焼死体を確認して…行方不明の息子を探すウクライナ軍幹部の慟哭 | FRIDAYデジタル

焼死体を確認して…行方不明の息子を探すウクライナ軍幹部の慟哭

ノンフィクションライター・水谷竹秀の「ウクライナ戦争」現地ルポ

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
軍服姿でライフル銃を構えるオレクシーさん。オレクシーさんは地域防衛隊に所属していた

ウクライナ軍幹部のコスチャンティン・カジミールさん(50)のスマホには、息子のオレクシーさん(20)と交わした次のようなメッセージが残っている。

「元気にしているか?」(コスチャンティンさん)

「うん、大丈夫」(オレクシーさん)

「お腹は空いていないか?」(コスチャンティンさん)

「全く問題ないよ。お腹も特に空いていない」(オレクシーさん)

「(返事くれて)ありがとう」(コスチャンティンさん)

日付は3月3日午後7時過ぎ。

コスチャンティンさんは翌4日朝、「元気か?」とメッセージを送ったが、既読にはならなかった。8日も同様で、それ以降はメッセージを送っていない。

ロシア軍がウクライナに全面侵攻した2月24日以降、1人暮らしをしていたオレクシーさんが友人の家にいることは分かっていたが、具体的にどこで何をしているのかまでは話していなかった。メッセージで安否確認を続けていたが、3月3日を最後に、連絡が途絶えた。自身がウクライナ軍の幹部であることから、ロシア軍による盗聴を避けるため、電話は控えていた。

その後、親族の1人からオレクシーさんが地域防衛隊に所属していたことを知らされ、一気に不安が募った。地域防衛隊とはウクライナ国防省の傘下にある民間人で構成される組織である。つまり武器を取って戦っていた可能性が出てきたのだ。

オレクシーさんは、東京に住むウクライナ人の前妻との息子だ。名門、キエフ国立大学の4年生で、卒業後は大学院に進学するかどうか迷っていたと、コスチャンティンさんは振り返る。

「戦争が始まって以降、地域防衛隊に所属しているなんて話は息子から一度も聞かなかった。親に心配かけたくなかったのかもしれない」

戦争勃発後、ウクライナでは「国のため」と地域防衛隊に志願する若者や学生が相次いでいるが、特に男性は、そのことを親に伝えない場合が多く、オレクシーさんもその1人だった。

コスチャンティンさんは、親族をはじめ、軍の仲間や知人、関係者などありとあらゆる連絡先にオレクシーさんの写真を送信し、捜索への協力を求めた。

「そこで分かったのは、息子は日本製のワンボックスカーに乗って友人と行動を共にしていたことです。携帯電話の通信記録からは、キーウ近郊の『ミラ』と呼ばれる村の近くにいたことも判明しました」

ミラ村は、キーウ中心部から西に約30キロに位置し、ロシア軍が占拠していた虐殺の町、ブチャやイルピンにも近い。さらに情報を集めていくと、一枚の写真にたどり着いた。

そこに写し出されていたのは、雨にぬかるんだ道路脇に横たわる2体の遺体で、いずれも黒焦げだった。1体は仰向け、もう1体はうつ伏せで、隣にはシートのようなものがかぶせられている。その側に、焼け焦げたワンボックスカーが停まっていた。

この現場の模様は、英BBCで放送されていた。ロシア軍による砲撃を受けたと見られる。ワンボックスカーはオレクシーさんが乗っていた車種と似ており、現場もミラ村に近いことなどから、オレクシーさんである可能性が浮上した。

コスチャンティンさんは、キーウ近郊の遺体安置所4カ所を回った。対応に当たった医師には、現場の写真を見せ、似たような焼死体の有無を確認してもらった。

「全部で20体ほどの遺体を見ました。収容袋を開けて確認するのです。ブチャの安置所では『焼死体はありません』と言われましたが、藁にもすがる思いで収容袋を開けてしまいました。ダメかもしれませんが、とにかく必死だったんです。遺体が並ぶ中で、自分の息子の姿を探すことに耐えられず、精神安定剤を飲みながら続けました」

オレクシーさんは、前歯の右側に八重歯がある。焼死体でも歯は残っている可能性が高いため、その特徴も踏まえて確認したが、見つからなかった。

転機は4月半ばに掛かってきた捜査当局からの電話だ。オレクシーさんらしき遺体が見つかったというので、キーウにある国軍施設へ駆け込んだ。

「最初に3体を見せられましたが、もはや人間の姿をしていない焼死体と異臭を前に、倒れそうになりました。とても直視できなかったので、同行してくれた今の妻に確認してもらいました」

最後の1体は妻と一緒に見た。

「その遺体も真っ黒こげで、髪の毛が少し残っていました。息子に似ているような気がしました。ですが、ロシア軍に人質にされた犠牲者のリストには息子の名前はないと聞いているので、息子ではないと信じたいです」

その場でDNA鑑定を勧められ、サンプルを提供した。

結果はまだ出ていないが、親族の意向で4月26日、葬儀が執り行われた。

コスチャンティンさんは大きくため息をつき、声を振り絞った。

「息子は優しく、社交的な人柄でした。友人がたくさんいて、背が高く、女性にもよくモテましたね。息子のことを思い出すと、すぐに涙が出てきます。我慢できないほどにつらいです」

ロシア軍に対しては、怒りを押し殺したような口調で言った。

「戦争において、軍同士が殺し合うのは仕方がありません。ですが、民間人まで殺すロシア軍は絶対に許せない。憎しみしかありません」

キーウ州警察によると、キーウ近郊でこれまでに見つかった遺体は約1150体に上っており、依然として約300体の身元が判明していない。

携帯で息子の写真を探すコスチャンティンさん。自身もウクライナ軍の幹部だ
オレクシーさんとみられる遺体が眠る棺
  • 取材・文・写真水谷竹秀

Photo Gallery3

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事