3月上旬に家を出て以降、行方不明になりました。いろいろな情報が交錯していますが、はっきりしたことがわからず、人質にされた可能性もあります。足にタトゥーがありましたが、どんな模様かは覚えていません」

白髪の女性は大粒の涙を流し始め、周囲のボランティアがそれをなだめた。

白いテントは、首都キーウ近郊のブチャ市立病院内に設置され、側には遺体安置所がある。ここには、キーウ近郊で発見された遺体が運び込まれ、4月下旬、その身元の特定作業が進められていた。遺体と対面する遺族の精神的なケアや、身内が行方不明になった家族からの連絡などにも対応している。

精神科医のアンナさん(41)が、死亡者のリストを手に説明し始めた。掲載されている顔写真は、銃弾を浴びたためか、いずれも形が変わっている。その横に年齢や服装などの特徴が記されている。

「これらの遺体の情報をもとに、身元の特定を進めていますが、まだわかっていない遺体は100体以上あります。先日は、5歳の子供と夫の遺体を引き取りに来た女性が、泣き崩れてしまいました」

アンナさんは、’14年のクリミア半島併合以降、兵士たちのカウンセリングを行ってきた。

「兵士の中には、銃声が耳に残っていたり、生きる目的を失ったりして、人とのコミュニケーションが難しくなる人もいます。そうした兵士の精神的ケアに当たっていたので、今回のボランティアに志願しました。ロシア軍に占拠された地域の女性たち約70人からも、オンラインで相談を受けています」

この遺体安置所から数百メートル離れた聖アンドリュー教会の裏手には、ロシア軍に虐殺されたとみられる遺体100体以上が一時的に集団埋葬されていた。同教会のアンドレイ司祭(49)によると、集団埋葬の地になったのは、ブチャ市長からの申し出があったためという。

「遺体安置所がどこもいっぱいで、教会の裏手を借りたいと言われたのです。遺体の大半は射殺体でした。一人だけチェチェン兵士が含まれ、敵の遺体だとは思いましたが、同じ人間ですから」

ウクライナでは戦争勃発後、「国の役に立ちたい」という思いから、ボランティアを志願する人々が相次いだ。

キーウ中心部の住宅街にあるアジア系料理店「Spicy NoSpicy」は、ロシア軍の全面侵攻が始まって以来、兵士や地域防衛隊、病院などに食事を配給している。

4月下旬のある日、調理場をのぞいてみると、スタッフ7人がテキパキと手を動かしていた。準備していたのはスパゲティやキノコのスープ。副料理長のヴァシルさん(23)によると、1日当たり1000食前後を作っているという。

「SNSで告知し、それで集めたお金で材料を買っています。当初は2000食ほど作っていましたが、キーウは落ち着いてきたので半分になりました」

そう語るヴァシルさんは、ボランティアへの思いをこう口にした。

「友人たちが地域防衛隊に所属したので、自分も国のために役に立ちたかった。必要がなくなるまで作り続けます」

この料理店の近くにあるパン工場では、工場長のヴィタリさん(32)が、配給用のパン作りに励んでいた。妻(31)と娘(5)は、別の都市で避難生活中だ。

「1ヵ月以上も娘と会っていないので、少し寂しいです。自宅からテレビやゲーム機を持ち込み、泊まり込みで作業しています。やることが多くて昨日はほとんど寝ていません」

食事を作るのがボランティアなら、それを運搬するのもボランティアである。ヴィタリさんたちが作ったパンなどを車で取りに来たのが、貿易会社社長のセルゲイさん(48)だ。

「戦争で会社の経営は中断していますが、今までの蓄えで生活しています。ボランティアはウクライナが勝つためです」

支援の対象は人間だけではない。避難民の中にはペットを自宅に残したまま、避難した人も少なくなかった。

激戦地となったキーウ近郊のイルピンの住宅地では4月半ば、CMクリエイターのドミトロさん(42)が、ジャーマンシェパードにドッグフードを差し出していた。時間をかけて警戒心を薄れさせ、ようやく車の中に救出した。

「兵士や避難民への支援は行われていましたが、飼い主に見放された動物はあまり注目されていませんでした。それに、戦争でCMの仕事は無くなりましたので」

最初は妻と始めたが、やがて同業者が集まり、現在は毎日、キーウ近郊まで出掛ける。SNSや電話を通じて連絡が入ると、その現場に向かうのだ。密室に閉じ込められたままの猫や犬には、ドアにドリルで穴を開け、そこからストローで餌を入れる。脚立を使って3〜4階の窓から救い出すという、緊迫した場面にも遭遇した。

「これまでに約800匹の犬と猫を救出しました。大半は新しい飼い主を見つけましたが、行くあてのないペットは映像事務所で預かっています。最多で同時に35匹の面倒をみていたこともありました」

戦禍のウクライナを陰で支えているのは、自国を守るために立ち上がったボランティアの人々だった。

アジア系料理店の副料理長ヴァシルさん(左)とパン工場長のヴィタリさん(中央)。働く姿がまぶしかった
行方不明の親戚を探すために駆け込んだ女性の聞き取りに当たるボランティア。携帯も鳴りっぱなしだった
ブチャの教会で司祭を務めるアンドレイさん。戦争勃発後、墓地での埋葬式は最多で1日11件に上った

『FRIDAY』2022年5月20・27日号より

  • 写真・文水谷竹秀

    ノンフィクションライター

Photo Gallery4

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事