平和な美しい街だった…日本人旅行者が撮った「素顔のウクライナ」
あの日のウクライナ「忘れられない光景」前編
ロシア軍による侵攻が始まって2か月。ウクライナ各地で非道な戦争が展開している。ニュースで見るウクライナは破壊され、人々は悲しい顔をしている。
2016年、初めてこの国を訪れ「その美しさ心地よさに魅了された」という旅人Chiriさんのカメラに残った「素顔のウクライナ」。今はもう見られない街並みと、人々の表情を紹介する。

世界遺産リヴィウの圧倒的風格
「リヴィウに向かったは2016年の初夏。ポーランドへの旅の流れで、隣国のウクライナ、未知の国をちょっと覗いてみようという気持ちでした」
そのころ、日本人にとってウクライナは、そう身近な国ではなかった。リヴィウという街の名前を知っている人も、そんなに多くはなかっただろう。
「ポーランド・クラクフのバスターミナルから長距離バスに乗って国境を越えて行きました」
今、多くのウクライナの人々が国を脱出しているルートを、逆に通って入国した。
「ウクライナ西部の中心都市、リヴィウに着いて、古びた街の風格と、行き交う人の多さに圧倒されました。旧市街と呼ばれる石畳のエリアが広がっていて、街並みはユネスコの世界遺産に登録されています。いかにもヨーロッパ的な美しい建物は、数百年という時を経てすすけた感じがなんともかっこいい。中心にある広場の周辺は、観光客や地元の人でごった返していました。
旅を計画するまでは名前も知らなかったリヴィウの街ですが、歴史ある風景と、活気に満ちたようすに衝撃を受けたんです」

「驚いたのは、言葉のわからなさ。英語は、ホステルを除いて街なかではほとんど通じません。キリル文字なので、書いてある地名も読めない。
もうひとつ驚いたのは、物の安さ。通貨フリヴニャの度重なる下落で、旅人にとってはかなり安く感じられる状況になっていたのです。カジュアルなレストランでボルシチ、ピラフ、サラダを選ぶと、日本円にして200円程度。この高いクオリティで…うれしい驚きでした。
トラム(路面電車)の運賃は10円くらい。古い街並みのほかにも、雑然とした庶民的な市場があったかと思えば、ピカピカの巨大なスーパーマーケットがあったりもします。
日を追ってあちこちをまわるほどに、夢中になったリヴィウ。ウクライナという国に俄然興味がわき、ほかの都市にも行ってみようと決めたんです」

リヴィウに魅せられたChiriさんは、翌年もウクライナへ。旅を決行する。
南部の都市・オデーサ
「2017年に、黒海沿岸の港湾都市、オデーサへ。隣国のモルドバからバスで入りました。古くから栄えてきた港町だけあって、歴史的な建造物と、陽光がふりそそぐ開放的な雰囲気が特徴です。
メインストリートは一日中人通りが絶えず、音楽に合わせて何組ものカップルが踊りだす姿も。夜になって可愛らしくライトアップされると、通りはお祭りのような騒ぎでした。
近郊にはビーチがあります。ここも夏を楽しむ人たちでいっぱいでした」
強い夏の日差しを浴びる海水浴客たち…ニュースで見る「現在のオデーサ」とのギャップに震える。カメラにはビーチで過ごす人々の幸福な表情が残っている。


首都キーウへ。美しい地下鉄駅も今は
「次に向かったのが首都のキーウ。オデーサは酷暑で、人々の服装もラフでしたが、キーウの人たちはスタイリッシュ。道行く人の服装も態度も洗練されていて、さすが都会だと感じました。地下鉄にもびっくり。エスカレーターが延々と続くその深さ、駅構内の装飾の美しさ。
いくつもの教会や修道院など、1000年以上の歴史を誇るこの街の名所は数多く、何日いても飽きませんでした」
その地下鉄駅は、防空壕を兼ねていた。しかしそのとき、数年後、ここに大勢の人が避難することになるとは、思いもよらなかった。


「ウクライナ国立オペラ・バレエ劇場で、バレエを観ました。日本円にしてわずか数百円というチケット代で、本場のパフォーマンスを伝統ある劇場で観られる贅沢。その日の演目は「くるみ割り人形」だったので、親子連れが多かったんです。公演が終わったあと、横一列に手をつないで帰っていく家族の姿が忘れられません」

その人たちは今、どこでなにを思っているだろう。ごく最近まで普通にあったウクライナの日常。カメラに残された人々の姿に胸が締め付けられる。
取材・文・写真:Chiri