「春の大会まさかのコールド負け」明八野球部監督・椙原の胸の内 | FRIDAYデジタル

「春の大会まさかのコールド負け」明八野球部監督・椙原の胸の内

明八野球部物語⑥監督人生初の屈辱を味わって

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〈憧れの地にあと一歩届かない。都内でも指折りの進学校ゆえ、制約された環境ながら、それでも本気で甲子園を狙う男がいる。明大中野八王子野球部監督・椙原貴文。彼の葛藤と苦悩、生徒たちの心身の成長を追った、密着240日のドキュメント〉

夏の運命は春の大会の結果がカギ

「まん延防止等重点措置」の適用を鑑み、2022年1月20日から1ヵ月半以上の部活動禁止となった明大中野八王子高校野球部。監督の椙原貴文はチーム作りのビジョンの再考を余儀なくされていた。活動再開後の部内でのコロナ感染、主力選手の故障、そしてなにより大会が近づいても盛り上がってこないチームの雰囲気。春季東京都高校野球大会は指揮官の不安が形となって現れる結果となってしまった。

春季大会2回戦、対都立調布南戦で選手に指示を出す椙原

明八にとって春の大会の位置づけは、ライバル校以上に重いものがあると言える。目標に掲げる甲子園出場が懸かっているわけではない。しかし、普段から勉強に充てる時間が多いだけでなく、試験前には1日の睡眠時間は4時間ほどになるナインにとって、一期期末試験直後にスタートする夏の全国高校野球選手権大会の西東京大会には1日でも多く準備をする時間が欲しい。

22年で言えば試験最終日は7月8日、大会開幕は翌9日だ。大事な大会前ということで「試験1週間前からの部活禁止」は免除されて特別に練習が行えるが、それも許される時間は1時間ほど。それだけに3回戦から臨めるシード権は是が非でもほしい。そして、それを決めるのが春の大会なのだ。

明八はこの5年で3度の夏のシードを手にしてきた。21年の春はコロナの影響で1、2月は合わせてわずか9時間しか部活動ができないながらベスト8に入っている。だが、22年はそれ以上に難しい状況を強いられた。

部員のコロナ陽性で活動停止に

春の大会初戦まで1ヵ月を切った3月8日に、ようやく明八球場に椙原と生徒たちの声が戻ったが10日ほどで部員にコロナ陽性が確認され、活動をストップ。23日から再び動き出したが、都内の感染状況を鑑み、危機管理から練習は2班に分けての半日ずつ。特にピッチャー陣は状態を上げるのが容易ではない。

それだけでなく、故障者も出て26、27、29日のオープン戦では20、12、7失点。秋に引き続きエース番号を背負った渡辺晴登も出来が悪く、不安に押しつぶされて、椙原に「僕なりにやってきましたが、どうしたらいいでしょうか」と泣きを入れてきた。

「晴登は付属中学のとき南関東で準優勝するなど、それなりに勝ってきていて、バックボーンを持っている。だから、こちらが厳しく当たってもシュンとなる子じゃないんですが、さすがに堪えてしまっていた」

それでも31日の大会前最後の安田学園高校とのオープン戦は渡辺が先発し、好投して6対0と快勝。打線は当たりが出続けていたため、そのときは椙原も「これで大丈夫かな」と胸をなでおろすことができた。

ところが――。それ以降の練習では、強烈な不安が椙原を襲うことになる。

一生懸命なのに、雰囲気が暗い

「チームの雰囲気が盛り上がってこなかったんです。技術的なことは10日や20日でどうこうなるものではないですが、うち以外にもコロナに苦しめられている学校はあるわけで、『気迫を全面に出して面白い大会にしてやろうぜ』と発破をかけたりもしたんですが、淡々と進んでしまった。シートバッティングでバントをファールしても、誰もなにも言わない。練習に締まりがない。でも、だからといって生徒たちの気持ちが離れているとかではないんです。間違いなく一生懸命やっている。なぜ雰囲気が暗いのか。正直、原因がつかめませんでした」

1月20日からは部活動禁止だけでなく授業自体もオンラインとなったため、生徒たちは学校で顔を合わせることもできなかった。それでもSNSなどでコミュニケーションを絶やさず、スイング動画を上げてチェックし合うなどして各自での練習のモチベーション保持に繋げてきた。

椙原の生徒たちへの信頼も秋、冬を経てグッと深まっており、部活禁止期間中はオンライン上で野球部のクラスを作ったが椙原からは必要なことを提示するだけにとどめ、投手、捕手、内野、外野の各ポジションのリーダーに責任を持たせた。各グループの生徒の練習状況などを確認、報告させるだけでなく、生徒それぞれが設定した課題に対する練習やアプローチの方法、進捗状況を判断させ、どう達成させるかを預けた。

