上島竜兵さん 旧知の作家が思い出す「聞いてないよ!」誕生の瞬間
「昔ながらの真摯なお笑い芸人さんでした。礼儀正しく、仕事には一生懸命。だからビートたけしさんや志村けんさんなど、大御所に可愛がられたのだと思います」
こう語るのは元放送作家でお笑いを研究している、江戸川大学教授・西条昇氏だ。西条氏が功績を称えるのは、「ダチョウ倶楽部」のメンバー上島竜兵さん。5月11日に都内の自宅から病院に搬送されたが、亡くなっていることが確認された。61歳だったーー。
西条氏は、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系。89年1月から96年4月放送)のスタッフ。同番組に出演していた、上島さんとは深い交流があった。以下は、西条氏が振り返る在りし日の上島さんだ。
「酒の席も、よくご一緒させていただきました。酔うとサービス精神が旺盛になる。よく披露してくれたのが、直径15cmくらいの灰皿を局部にあて服を1枚1枚脱いでいくネタです。最後にはスッポンポンになるんですが、不思議と局部は見えません。大笑いしながらも、『さすがプロだな』と感心したのを覚えています」
対談中2時間ずっと正座
普段の上島さんはマジメ。先輩への礼儀は、決して失しなかった。
「上島さんを可愛がっていたポール牧さんが、喜劇俳優の由利徹さんと対談したことがあります。都内の中華料理店の個室でね。ポールさんは『オマエらも勉強のためについてくるか』と、『ダチョウ倶楽部』のメンバーを対談の場に誘いました。
対談は2時間近くに及んだと思います。上島さんは偉かったですね。その間、ずっと正座してジッと先輩たちの話を聞いているんです。ポールさんが話を振った時以外、対談に口を挟むようなことはありません。先輩たちへの尊敬の念を、強く感じました」
西条氏は、上島さんの鉄板ヒットネタで、93年に流行語大賞銀賞を獲得した「聞いてないよ」誕生の瞬間にも立ち会っている。
「『聞いてないよ』が生まれたのは、『お笑いウルトラクイズ』の撮影現場のことでした。『リュック爆破クイズ』という企画があったんです。クイズに答えられないと、タレントが背負っているリュックが爆発するという内容です。
当日の撮影地は(静岡県東部)熱海の海岸でした。クイズに答えられなかった『ダチョウ倶楽部』の3人が、海に飛び込むことになった。飛び込む直前に、自分が背負っているリュックを爆発させてね。ただ、火薬の力が想像をはるかに超えていた。メンバーの肥後克広さんの頭は焦げ、煙が上がっています。上島さんは『聞いてないよ!』と騒いでいる。上島さんには悪いですが、スタッフは大ウケ。以来、髪の毛に火がついた『ダチョウ倶楽部』は人気にも火がついたんです」
ファンだけでなく、番組スタッフも笑いに包んでいた上島さん。西条氏は、早すぎる死を惜しむ。
「あのとぼけた芸風は、なかなか出せるものではありません。泥臭い昔の芸人さんらしい方でした。突然の死が残念でなりません」
撮影:濱崎慎治