厚労省が「自殺に関する報道」に急遽注意喚起を出した背景
命を支えるために本当に必要なのは
「『子どもや若者、自殺念慮を抱えてる人の自殺を誘発する可能性』があります」
著名人の自死を伝える報道について、厚生労働省がこんな注意喚起をしたのが5月5日。俳優の死を伝える報道のあり方に対し、「センセーショナルな自殺報道によるリスク」を説くメディア向けの呼びかけだった。
厚労省のキャリアはこう言う。
「2016年に『自殺総合対策会議』が内閣府から改編、設立されました。厚生労働大臣をトップにおく、我が国の『自殺対策』の行政最高位です。
日本の自殺者は、年間3万人を超えた1998年から、2003年の34427人をピークに少しづつ減り、2015年には24025人に減少しました。が、コロナ禍に増加に転じた。背景にはもちろん、新型コロナの感染拡大による経済の停滞があります。とりわけ、不安定な立場の非正規雇用者や、打撃の大きかったサービス業に従事している女性の自殺が、増えてしまったんです。
加えて、連休明けのこの時期は、新年度のスタートから新しい環境になじめず、いわゆる5月病といった憂鬱をうったえる方もあり、注意すべきタイミングなんです」
厚労省が危機感を募らせているなか、5月11日には、お笑いタレントの自死が伝えられた。
「立て続けに起きた著名人の自殺。5日の『注意喚起』にもかかわらず、その報道は過剰で、一部テレビの内容は、率直にいってその一線を超えているものでした」(同前)
11日、厚労省とその外郭機関である「いのち支える自殺対策推進センター」は連名で、「再度の注意喚起」を発信した。
以下のような放送・報道は、自殺リスクを高めかねません。
・自殺の「手段」を報じる
・亡くなった方の自宅前から中継を行う
・亡くなった場所(自宅)の写真や動画を掲載する
・街頭インタビューで、市民のリアクションを伝える
この5行は、とくに大きな赤い文字で書かれ、送り手の忿懣を強く表している。
「実際に、一昨年は、自殺報道の影響とみられる自殺者の増加がありました。一部メディアにみられた『報道』は、報道と呼べるものではなかったのではないかと言わざるを得ない。それが、こうした注意喚起を出した背景にはあります」(同前)
報道に注意をするだけで、自死が防げるのか
一方、コロナ禍に自殺者数が増えたここ数年の現状をふまえ、こんな証言もある。
「この際、厚労省は何かやっておかねばならなかったというのはあります。しかし、自殺に関する抜本的な対策ができていなかったという批判にも真摯に向き合う必要がある。問題点を報道のあり方だけに向けたのは良くなかったと思います。自殺を減らすためのありとあらゆる対策をもっと採る必要があることは痛感しています」(厚労省関係者)
生活困窮者の支援を続けている反貧困ネットワークの瀬戸大作さんはこう言う。
「コロナ禍の経済不安は大きく、今日食べるもの、今日寝るところもないという人が増えてしまった。食料支援の現場では、雨のなか長い列ができ、屋外で野宿をする人も。とくに困窮する若者が増えています」
困ったら、頼っていい。誰の命も同じように大事
自死する人のなかには、仕事を失って経済的に苦しくなるだけでなく、社会とのつながりが途切れることで、孤独になっていくことが原因となっていることが少なくない。まずは、生きていくための環境を整えなければならない。
「困ったら、迷いなく生活保護を利用できるように、行政にできることは多い。もちろん、国の施策もです。行政が用意した福祉制度を利用することは恥ずかしいことではありません。誰の命も、同じように大事です。
人が生きていける環境を作ること、衣食住も大切ですが、なにより寂しさが心を削るんです。僕の携帯には、死にたいっていうSOSの電話がきます。そうしたら、可能なかぎり早く、会いに行く。ひとりぼっちだと感じさせない。それが、支援のなかでもっとも重要なことなんです」(瀬戸さん)
今、「自分はひとりだ」と感じたとしても、この国にはさまざまな支援の仕組みがある。
「利用できる制度は利用しつつ、この激しい状況を一緒に乗り越えましょう」(瀬戸さん)
ためらわずに利用して、生き抜いていく。その先のことは、また考えればいいのだ。