徹底分析!独裁者プーチンと「 ベールに包まれた家族」本当の関係 | FRIDAYデジタル

徹底分析!独裁者プーチンと「 ベールに包まれた家族」本当の関係

大解剖! 世界を混乱の渦に巻き込んだ独裁者は いったい何者なのか? 赤貧の幼少時代/元妻との「大恋愛と失踪」/ FSBでの「成りあがり」/長女と次女の資産隠し/ 内縁の妻のスイス豪華ライフほか

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
’85年、プーチンと生後間もない長女・マリアを抱く元妻のリュドミラ。プーチンは育児には無頓着だったという

「愛や友情はすぐに壊れるが、恐怖は長続きする」

旧ソ連の独裁者・スターリンの言葉である。彼の死去から70年、その格言はロシア大統領・ウラジーミル・プーチン(69)に受け継がれていた。世界を混乱の渦に巻き込んだ独裁者は何者なのか。ウクライナ侵攻を実行したプーチンの権力の源泉、知られざる家族の肖像を辿ろう。

プーチンは’52年、旧ソ連のレニングラード(現・サンクトペテルブルク)に生まれた。父・ウラジーミル・スピリドノヴィッチは熱心な共産党員で、母・マリア・イワノーヴナは工場勤務だった。共同アパートで暮らし、生活は厳しかったという。その後の人生を決定づける出会いを果たしたのは、彼が16歳の時だ。

「スパイ映画に熱中していたプーチンは旧ソ連の秘密警察『KGB』の支部を訪れ、『どうしたら就職できるのか』と質問し、職員は『この4つをクリアすれば、声が掛かる』と助言しました。『KGB』に接触しないこと、共産党に忠実なこと、大学は法学を専攻すること、スポーツで実績を残すこと。プーチンは教えを忠実に守り、大学4年生の時に誘いを受けています」(全国紙モスクワ支局記者)

’75年、プーチンは『KGB』入りをはたす。客室乗務員で、後の妻となるリュドミラ(64)と出会ったのは、厳しい訓練を受けていた’80年のことだった。

「地元・レニングラードの劇場で友人を介して2人は出会いました。プーチンが一目惚れし、翌日も劇場でデート。3年後に結婚し、’85年には長女のマリア(37)、’86年には次女・カテリーナ(35)が誕生しています」(前出・記者)

プーチンは’85年、『KGB』将校として東ドイツのドレスデンに駐在した。諜報組織『シュタージ』に潜入し、政治関係の諜報活動を行っていたという。’90年、プーチンは帰国し、『KGB』を退職。そして、政界へと進出していく。

「大学時代の恩師・アナトリー・サプチャーク(故人)がサンクトペテルブルク市長を務めており、彼の計らいでプーチンは副市長となりました。しかし、サプチャークは’96年の市長選に敗れ、プーチンとともに副市長を務めていたウラジーミル・ヤコブレフ(77)が市長となります。彼から『俺の下で働かないか』と誘われましたが、プーチンは裏切りになると考え、拒否。そのボスへの忠誠心が評価され、大統領府から声が掛かったのです」(国際関係アナリストの北野幸伯氏)

当時、大統領だったボリス・エリツィン(故人)から重用され、’98年に『FSB(ロシア連邦保安庁)』の長官、’99年には首相に就任するなど、異例のスピードで出世していくのだった。

「『FSB』長官時代、もっとも政治的影響力が強かった新興財閥『オリガルヒ』のボリス・ベレゾフスキー(故人)と出会います。彼は資産を守るため、重病だったエリツィンの後継者となる傀儡(かいらい)大統領を探していました。そこで野心がなく、忠誠心があると評判だったプーチンが選ばれたのです」(前出・北野氏)

’00年に大統領となるや、プーチンは本性を現していく。軍や諜報組織の出身者『シロヴィキ』を重用し、情報統制を強化。恩人だったベレゾフスキーなど前政権時代に成長した『オリガルヒ』、彼らと密接な関係にあった政治家もろとも粛清し、忠誠を誓った財閥のみを優遇した。『シロヴィキ』が持つ情報と『オリガルヒ』の資本を手にしたプーチンは恐怖を権力の源泉とし、独裁政権を作り上げたのだ。

東ドイツへ出発する直前に撮られたとされる両親との写真。容姿は母親似で、頑固な性格は父親譲りだという

長女のマリアは内分泌系研究を専門とする学者。オランダ人実業家と結婚したが、別居中。公の場には姿を現さない
次女のカテリーナ。プーチンの旧友がオーナーを務める財閥の御曹司と結婚。現在は国営企業の幹部を務めている
’02年、家族でバカンスを楽しむプーチン。娘の情報は徹底的に隠され、政府が公開した写真は後ろ姿が多い

プーチンを操る黒幕

3期目に差し掛かった’12年からプーチンは権力に取りつかれていく。そのウラには危険思想を持った歴史学者との接触があった。ロシア政治に詳しい筑波学院大学の中村逸郎教授が語る。

「大統領補佐官を務めるウラジーミル・メジンスキー(51)です。メジンスキーは『ロシアは〝地獄の文明〟を作るべきだ』と説いています。その考えを要約すると、次の3つです。①ロシアには力さえあれば知性は必要ない ②人間を成長させるのは恐怖である ③偉大な権力は地上を楽園にするのではなく地獄に変える。③は、ロシアはモンゴルなどの〝野蛮〟な騎馬民族に支配されていた時代があり、その残虐性と融合し、今日のロシアが生まれたという考えです。そして、その残虐性こそがロシアの特徴だと唱えています。実際、彼が側近となったのは’13年で、翌年にロシアはクリミア併合に踏み切っています。今回のウクライナ侵攻もメジンスキーの思想が影響しています」

プーチンにとって家族は〝ジャマな存在〟となっていた。’13年、リュドミラ夫人と離婚。彼女はフランスへと移住して以来、姿を見せていない。現在は元新体操代表のアリーナ・カバエワ(38)を内縁の妻とし、スイスで生活させ、政治からは遠ざけている。2人の娘も資産隠しの道具として利用する始末だ。

「離婚した際、娘たちにも莫大な資産が分与されました。名義は娘やその夫周辺の人物に書き換えられています。プーチンは家族を中心とした財閥集団を構築しています。西側諸国はそこを対象にしないと経済制裁の効果がないと判断し、娘2人の資産凍結に踏み切ったのです。しかし、資産の多くは制裁の及ばない『オフショア』と呼ばれる国の銀行に預けており、効果は限定的でしょう」(ジャーナリストの常岡浩介氏)

暴走するプーチンを、もう誰も止めることはできないのだろうか。

内縁関係のカバエワは’04年アテネ五輪新体操女子金メダリスト。プーチンとの間に4人の子どもがいるとされる
’21年1月、反体制派によって暴露された「プーチン宮殿」。黒海沿岸のリゾート地に建ち、総建設費は約1400億円

『FRIDAY』2022年5月20・27日号より

  • PHOTOアフロ

Photo Gallery8

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事