難しい状況にあるからこそ、生徒たちの芽を伸ばし、幹を太くしようとした。

チームとしてまとまりを欠くような過程はなく、それだけに椙原は何度も首をひねった。

結局、練習での空気を変えることができないまま、第5シードとして臨む春の大会初戦、4月6日の都立調布南高校との2回戦を迎えてしまった。先発メンバーもギリギリまで思案した末に決めた。その中には秋になかった、人一倍チームを想ってきた3年生の吉井優風、外野リーダーの関脩登の名前があった。

都立調布南戦で同点タイムリーを含む2安打を放った吉井優風

「いろいろな選択肢がありましたが、どれもメリット、デメリットがあり、それなら3年生に頑張ってほしいとの思いもありました。関はもともとキャッチャーで気配りのできる子です。安田学園さんとの試合でもスタメンマスクを任せ、晴登との組み合わせも問題なかった。吉井も秋から人間的な成長という面で目を引いた一人です。自己表現が苦手だったのですが、少しずつ出せるようになってきました」

対調布南戦でタイムリーを放った外野リーダー・関脩登

監督と部員、すれ違う気持ち、揺らめく信頼

椙原はそう言って、日中はまだ穏やかな日差しに包まれていた21年11月中旬のある日のやりとりを回想した。

明八球場での練習中、シートノックでの選手たちの動きに高い意識が感じられず、「1人でもミスが出たら、そこで終わりにする」と連帯責任を課し、その中でファーストの四方悠介にミスが出た。言葉通り、ノックを終えようとする椙原に四方が声を上げる。

「僕はいいですから、みんなにはノックを受けさせてあげてください!」

「じゃあ、外れろ!」

四方も想いが余って、言葉が出たが、それが正しいかどうかもわからない。とにかく、このまま終わらせてはいけないと思った。しかし、野球に真剣だから、簡単に引き下がるわけにもいかなかった。

「嫌です!」

「言っていることが違うじゃないか!」

言葉が矛盾していることはわかっている。でも、なんとかしたい。四方の瞳から涙があふれる。椙原は歯噛みする。正直な感情をぶつけてくる四方にではない。二人のやりとりを、ただ見ているだけの他の生徒たちに、である。四方のミスは他人事か。チームとして向き合うべきことなのに、何も感じないのか。言うことはないのか。

生徒たちを強く見据え、椙原は言葉に気持ちを詰め込んだ。

「このままじゃ何も変わらないからな!」

そのとき、隣のセカンドを守っていたのが吉井だ。帰りのスクールバスに揺られながら思い悩んでいた。駅に着いても、家へと向かう電車に乗ることができない。ホームでスマホに手を伸ばす。感じていることを今、椙原に伝えないといけない。

「このままだと椙原先生との信頼関係がどうなってしまうか不安です」

声は震えていた。しかし椙原は躊躇なく返す。

「おまえは今日、自分を守ったろ。試合に出られるようになると言っていたが、なにが試合に出ます、だ。どうせ最後は逃げるんだろ!」

「そうではないことを技術で見せます」

「そうじゃないだろ。頑張っている姿を見せるんだろ!!」

大人が子供を叱れなくなったと言われる昨今にあっても、決して容赦はしない。それは、選手のためだから。嫌われ役も厭わない。今の時代、もっとスマートな接し方もあるのかもしれない。だが、椙原はそうやって本気で、丁寧に、生徒を育て、チームをまとめようとする。生徒がそれに応えてくれることが、この仕事の一番の醍醐味だ。

「四方も一時は『僕はこれをやっています』とか、『僕は〇〇』というのが増えた。だから『それがなに?』と返しました。私はいつも評価とは自分でするものではなく、周りがするものだと教えていますが、それを思い出してくれたんじゃないですかね。クリーニング手術をしてリハビリの日々が続く中でもチームを見渡して盛り上げてくれたり、サポート役に徹してくれました。保坂も変わってきています」

独り立ちしたキャプテン・保坂修也

打席を待つキャプテン保坂の後ろ姿

12月のある日、まだ抜けきらない「指示待ち」の姿勢を厳しく指摘されたキャプテンの保坂修也の野球ノートに変化が認められた。

〈先生にこのチームの現状を率直に突き付けられ、言い返すことができませんでした〉

椙原は、おやっと思った。それまでは表面を取り繕うようなことを書いていたが、みずからを客観視して、非を認める言葉を綴れるようになった。

周りの保坂を見る目も変わってきた。練習中に指示を与える際など保坂が話をするときの仲間の表情が以前と見違えるほど引き締まるようになった。

「保坂は12月から1月にかけて独り立ちしてきました。自分が変わらないといけないことに気づいたんじゃないですかね。これまでは私に叱られないようにと、その場限りのことを言って、結局こちらに任せることばかりでしたが、それが減りました。

練習中、『この時間、どうする?』と聞いても答えられなかったのが『バットを振る量が少ないので、もう少し振りたいです』と返してくるようになりましたし、チーム全体が見え始めてきた。私がここは今つぶしておかないといけないと感じていることに『ポジションで確認したいことがあるのでいいですか』と言ってくるなど、こちらも任せてみようかなと思えるところまで来ました」

