欧米人は戻ってきたが…東南アジアで日本人観光客激減の特殊背景


「あれほど大挙して訪れていた日本人観光客が姿を消した」
日本人に人気の東南アジアの観光地では、いま、こう囁かれている。国際的に新型コロナウイルス対策の緩和が進み、旅行もコロナ前の状況に徐々に戻りつつある中、日本人だけが乗り遅れているというのだ。5月上旬のタイとベトナムへと渡航したジャーナリストが、現地の今をレポートする。
「白人はボチボチ戻ってきているけど、コロナ前の6割くらいの客足かな。日本人はサッパリだよ」
ベトナム最大の商業都市ホー・チ・ミンで歓楽街として有名なブイビエン通りを5月上旬に訪れた際、20代のクラブバー店員はこうボヤいた。
ブイビエン通りは「パーティーストリート」と呼ばれ、クラブやバーなどがぎっしりと並ぶ。ベトナムのよりディープな観光スポットに旅立つバックパッカーの骨休めの場所としても知られるが、とにかく夜通し爆音が鳴り響く。通りの中にあるホテルに泊まれば音で建物が揺れると感じられるほどで、静寂とはおよそ程遠い。
試しに先の20代店員がいるクラブバーに入ってみた。200人は優に入ろうかという店だが、平日夜の21時という早めの時間帯ということもあり、常連客と白人観光客が半数ほどの席を埋めていた。ダンサーの踊りを見ながら現地のビール「サイゴン」を喉に流し込んでいると、徐々に客が増えてきたが、日本人の姿はまったく見えない。フルーツを頼む客、ダンサーにチップを弾む客と様々だが、店内でマスクをしている人はほぼいなかった。
ベトナム政府が3月に観光を全面再開してから観光客の足取りは戻ってきており、週末になると通りが人で埋め尽くされるという。実際、22時以降になると、どんどん人が増えてきて通りを歩くのにも苦労するようになった。タバコなどの物売りはもちろん、松明につけた火を飲みこんで消す大道芸人が現れるなどカオスな状態となっていった。
通りを歩いていると、いきなり腕を引っ張られた。
「アナタ、アナタ、マッサージいかが?」
20代前半の女性2人にカタコトの日本語でこう呼び止められ、話を聞いてみると、性的行為をともなうマッサージを1万円ほどでやってくれるとのこと。
「日本人の『シャチョー』、いっぱい来て、いいお客さんだったのに全然いない」
拙い英語を交えながら、コロナ禍で商売上がったりな現状を説明してくれた。丁重に断り先に進むと、日本で言うガールズバーのような店の客引きにも声をかけられたが、同じような状況だという。
ブイビエン通りは主に欧米人の遊び場として有名だが、日本人街として知られるレタントン通りはどうなっているのだろう。
後日訪れると、ほとんど客がいないのに驚いた。駐在員と思しきスーツを着た中年の日本人男性が、接待で日本食レストランに入っていく姿がちらほらと見られる程度だ。現地女性ホステスが接待するカラオケバーや、ブイビエン通りであったようなマッサージ屋は数が多いが閑散としている。
ベトナムの女性用伝統衣装のアオザイを着た呼び込みの若い女性から「日本人、どこ行ったの?」と真顔で聞かれて答えるのに困った。
現地の飲食店の店長は
「現地で女遊びをしてコロナに感染したらシャレにならないから、駐在員にはそういう店に行くなと本社から厳命が来ているようだ。仮に家庭にコロナを持ち帰りでもしたら家庭崩壊の危機だから」
と事情を説明してくれた。
ベトナムは近年外国人客の誘致に力を入れている。コロナ禍前の’19年には過去最高の1800万人が訪れており、そのうち日本人は約95万人だった。しかし、ボリュームゾーンの中国と日本などからの観光客の激減で、’22年は500〜600万人程度となる見通しだ。
日本人観光客がいないのはベトナムだけではない。日本人に大人気のタイのバンコクからも、日本人が消えた。
バンコクのタニヤ通りは日本人街として有名だが、コロナ禍で客足が遠のき、有名なカラオケ店も閉店した。5月に撮影した写真でも見事に閑古鳥が鳴いているのがお分かりいただけるだろう。地元の人によると、今年から徐々に営業再開する店が増えたものの、勤務する女性が田舎に帰ってしまいスタッフが不足するなどタニヤ通りの経営状態は厳しいままだという。
「そもそもタイの渡航規制で日本人がビジネスであれ観光であれ、来訪しにくかったこともあるが、’21年に日本の駐タイ大使がバンコク市内のナイトクラブに私的に通い感染したとの報道が出て、現地の日本人駐在員の社会の中でも自粛ムードが極めて強まった」(現地の飲食店関係者)
一方、地元ではファランと呼ばれる欧米人が集まるバッポン通りでは、コロナ禍前には及ばないものの、観光客の賑わいを少しずつ取り戻しつつある。バーの酔客やゴーゴーバーに訪れる男性もちらほら見られる。ほとんどゼロに近い日本人観光客と比べれば、差は大きい。
日本人がなぜ東南アジアへの観光に二の足を踏むのだろうか。理由の一つは高額な検査費用だ。日本から東南アジアに渡航する際にはPCR検査による陰性証明書が必要だが、日本で一般的な唾液検査とは違い、鼻の奥の体液を綿棒でとる方式の検査が必要となり、安くて2万円、特急料金を支払うなどすると4万円程度に上る。これに加え、感染防止アプリをスマホにインストールして手続きする必要などがあり、その煩雑さが特にサポートのない個人旅行者の足枷になっている。
日本人が再び東南アジアを安心して観光できる日はいつ訪れるのだろうか。


取材・文・写真/戎岡雄二(フリージャーナリスト)
取材・文・写真:戎岡雄二