激白!「Wink」鈴木早智子が都内で介護士デビューした理由 | FRIDAYデジタル

激白!「Wink」鈴木早智子が都内で介護士デビューした理由

スペシャルインタビュー 小5で「カラオケ5時間」/お客さん5人から始まった快進撃/失踪事件の真相/相田翔子との約束/ひっそり介護士デビュー

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昨年夏、働きながら介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級に相当)を取得。認知症の老人をも笑顔にする歌の力を、再確認したという

「デビューしてしばらくは、まったく人気がなくて。デパートの屋上やスーパーの脇で、お買い物袋を下げた主婦の方が横目でチラチラ見ながら通り過ぎていくなか、みかん箱の上で歌ったこともありました。忘れもしないのが、新潟のイベントでお客さんが5人! それでも緊張してしまう二人でした(笑)。

それが、3枚目のシングル『愛が止まらない』が『ザ・ベストテン』(TBS系)の”今週のスポットライト”で紹介されて一変。前の週までスカスカだったキャンペーン会場がパンパン(笑)。人が多すぎて、イベントが中止になったこともありました。私と翔子は自分たちの置かれた状況がよく理解できなくて、『なんだろうね』『怖いね』って笑っていました」

’80年代後半から’90年代にかけてトップアイドルとして一世を風靡(ふうび)したWinkのさっちんこと鈴木早智子(53)は、デビュー当時をそう懐かしむ。相方の相田翔子(52)との女性デュオとして、’88年にシングル『Sugar Baby Love』でデビュー。『愛が止まらない』の大ヒットを受け、翌’89年には『淋しい熱帯魚』で日本レコード大賞に輝くなど、ヒットチャートを席巻。社会現象となった。

「(『淋しい熱帯魚』の)サビの歌詞、『Heart on wave〜』に合わせて両腕を上下にパッと開く振り付けがウケたみたいで。いま振り返ればうれしいことですが、当時は大魔神とか言われてステージ以外では『あれやって〜』と頼まれても『恥ずかしくてできない!』って(笑)。”愛止ま”がヒットしたことで、環境はガラッと変わりました。

電車移動だったのが送迎車が用意され、基本、プライベートはゼロになりました。家の前にはファンが張り込んでいて、出掛けるのも怖くて。それまでの『当たり前』が当たり前じゃなくなってしまった。Winkが世の中に出たことで、私の青春は失われ、”鈴木早智子”という人間は、しばらく消えることになりました」

小学2年生のときにピンク・レディーの『ペッパー警部』を聞いたのが、歌手としての原点だ。とにかく歌うのが好きで、ランドセルを背負ったまま、自分で作詞したオリジナルソング『赤い風船』などを口ずさみながら下校した。小学5年生になると、お年玉で8トラック(’60年代に発売された、カセットテープより一回り大きいオーディオテープ)のカラオケセットを揃えた。

「″8トラ”と言っても、若い方はわからないかもしれないですが、少し重くて大きい白いテープを、デッキにガチャッと入れてね(笑)。赤や白、ゴールドのマイクから、マイクを立てるスタンドまでぜんぶ揃えました。8トラのテープは一本4曲入りで1500円。子供にとっては決して安くない買い物でしたが、お小遣いを貯めて少しずつ買い足して。

当時、カラオケは高齢者のものというイメージが強く、8トラには私が歌いたいポップスなんてほとんどなくて演歌ばかり。それでも、八神純子さんの『Mr.ブルー〜私の地球〜』とか、さだまさしさんの『防人(さきもり)の詩(うた)』なんかを歌っていましたね」

恥ずかしさもあって、学校ではカラオケ好きは封印。将来の夢は「保母さん」と語った。親友を自宅に招いてカラオケ大会に興じるのが楽しみで、午前中で授業が終わる土曜日などは、部屋を簡易ステージに見立て、5時間も6時間も歌いっ放しだったという。

「しかも歌うのは私一人。親友は〝審査員〟として歌詞を見ながら私の歌を聴き、悪かったところを赤ペンでチェックしてくれました(笑)。Winkでコンサートをするようになっても、ステージ終わりにはカラオケに行っていましたね。カラオケは″別腹”なんです」

デビューのキッカケは意外や、グラビア誌のオーディションだった。グランプリに輝いたさっちんは18歳で芸能界の扉を叩き、19歳でWinkを結成。念願の歌手デビューを果たした。8年の活動を経て、Winkは’96年に突然、活動停止を発表。以降はデビュー10周年、20周年、30周年の区切りに単発ではあるが、″一夜限りの復活”を遂げてきた。

「Winkは私にとって、いまもかけがえのない大切なもの。だからこそ突然の活動停止で、ファンの方とそれっきりになってしまっていたことにずっと後悔がありました。’18年の30周年の際にはちょっとしたイベントもできたりして、来てくれたファンに改めて感謝を伝えられたことはよかったなって思います。10周年、20周年ときて、30周年のときは『さすがに次の10年後は厳しいかな?』って翔子と笑っていました。でも、時代は変わりましたよね。YouTubeとか、いろんな見せ方がある。私と翔子さえ繋がっていれば、おばあちゃんになっても、何か楽しいことができるんじゃないかなって思っています」

