GAO『サヨナラ』ジェンダーレス時代を予見した名曲誕生の背景 | FRIDAYデジタル

GAO『サヨナラ』ジェンダーレス時代を予見した名曲誕生の背景

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

まさに、古びない

ちょうど30年前のヒット曲をたどっていく連載です。今回は1992年4月発売のGAO『サヨナラ』を取り上げます。

「今聴いても、まったく古びない」というのは、過去のヒット曲を褒めるときの常套句で、この言い回しを耳にすると私は、「いやいや、案外古びてるやん」と心の中で思うことが多いのですが、この曲についてはまさに、古びない。

つまりは、正真正銘の名曲だということなのでしょう。

『1968-1997オリコンチャート・ブック』(オリコン)によれば、123.6万枚を売り上げていますから特大ヒットです。しかし驚くべきは、これだけ売れていても週間チャート1位にならなかったこと。最高位3位。さらに驚くべきは、オリコンチャートにとどまった期間を示す「登場週数」が47週と極めて長いこと。

『サヨナラ』は、92年の年間チャートで16位になったのですが、年間1位の米米CLUB『君がいるだけで/愛してる』の「登場週数」は34週なので、『サヨナラ』がいかに長く、ジワジワと売れたのかが分かろうというものです。

打ち上げ花火のように一瞬で消化される曲ではなく、ジワジワと売れ続けて、そして、ちょうど30年後の令和の世にも古びない正真正銘の名曲――。

本人提案のイメージ戦略も功を奏した(産経ビジュアル)

そのせいか、最近でもメディアに取り上げられたりします。それも「懐かしの……」という文脈ではなく、その名曲性をリスペクトした形で。

4月14日放送のTBS『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』では、『サヨナラ』の大ファンで自らもカバーしたという柴咲コウがGAOと対面。「まさか、こんな日が訪れるなんて。小学生の私に『生きてると大変なこともあるけど、奇跡もたくさんあるよ』って伝えたい」と、柴咲は自らのインスタグラムに感想を綴りました。

ではここからは、『サヨナラ』の名曲性を分解していきます。

まずはGAO本人による歌詞。改めて読んで感じたのは、とてもシンプルで、かつ抽象的ということです(そもそもタイトルからして「サヨナラ」と、何ともシンプルで素朴)。

「君」と分かれて、「遠く」に離れてしまったこと、「二人夢を抱きしめてた」頃に「かえりたい」と思っていることは分かるのですが、提示する情報量はそこまでで、あとは聴き手の想像に委ねる歌詞です。逆に言えば、歌詞の中の「君」を、誰もが自分なりに設定できるという自由さがあるということです。

シンプルと言えば、メロディやコード進行もとてもシンプル。おおよそ30年ぶりにカラオケボックスで歌ってみましたが、シンプルな作りのせいか、今でも歌うことができました。

印象的なのは、やはり「♪流れる季節に 君だけ足りない」という歌い出しでしょう。使われているコードは、いわゆる音楽の授業でも習う「主要三和音」というシンプルなものなのですが(E♭=キーとA♭、B♭)、ベースがずっと同じ音を鳴らし続けることで、飽きのこない味わいにしています。

このあたり、多少理屈っぽいので、参考までに私自身がピアノを弾いた動画を制作しました。左手がずっと同じベースの音、右手がメロディです。左手で鳴らし続ける音(=E♭)がシンプルながらも飽きのこない味わいを醸し出していることを、分かっていただければいいのですが。

つまり『サヨナラ』という曲は、情報量てんこ盛りの冗長な歌詞、めくるめく激しいコード進行や転調という、その後の平成Jポップに対するアンチのように聴こえるのです。

リメイクするとヒットしそうな中性的ど真ん中ポップス

これらの音楽的魅力に加えて、この曲をジワジワと売れ続けさせたのは、GAO本人のルックスと声質における中性的な魅力が大きく影響したと見ます。

当時買った短冊型8cmシングルが手元にあるのですが、ジャケットに映るGAOの写真がもたらす中性的なインパクトは非常に強い。

『NEWSポストセブン』の記事(2016年9月24日)によれば、「性別も年齢も不詳にしたらどうでしょう」と提案したのはGAO本人だったといいます。

また、「わしも一応女性なので、男性のお客さんも応援してください」とライブのMCで言ったら、終了後に女性の観客が来て、「GAOさんって女性なんですか?」と聞かれたので「そうだよ」って答えた途端、泣きながら走り去られたという経験もあったそう。

つまり、まさにジェンダーレス時代を予見したような、中性的なGAOのルックスや声質が、曲自体のシンプルで飽きのこない味わいと連動して、ジワジワと長く売れ続けて大ヒットとなり、そして令和の世にもリスペクトされる名曲になったのです。

今思えば、日本におけるロック音楽の多くは、片手を突き上げるような「マッチョな男性性」を強調したものでした。また、現在の女性アイドル音楽の多くは、両手でハートマークを作るような「キュートな女性性(少女性)」を強調し過ぎている気がします。

男性性、女性性という過剰な両極を尻目に、ど真ん中の「中性性」ポジションで、シンプルに堂々と鳴り響いたからこそ、『サヨナラ』がど真ん中のポップスになったのではないでしょうか。

『サヨナラ』を今リメイクすれば、またヒットするのではないかと私は考えます。なぜなら、ジェンダーレスに向かっていくこの時代において中性性は、もはや特殊でニッチなものではなく、男性性、女性性という両極を包含する大きな価値/市場になりつつあると思うからです。

  • 取材・文スージー鈴木

    音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『恋するラジオ』(ブックマン社)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。新著に『EPICソニーとその時代』(集英社新書)

Photo Gallery1

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事