力士の息子でラグビーエース候補 竹山晃暉が歩む「スターの道」 | FRIDAYデジタル

力士の息子でラグビーエース候補 竹山晃暉が歩む「スターの道」

父は元幕下の星鶴王

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
今季、トライランク3位に食い込んだ竹山(撮影:斉藤健仁)

ワイルドナイツから桜のジャージーのエースへ–25歳のWTB竹山晃暉が今、大きく羽ばたこうとしている。

今季から装い新たに始まったラグビーの「NTT ジャパンラグビー リーグワン」。ディビジョン1の初代王者を争うトップ4によるプレーオフが5月21日、22日から始まり、29日、東京・国立競技場で優勝が決まる。

22日、昨季の王者でありリーグ戦で2位に入った埼玉パナソニック ワイルドナイツ(埼玉WK)と3位のクボタスピアーズ船橋・東京ベイが激突する。優勝候補筆頭だったワイルドナイツは、開幕から2試合はコロナのため中止となり敗戦扱いとなったが、その後は14連勝でプレーオフに駒を進めた。

堅守速攻が武器のワイルドナイツで「14」番を背負って、この3年間、躍動し続けているのが爽やかなイケメンで、華のある選手としても知られる身長175cmのWTB(ウイング)竹山だ。

2シーズン前、新型コロナウイルスの影響により途中で中断してしまったトップリーグはルーキーとしてのぞみいきなり7トライ、昨季も6トライを挙げてWTB福岡堅樹とともにフィニッシャーとして存在を示し、見事、新人賞にも輝いた。しかし、昨季は日本代表に選ばれることはなかった。

今季、医師の道に進みWTB福岡堅樹が抜けたワイルドナイツにおいて、竹山への期待は大きかった。本人も「(福岡)堅樹さんがいなくなって弱くなったと言われないように、底上げをしないといけない。個人的に強みのキックなど違う見せ方でアピールして堅樹さんの穴を埋めたい」と気込み、新リーグに臨んだ。

リーグワンではトップリーグ時代と違い、ホスト&ビジターで試合を行うことになり、ワイルドナイツはワールドカップの舞台にもなった埼玉・熊谷ラグビー場が本拠地となった。竹山は「応援しに来ていただいたファンをがっかりさせないようにトライを取りたい」とも話していた通りの活躍を見せ、13試合でリーグトップ(11トライ)に次ぐ10トライを重ね、トライランキングでも3位タイに輝いた。

竹山の強みは本人が自負するように「トライへの嗅覚」と、そして判断力にある。積極的にボールに触りつつ、スペース感覚に長けているため、相手のディフェンスが薄い、少ない場所でボールをもらうからこそトライができる。また試合途中に司令塔としてプレーしたケースもあったように、相手の裏にスペースがあればキックでしっかりと陣地を回復するなど相手の嫌なプレーに徹することができる。

これだけの攻撃センスを持ちながら、15人制日本代表でも7人制日本代表にも縁がなかった。それはタックルや密集戦で相手ボールを奪うジャッカル、ハイボールキャッチなどディフェンス時のプレーに課題を残していたからだった。

しかし5月7日、この週末に行われる準決勝の前哨戦となる16節のS東京ベイ戦では、竹山の進化が見えたプレーがあった。自らキックを蹴った後、相手ボールになったものの、ジャッカルでボールを奪い返したことが、結果、味方のトライに結びついた。ワイルドナイツには伝統的に「タックルできない選手は試合に出られない」という文化があり、年々、持ち前の攻撃力に加え、竹山はタックル力、ハイボールキャッチにも磨きを掛けている。

竹山の父、元幕下力士の星鶴王(写真:ベースボールマガジン社)

大相撲の幕下で活躍した力士・星鶴王(竹山)和彦を父に持つ竹山は奈良県で育った。3歳の時、幼稚園の先生の勧めもあり広陵少年ラグビークラブで競技を始め、河合第二中学時、SH(スクラムハーフ)として奈良県選抜に選ばれて全国ジュニアラグビー大会で優勝を経験、優秀選手賞にも選ばれた。

高校は、大阪の強豪高校にも誘われたが、奈良・御所実業の名将・竹田寛行監督が当時、唯一、頭を下げて勧誘したこともあり、地元の公立の強豪に進学した。1年時からWTB、時にはSH、SOとしてもプレーし、竹田監督の下、寮生活をしながら「人間力」も高めていった。

竹山は高校1年時から「花園」こと全国高校ラグビー大会で決勝に進出したが常翔学園(大阪)に敗れた。さらに高校3年時は、公立高校ながら7人制ラグビーの全国大会&「花園」で準優勝と好成績を収めた。特に花園の3回戦の慶應義塾高校戦では、雪が舞い始めたロスタイム、ガッツポーズしながら片手で逆転トライを決めた。そのこと自体は竹田監督に怒られたそうだが、竹山、そして竹田監督にとっても「最も記憶に残っているトライ」の一つになった。

ただ竹山は高校では日本一になることができず、花園の決勝で東福岡に敗れた後、「(進学する)帝京大では「(大学1年時から4年時まで優勝して)10連覇を果たします!」と目を赤くしていた姿が印象的だった。

入学時に6連覇していた帝京大学では1年時から主にWTBとしてトライを重ねて、見事に大学選手権の7~9連覇にも大きく寄与した。特に1年時は対抗戦で18トライを挙げてトライランキング2位、さらにその後の大学選手権でも最多となる12トライを重ねて中学以来となる日本一に輝く。ただ副将となった4年時は、FBとしてプレーしていたが準決勝で天理大に敗れて10連覇を果たすことできず「どこかで油断やおごりがあったのかもしれない」と肩を落とした。

いずれにせよ、竹山は世代のトップランナーの一人として走り続けてきた。ただ高校日本代表に選出されることはなく、帝京大でも4年時に大学日本一となれば金字塔となるはずだった10連覇は逃してしまった。

これまではスターになれそうでなりきれなかったが、前述した5月7日のS東京ベイ戦で示したような泥臭いプレーも習得し、2日後に発表された日本代表候補63人に初めて選ばれた。スターになりきる資格を自らの努力で手繰り寄せた。

プレーオフでしっかり自らの役割を果たし、トライを挙げて竹山がワイルドナイツのリーグワン初優勝に貢献できれば日本代表を率いるジェイミー・ジョセフHCらに大きくアピールすることができよう。

「日本代表のジャージーを着て世界と戦えるようになりたい」。

そう話していた竹山は6月に初キャップを得て、来年、フランスで開催されるワールドカップへの足がかりにすることができるか。

奈良・御所工業高(当時)3年時に全国高校ラグビー決勝まで進んだが、東福岡(右)の前に涙を飲んだ
帝京大進学後も1年から公式戦に出場。7~9連覇に貢献したが、4年時に全国大学選手権準決勝で敗れ、10連覇は逃した
日本代表でもこのシーンを数多く見てみたい
ワイルドナイツでの練習終了後
  • 取材・文・写真斉藤健仁

    1975年生まれ。ラグビー、サッカーを中心に、雑誌やWEBで取材、執筆するスポーツライター。「DAZN」のラグビー中継の解説も務める。W杯は2019年大会まで5大会連続現地で取材。エディ・ジョーンズ監督率いた前回の日本代表戦は全57試合を取材した。近著に『ラグビー語辞典』(誠文堂新光社)、『ラグビー観戦入門』(海竜社)がある。自身も高校時代、タックルが得意なFBとしてプレー

Photo Gallery6

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事