夏まで時間がない!進学校明八野球部・3年生の「それぞれの決断」 | FRIDAYデジタル

夏まで時間がない!進学校明八野球部・3年生の「それぞれの決断」

明八野球部物語⑦最上級生は後輩に何を残すのか

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〈憧れの地にあと一歩届かない。都内でも指折りの進学校ゆえ、制約された環境ながら、それでも本気で甲子園を狙う男がいる。明大中野八王子野球部監督・椙原貴文。彼の葛藤と苦悩、生徒たちの心身の成長を追った、密着240日のドキュメント〉

春季東京都高校野球大会での大敗を受け、選手間ミーティングを行った明大中野八王子高校野球部ナイン。勝つために、なにをするべきか。自分たちはどんな野球をやりたいのか。話し合った末、導き出した答えは、自分たちのスローガンに今一度、立ち返ることだった。

集大成となる夏の大会に向けて残された時間は決して多くはない。監督の椙原貴文も劇的に変わるには相応の覚悟が必要だと説く。うまくいっているとは言えない中で、3年生たちの決断がチームを揺り動かす。

打撃の指導風景

監督・椙原の迷いと葛藤

「100%」

21年夏、このチームが立ち上がり、生徒たちで話し合って最初に決めたのが、チームとして掲げるこのテーマだった。前年のチームのように個人の能力が高い生徒が揃っているわけではない。だからこそ、自分たちができることは100%体現できるようにする。試合はもちろん、練習でも、個人で野球と向き合う時間でも、それを徹底する。そうしたひと欠けらを生徒たち全員で寄せ合うことでチームの形を作り、強さとする。

夏のシード権がかかった春の大会3回戦で敗れた直後、椙原から夏の大会までの日々をどう進めていきたいかを問われたときも、生徒たちは原点に戻って「100%できることは100%できるようにします」と伝えた。

全力で走るべきなら最後の一歩まで力を抜くことなく走り切る。バットを振るなら、最後のひと振りまで、神経を研ぎ澄ませてスイングする。ひとつひとつの行動に意味を持たせる。継続することは思うほど容易ではない。誰も代わりにはやってくれない。みずからとの戦いは、誰だってキツい。だが、あとで悔いるような最後は迎えたくない。

椙原も、コロナ禍で制限が多い中、どうチームを成熟させていくのが一番いいのかを模索し続けている。春になった頃から3年生へのアプローチを減らしているというが、手応えを得られないでいる。

練習後、保坂キャプテンが今後の心構えなどを伝える

「この段階まで来て、私にあれや、これやといちいち言われたくもないでしょうし、もう自分たちで指摘し合ってやれるところまできていますから。ただ、なかなか自己肯定感を持てない子たちだから、話をする機会を減らしたことを私に相手にされていないと思ってしまっていないか危惧するところもあります。春の大会前からチームの雰囲気が盛り上がってこなかったのも、それが影響しているのかもしれません。これまでのように私が厳しく言ったほうがいいのか、どうなのか……」

珍しく椙原の口から迷いが漏れ出た。葛藤が表情に影を差す。元に戻せば、ある程度の結果は望めるのだろう。しかし生徒たちには、もっと大切な何かを手にしてもらいたい。これまでの先輩たちと同じように。

「勝ち負けだけでなく、ひたむきにやる姿だったり、日の目を見ない子たちがサポートに回って一生懸命やる姿だったり、先輩たちもそれぞれに財産を残してきてくれたんです。やっぱり3年生の行動は大事なんです。君たちが残すものはなんだ?と。チームも思うような結果を残せていないですし、個人としてもうまくいっていないですから難しいところはあるかもしれませんが、3年生にはもっとチームを引っ張ってもらいたい。

それは結果ではなく、たとえば試合での積極性だったり、あるいは指摘しなければいけないことに対して私が言うのを待つのではなく、自分で指摘するといったことであったり。キャプテンの保坂(修也)にしてもきちんと気づいていますし、言おうとしているのもわかるんですが、言えないでいることがある」

殻を破ってほしい。認めているからこそ、担えるまでに成長しているからこそ、チームの命運を背負うことから逃げないでほしい。失敗を恐れる必要はない。最終的な結果に対する責任は椙原が引き受ける。しかし、このチームの野球を確立し、こだわり、明八野球部の歴史に何を刻むかは生徒たちのプライドにかかっている。

