問われる未成年の実名報道…過去の凶悪少年犯罪「戦慄の中身」 | FRIDAYデジタル

問われる未成年の実名報道…過去の凶悪少年犯罪「戦慄の中身」

ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!

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「【前編】少年事件の凄惨な犯行内容」に続き、ノンフィクション作家・石井光太氏が実名報道についてリポートするーー。

振り返ってみれば、日本では長い間、少年の実名報道についての論争が行われてきた。

有名なところで言えば、68年の永山則夫の事件がある。当時19歳だった永山は、米軍基地から盗んだ拳銃をつかって立て続けに4名を射殺した。未成年ではあったが、事件の残虐性から実名で報じられ、死刑判決を受けることになった。

永山事件をはじめとして、この頃は新聞もテレビも事件によっては横一線で実名報道をするという姿勢だった。雑誌がそうした足並みを崩し、独自の判断で実名報道をするようになったのは、80年代後半以降である。

雑誌が行った実名報道として議論を呼び起こしたのが、89年に発生した「綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件」だ。

女子高生を1ヵ月半にわたり監禁

この事件は、自転車に乗っていた女子高生が1618歳の少年グループに拉致されたところからはじまった。少年らは女子高生を1ヵ月半にわたって監禁し、その間連日連夜にわたる拷問さながらの身体的、性的暴力を行った。そして少年らは、彼女を生きて帰すわけにいかないと考え、集団リンチによって殺害。その遺体をドラム缶に入れてコンクリートで固め、遺棄したのである。

事件のあまりの凄惨さに、社会は大きく震撼した。『週刊文春』はこれを重く見て、加害少年を実名で報道。各所で様々な議論を呼ぶことになったが、一部の人たちの間では重大な事件ならば、たとえ未成年であろうと実名や顔写真を公表するべきだという考え方が広まっていった。

90年代に入ってからは、次のような事件が実名報道、あるいは顔写真の掲載が行われた。

92年「市川一家殺害事件」~19歳の少年が金銭目的で一家4人を殺害、1人を負傷させた。

94年「大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件」~1819歳の主犯格3人が強盗目的などでリンチによって4人を殺害。死刑判決。

97年「神戸連続児童殺傷事件」~14歳の「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る中学生が小中学生2人を殺害。犠牲者の首を切断し、学校の前に置くなどした。

98年「堺市シンナー少年通り魔事件」~19歳の男性が、シンナーを吸った状態で通行人を刃物で切り付ける。5歳の女児が死亡、母親と別の女子高生は重症。

このように90年代には凄惨な少年事件が頻発し、週刊誌や月刊誌はそのつど実名や顔写真を掲載し、大々的に取り上げた。これに対して人権侵害だという声もあったものの、同時にこれだけの事件を起こした犯人を保護する少年法が間違っているという声も少なからずあり、裁判で雑誌側の主張が一部認められたこともあった。

川崎事件の被害者・上村遼太君

00年代以降になると、実名報道の意義がまた少し変わってくる。インターネットの普及によって、大きな事件が起これば必ずといっていいほど、ネット住民による犯人捜しや、犯人のプライバシーの暴露が起こるようになったのだ。

ネットの犯人捜しは、出版社が発行する雑誌とは異なり、素人がバラバラに行っているため、いくつもの問題が出てきた。悪意に満ちた形で情報が流出する、加害者の親族や友人のプライバシーまで明かされる、無関係の人間が加害者としてネットにさらされる……

私が『43回の殺意』というルポにまとめた、川崎中1男子生徒殺害事件がまさにそうだった。加害者の少年3人だけでなく、まったく別の少年たちが犯人にされたり、加害者の友人、家族などの情報もネットに拡散されたりした。中には明らかなデマも数多く含まれていた。

こういう意味では、少年事件の匿名性は必ずしも固く守られるものではなくなった。そんな時代の中で、今回の法改正が行われたのだが、1ヵ月が経った現在の状況を見る限り、国が公表をすることにはまだ躊躇いがあるようだ。現状を鑑みれば、検察が実名を公表するのは次のような事件に限られると考えていいのかもしれない。

実名を公表すべき事件の2要素

・2人以上の犠牲者が出ていること。

・犠牲者が1名であっても、社会的影響が甚大であること。

そう考えれば、法改正前に雑誌が定めていた実名報道の基準と、そこまで大差がないと考えていいだろう。ただ、世論がそうした基準が適切と受け取るかどかは、まったく別の話だ。

冒頭の事件の弁護士の言葉を思い出してほしい。加害少年の実名報道の自粛要請の理由として少年が「従属的」な立場であったことと、家族が「住めなくなる」ことを挙げていた。

だが、従属的な立場で強盗殺人にかかわったからといって実名が伏せられることが論理的に正しいことなのだろうか。グループ内の立場が何であれ、殺された学生の側からすれば殺人犯の一人でしかないはずだ。

また、加害者の家族の生活は守られるべきだが、それ以前に優先しなければならないのが、被害者の家族だろう。

川崎事件の現場には多数の献花がたむけられていた

これまで私が取材した少年事件の犠牲者の親の中には、被害者でありながら地元に住めなくなった者も数多くいた。親たちは殺された子供の実名がさらされたことで、近隣住民から好奇の目を向けられるばかりか、ありもしないことを噂されたと語っていた。マスコミの前に出れば「目立ちたがり屋」と言われ、損害賠償請求をすれば「金に目がくらんだ」と言われ、たまの息抜きで酒屋へ行けば「子供が殺されたのに楽しそうに飲み歩いている」と言われるのだ。

被害者家族の中には、こうした町から逃げるように地元を去っていった者も少なくない。加害者の親がのうのうと暮らしている一方で、被害者の親が位牌を持って逃げ回っているという現実もある。そう考えた時、加害者の家族より先に、被害者の家族を守ることを議論するべきだろう。

少年事件を取材した時、被害者の遺族が一様に口にする言葉がある。

「なぜ加害者やその家族の人権ばかりが守られて、殺された子供や私たちの人権が無視されるのでしょうか」

加害者を守る理由の1つとして、彼らの更生を妨げるべきではないという主張がある。私自身、多くの更生の現場を取材して本を書いてきたので、その主張はわからないでもない。加害者もまた、犠牲者である側面を持っているからだ。

だが、同時に遺族の取材をしてきた身として、簡単にはうなずくことはできない。

――18歳からは成人。

そのことの意味を、何度も何度も話し合いつづけることでしか、私たちの社会が進んでいくべき方向は見えてこないはずだ。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『レンタルチャイルド』『近親殺人』『格差と分断の社会地図』などがある。

  • 撮影蓮尾真司

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