AV監督さもありが熱弁「Youtuber動画よりエロ動画だ!」 | FRIDAYデジタル

AV監督さもありが熱弁「Youtuber動画よりエロ動画だ!」

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AV監督、さもあり。ファッションカメラマンやハプニングバー店員などを経験し、28歳でAV監督デビュー。乳首モノのジャンルを軸にバリエーション豊かな作品を生み出す

「AVってこんなに簡単な映像で稼げるんだから、若い子はユーチューバーじゃなくてAV監督になった方がいいと思うね」

そう語るのはAV監督のさもあり(36)。平均年齢が40歳を超える業界で、異例の若さで有名となった、今最も勢いのある若手AV監督だ。

男性の乳首を女性が責める「乳首モノ」というジャンルを軸に様々な作品を生み出し、“M男”の心を持つ視聴者からは『臨場感がエグい』『生々しくて最高』と絶大な支持を得ている。

フリーランスのAV監督として、SNSを中心に撮影の裏側などを公開し、様々な年齢層に支持される今、最注目の”エロクリエイター”だ。

作品の細部に異常なまでのこだわりを持ち、制作に打ち込む。そんな彼の原点は学生時代の体験にあるという。

「僕は高校時代に服飾の学校に通っていました。クラスメイトは僕以外全員女子でしたね。普通だったら『ハーレムで最高じゃん!』ってなると思うんですけど、僕の場合、ある日突然クラスの女子たちに『あんたのことは友達としてみることにしたわ』って言われて、その日を境に男扱いされなくなりました。体育の時もみんな普通に目の前で着替えてましたし、便利な荷物持ちくらいにしか思われてなかったんです(笑)」

服飾の専門学校を出たものの、彼が進んだのは服飾の道ではなかった。

「社会人になりフランスでファッションカメラマンになりました。仕事場ではヌードも撮っていて、次第に“エロ”というテーマの奥深さに気付きました。でも、じゃあ、ヌードの写真を撮ろう!とはならなかった。中国のレン・ハンっていうヌードカメラマンを見て、これ以上かっこよくはなれないと感じました。中国って“性”がタブーとされているのにそれでもヌードを撮る彼に自分は勝てないと思ったんです」

カメラマンとして自分がやりたかったテーマを失ったさもあり。それから日本に帰国し、極めたものはカメラマンとしての腕ではなかった。

「フランスにも飽きたので、日本に帰国しカメラマンをやりながらハプニングバーで働いて、他に”エロ“にかかわる仕事で出来ることはないか探しましたね。ただ、それだけじゃ食えないんで、付き合っていた彼女に養ってもらっていました(笑)。26歳の僕は、毎日彼女との会話をボイスレコーダーに録音して、何をいったら喜ぶのか、何を言ったら怒るのかなど日々研究をしていました。それから3年間は“プロのヒモ”として彼女に養ってもらっていたんです……」

AV監督としてデビュー

その後、28歳の時にAVのメーカーに就職。しかし、初めは作品が全く売れなかった。

「AV監督になる方法としては、メーカーに所属するか、フリーになるか、もしくは自分で会社を立ち上げるかの3通りがあって、僕はメーカーに所属しました。会社に属した方が環境は整っているし、定期的に作品を作れるので。駆け出しの頃はそういう働き方をする若手がほとんどです。最初は、陵辱モノを作って欲しいという依頼に応えて撮っていましたが、全く売れなくて。会社の社長から『才能がないからやめた方がいいよ』とさえ言われました」

映画監督などとは違い、芸術的な賞や評価などはなく、作品の売上のみで評価されるシンプルな業界だという。さもありは、この発言により危機感が芽生え、自分の性癖である”M男”がテーマの作品を撮り始めた。それから売り上げが右肩上がりになったと言う。

「勢いに乗ってライトな層が選びやすいジャンルの乳首モノで“さもありブランド”を確立するために作戦を練り始めました。まずSNSを駆使することだと思い、始めたのが自分のツイッターアカウント以外に裏垢を20個作ることです。その20個の裏垢で『さもありの乳首モノって最高』とか『さもありの乳首モノしか勝たん』とか僕の作品を持ち上げるツイートしまくりました。

後は僕の裏垢のツイートを見た人が僕の作品を見て拡散してくれるので簡単です。気づいたら3万人以上のフォロワーがいました、、、いや〜、ヒモの時に培ったマメさが活きましたね」

自分が撮りたいものだけを撮りたいと考え、所属していた会社を辞め、フリーのAV監督となる道を選んだ。そこでもまた策を練る。

「フリーになったのはいいものの、やっぱり自分が好きなことだけをやるためにはお金が必要で。そこでお金を生み出すために自分は何をすればいいか考えた結果、やはりSNSを活かすことでした。そしたら僕の作品名をもじった風俗店をたまたまTwitterで見つけて。しかもその風俗が業界内でもかなり大手の風俗グループだったんです。これはチャンスだと思い、その風俗グループの社長にコラボしたいとDMを送りました。そこで風俗嬢の子たちにSNSの使い方をレクチャーしたりして、自由に作品を作れるだけのお金を稼ぎましたね」

フリーランスになり人気作を世に送り出すさもあり。作品を作る上で撮影現場でのこだわりや現場の雰囲気で撮影しているのか聞いてみた。

「撮影現場は女子校の文化祭みたいな明るい雰囲気を目指してやっています。女優さんが楽しそうにしているのが一番なんですよ。とにかく女の子のテンションをあげることを大事にしています。例えば、衣装も女の子に人気の『Supureme』や『DIESEL』、『sacai』などの洋服を楽屋一杯に用意して、好きに選んでもらってます。年間120本ほど作品を撮るので衣装代がかなりかかって大変ですけどね(笑)。

撮影チームにはネイリストもスタイリストもいて、最高にかわいい状態になれるよう準備しています。AVなんて洋服をすぐ脱ぐんだから関係ないでしょ、とか言う人もいますが、その考え方は違う。僕の作品は女優に脱がせないです。それって男の願望だし、女優さんが脱ぎたいタイミングで脱いでもらっています」

年間120本以上の作品を生み出し、自らもSNSで発信を続けるさもありのフォロワーは、AV監督では異例の8.2万人を誇る。しかし、まだまだ彼には野望があるという。

「2つあって、1つは海外でメーカーを作ること。海外進出したAV監督って聞いたことがないので、パイオニアになりたいです。2つ目はもっと若い人たちがAV監督を志してくれたら嬉しいですね。AVって映像媒体の中では作るのが簡単なほうだし、自分のやりたいことをそのまま映像化することができる。給料面でも、僕はメーカーからフリーになった翌月から月収が30倍になりましたし、夢がありますよ。こんなに自由で稼げるものって僕が知る限りないので、若い人たちがこの世界に来てくれたら嬉しいです」

令和のエロ師として永遠不滅のエロ魂を胸に、さもあり監督はAVを撮り続ける。

  • 写真小松寛之取材・文町田ヒモ太郎

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