エース候補・羽田康太郎の帰還

チームに戻ってきたエース候補・羽田

5月5日、そんなもがき苦しむチームに、ひとりの3年生が戻ってきた。羽田康太郎。21年秋の大会のエース候補だったものの、8月のオープン戦で大きな怪我を負い、手術台の上では明日すら想像することができなかった。椙原は手術を終えた羽田に、仲間の前で話す場を設けた。

「野球ができないことが、こんなにツラいとは……」

涙がこぼれ、言葉を繋ぐことができなかった。その姿に椙原も胸を締め付けられたが、生徒全員に当たり前の意味を感じてもらいたかった。

当初は夏に間に合う保証もなかった。それでも悔しさを噛み締めながらリハビリに明け暮れた羽田は、周囲の期待以上の回復を見せてくれた。

神奈川の強豪・県立相模原高校を相手にした8ヵ月半ぶりの登板は初回から失点を重ねる苦しい復帰マウンドとなったが、試合後、椙原が最初に口にした言葉は率直だった。

「嬉しかったです。本当によく投げられたなと思います。結果はほろ苦いものでしたが、8ヵ月の苦しみ、想いをわかっていますから」

久しぶりにユニフォームの袖に腕を通したのがゴールデンウィークに入ってから。それまでもブルペンに入ることはあったが、まだジャージ姿だった。だが椙原が、もし投げられるのであればと5月3~5日での登板を提案すると、羽田は力のこもった視線を向けながら首を縦に振って、復帰を決めた。

「『自分がやる』という想いが誰よりも強い子です。野球ノートからも、自分しかいないという覚悟、責任感が伝わってきた。それで敢えて一番打撃のいいチームにぶつけました。化学反応を起こせる、このチームの救世主になれるのが羽田です」

羽田の、ここからの伸びしろを推し量るのは難しい。その想いの強さは、どこまでも彼を成長させるだろう。秋、春の大会で背番号1を背負ってきた渡辺晴登も刺激を受けて当然だ。

「晴登も春の大会で屈辱的な負け方をして、変わるきっかけをもらっている。生徒たちには春の大会後、すべてリセットすると言いました。ほかのポジションもそうですが、特に背番号1はまわりを納得させられる、エースの振る舞いができる生徒で勝負したい」

この試合では患った大病により1年間の休学を余儀なくされても3年目の高校野球生活を諦めなかった岡野匠吾も出場し、椙原を喜ばせた。

レギュラーを諦め、「サポートに回る」という重い決断

その前日に尊い断を下した3年生もいる。町田隼希はサポート役に回ることを椙原に伝えに来た。

「今から頑張ってもメンバーに入るのは難しいと思います。違う形でもチームに貢献できることを探します」

「後悔もあると思うが、腹をくくってやれるか?」

町田の決意は揺るがなかった。

ノッカーとしてチームをサポートする町田と獅子鹿(左)

みずからを客観視し、望んでいない現実でも目を背けずに、勇気と覚悟を持って決断する。これから何度か訪れるであろう人生の分岐点で、この経験は糧となる。

「町田もケガの多い子で、治って頑張ろうというところでまた痛みが出てしまったりの繰り返しでした。ですが、チームという組織は試合で活躍する子もいれば、ベンチで力になってくれる子、スタンドから仲間を鼓舞してくれる子、裏方として試合に出る子を手伝ってくれる子、データをまとめてくれる子、後輩の面倒を見てくれる子、様々な役割が機能することが大事です。

獅子鹿(ししか)廉汰もケガがあって冬の段階から裏方として支え続けてくれています。3年生が何を残してくれるか。やっぱり、そこだと思うんです。町田には全員が揃う日に、どんな覚悟で決めたかを話してもらうつもりです」

富田優一部長にコツを教わりながらノックを打つ練習に励む町田の言葉は、必ずや同級生、後輩たちの心に響くものがあるだろう。

そして、椙原にも1年でもっともツラい決断をする日が迫っている。

(第8回につづく)

  • 取材協力鷲崎文彦

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