春の大会は責任と向き合い、背負おうと思えるようになった3年生たちに期待した。クリーンアップには保坂、四方、渡辺を並べ、2番には秋こそベンチ入りを逃したが冬のキツい練習で率先して明るいムードを作った福丸貴之を起用した。

だが、試合が始まっても自分たちから向かっていく姿勢は見られず、ダッグアウトで椙原の叱責が響く場面もあった。8対1の7回コールド勝ちだったが、椙原は「勝ちに値する試合ではなかった」と断じた。

「生徒たちにも話しましたが、スタンドの人に応援しようと思ってもらえるような、伝わるものがありませんでした。大会は発表会で、冬場をこれだけ頑張ってきたというのを表現する場。失敗してもいいから勝負する。しかし迷いがあり、余計なことを考えて勝負にいけていませんでした」

翌日は試合を1回表からおさらいしながら、カウントごとにランナーの動きやサインの確認、点の取り方の練習を行ったが生徒たちはミスを連発。明くる日のシード権のかかった3回戦の日大鶴ヶ丘高校戦に繋がらないどころか怪我をしかねないと、練習を切り上げるしかなかった。

椙原が味わった監督人生初の屈辱

強豪・日大鶴ヶ丘との戦いがついに始まった

大事な一戦でも、立ち上がりから相手を受けてしまっているように映った。先発ピッチャーの渡辺は本来の制球力を見せることができず、1回表一死満塁のピンチこそ犠飛による1失点で防いだものの、2回表に6失点。相手の勢いに押され、持ち前の粘り強さも発揮できなかった。打線も相手ピッチャーのテンポの早さに引き込まれ、自分たちのスイングをさせてもらえないまま終わってしまった。1対11。5回コールド負けは、椙原にとって監督初の屈辱だった。

「正直、もう少しやれると思っていましたし、こういう試合は想像していませんでした。9点差の5回表、一死3塁からショートゴロで二死にしたところで伝令を送りました。『相手のピッチャーも制球が安定していないから、この回をしのげば2、3点取れる。そうなれば試合はどうなるかわからない。我慢しよう』と。点を取られるのを当たり前にしたくなかったし、しのいだ後、生徒たちがどう粘るかを見たかった。ところが、次の打者の初球に暴投で11点目を与えてしまった。このチームの弱さが、そのまま出ました。生徒たちは1球の怖さ、大切さ、現実を知る機会になりました」

生徒たちには、こう投げかけた。

「走攻守プラス姿勢。野球への情熱。すべてにおいて勝てる要素がなかった。甘かったんだよね。だから、厳しくやってきたチームに負けたんだ。この試合は、つらかったよね。でも、これが現実だったんだ。試験を除けば夏の大会までおよそ2ヵ月。チームがガラッと変わることは奇跡に近い。

でも、劇的に変化をしないと夏は苦しい終わりが待っている。自分たちの甘さを克服できるか。ここでリセットして、チームを活性化させる選手、チームを支えられる選手、チームにいなくてはいけない選手、個性のある選手に出てきてほしい。チームとしても化学反応が必要だ。これからどうしたい?勝つためにどうやっていきたい?考えてほしい」

夏までにはもう時間がない 

そして、自身を顧みた。

「私自身も、試合までの持っていき方がどうだったのか。オープン戦を優先して、修正のための時間が十分ではなかった。土台がしっかりしていないのに、前に進まないといけないと、また体裁を整えてしまった。そうやりたいわけではなかったんですが、せざるをえない。そう自分を納得させましたが、本当にそれで良かったのか。コミュニケーションの時間が足らず、自分で考えることを失わせてしまったのかな。やろうとする野球を突き詰められず、導けず、未熟だったと感じます。この状況の中で、もっとよい方法があったのか。自問自答しています」

部員たちの野球ノートに目を通す椙原

椙原は自分の指導法に固執するつもりはない。生徒たちにやりたいやり方があるなら、それでいいと話す。

「やるのは生徒たちで、勝って喜ぶのも彼らですから。その喜ぶ顔を見るために、私は全力でサポートしたい。敗戦翌日、石田(高志・顧問)先生が『こんな状況で、この子たちはよくやっているよ』とおっしゃったんですが、本当にそうなんです。特に3年生は例年以上に私に厳しいことをたくさん言われて、普通ならもういいやとなってもおかしくないかもしれません。でも、折れない。

勉強もして、野球も一生懸命で。成長もしてくれています。真面目な子たちだから、きっかけ1つで、さらに伸びる可能性もある。この子たちにも野球の結果はもちろん、なにかを残してあげたい」

夏までにはもう時間がない。生徒たちは、椙原にどんな答えを持ってくるのか。

(第7回へ続く)

  • 取材協力鷲崎文彦

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