女性デュオの宿命か、活動初期から不仲説が報道されたこともあったが、二人はいまも連絡を取り合っている。

「ケンカもしたし、言い合いもしましたけど、それが人間じゃないですか。Wink結成から30年が過ぎましたけど、人見知りで、似た者同士と感じた最初の印象は変わりません。忙しくて最近は頻繁に連絡することはないですが、毎年お互いに1日違いの2月の誕生日とデビュー記念日の4月27日には、LINEでメッセージを送り合うことにしています。

30周年のイベントのときは叙々苑で打ち上げをして、『よかったねー』と二人でマッタリしたんですけど、これで最後って感覚はなかったですね。いつもと同じ。『またね』って別れました」

Winkの活動停止後はソロで芸能活動を続けてきたが、コロナ禍において環境や心境の変化があった。「今年2月までの約1年間、都内の介護施設で働きながら介護初任資格(介護職員初任者研修)を取得しました」とさっちんは言う。

「50代に入ったこと、コロナ禍で時間ができたことで背中を押されました。ツテも何もなくて、履歴書を書くのも面接も初めて。すべてが未知の世界で、なかなか勇気が出ずにいましたが、葛藤の末、一歩踏み出しました。職員の皆さんもあたたかく受け入れてくれて、挑戦の日々がスタート。『鈴木さん』として接していただけたことを、とても感謝しています。勤務最後の日に皆様からハンドクリームをプレゼントしていただき、とても感動しました。

よく一緒にふざけ合っていた″年下の先輩”には『最後まで(Winkのさっちんだと)言ってくれなかったね(笑)。最初から知ってたよ』って言われて苦笑い。飽き性で歌以外のことは何一つ続かなかった私が1年も続いたのは本当に奇跡。過酷で大変な現場でしたが、人の縁に触れながら、『当たり前』の大切さを学べた気がします」

昔から「イヤになるとふっと消えたくなる」性格で、高校も中退しているさっちん。Winkの絶頂期、殺人的なスケジュールをこなすなか、気持ちがついていかずに″失踪”したこともあった。

「いまのアイドルは長く活躍されている方もいますが、当時はバーンッと花火のように売れて、3年くらいで消えていくみたいなところがあった。いくらチヤホヤされても私自身は意外と冷静でした。だって、1位になったらもうその上はない。あとは落ちるだけですから。失踪は一人でしたことも、翔子と二人で消えたこともあります。もう時効だと思いますが、生放送直前のテレビ局から二人で逃げ出したこともありました。当時は煮詰まってしまって、逃げ出すしかなかった。

タクシーを呼んで自宅にお金を取りに帰り、食料を買い込み、持ち歩けるハンディーカラオケを持って群馬の伊香保温泉まで行きました。次の日には現場に戻ったので、1泊だけ。残念だったのは、そのとき大事なハンディーカラオケをタクシーのなかに忘れたこと。結局みつからないままで。タクシーの運転手さん、気づかなかったのかな(笑)」

無表情でのパフォーマンスで「笑わないアイドル」と呼ばれたさっちんは、実に楽しそうに笑うのだった。五十路を越えてなお、「まだまだやりたいことはたくさんある」とエネルギッシュに言う。

「人生一度きりなんてありふれた言葉ですけど、この歳になるとズシンってくるんです。そう思うと、いまはできることを目一杯やりたいな。結果はどうであれ、それで楽しんでくれる人がいれば最高ですしね。私は器用じゃないですが、歌だけは本当に大好き。だから、いつか老人ホームをまわって歌で慰問したいという夢があり、60歳になったら赤いキラキラのスパンコールドレスを着て、ディナーショーなんかもできたらいいなって考えているんです(笑)」

あの熱狂が、時と場所を変えて戻ってこようとしている。

デビュー後はキャンペーン等で東北、名古屋、大阪と全国行脚。「売れてないのに、忙しかった」(さっちん)
『淋しい熱帯魚』でレコード大賞受賞。NHK紅白歌合戦では憧れの『ピンク・レディー』がWinkの紹介を担当して大感激した
『あなたにWink』(’89〜’91年)の収録の合間にパチリ。二人にとって初の冠ラジオ番組ながら、全国ネットで放送された
本誌未掲載カット 鈴木早智子が語った”Wink”と”さっちん”のすべて
本誌未掲載カット 鈴木早智子が語った”Wink”と”さっちん”のすべて
本誌未掲載カット 鈴木早智子が語った”Wink”と”さっちん”のすべて

『FRIDAY』2022年6月10日号より

  • 取材・文栗原正夫撮影村上庄吾

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