観月ありさの名曲に隠された小室哲哉の「狂気的知性」 | FRIDAYデジタル

観月ありさの名曲に隠された小室哲哉の「狂気的知性」

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ちょうど30年前のヒット曲をたどる連載です。今回は1992年5月発売の観月ありさ『TOO SHY SHY BOY!』。歌手・観月ありさの代表曲と言えるでしょう。売上枚数36.3万枚(オリコン)。

1993年、ベストジーニスト賞を受賞したときの観月ありさ(産経ビジュアル)
1993年、ベストジーニスト賞を受賞したときの観月ありさ(産経ビジュアル)

そのちょうど1年前、91年5月に発売されたデビュー曲『伝説の少女』(作詞・作曲:尾崎亜美)が、かなりの話題になったのを憶えています。いかにもこれから「伝説の少女」になりそうな観月ありさが、予想以上に安定的な歌唱力で歌いきったのですが、それでも売上枚数は22.7万枚だったので、『TOO SHY SHY BOY!』には、何かが上乗せされています。

歌唱力について補足すれば、当時の観月ありさは音楽活動を中心に置きたかったようです。91年12月号『明星』(集英社)で、「いいの、いいの。どーせ私には歌しかありませんよ。そのまっすぐ続いてるらしい道を歩いて行ってやろうじゃないの!」と発言しています。

では『TOO SHY SHY BOY!』に上乗せされた新しい何かとは?――はい、言うまでもありません。それは小室哲哉という新しい才能です。

「TK」(小室哲哉)の前に「M」の話をしておきます。異常に懐かしい話ですが、観月ありさは当時、宮沢りえ、牧瀬里穂とともに、名字の頭文字を取って「3M」と(半ば乱暴に)くくられていました。

いわゆる「小室系」が話題になる直前、「小室圭」が話題になるかなり前、小室哲哉はこの「3M」全員に曲を提供します。特に、宮沢りえに提供した『ドリームラッシュ』(89年9月)は『TOO SHY SHY BOY!』と同程度、34.1万枚も売れましたので、記憶している人も多いことでしょう。

ここで、その『ドリームラッシュ』と『TOO SHY SHY BOY!』を聴き比べると、印象にかなりの差があることが分かります。一言で言えば『TOO SHY SHY BOY!』の方がダンスフロアにふさわしいという感じ。

え? 当時の「ダンスフロア」って? こちらも言うまでもありません、カラオケボックスです。『ドリームラッシュ』の頃には普及していなかったカラオケボックスが、雨後のタケノコのように繁殖した時代。ボックスの中で踊りながら歌うのに『TOO SHY SHY BOY!』はぴったりとハマる。

この『ドリームラッシュ』→『TOO SHY SHY BOY!』の後に、もう1曲置くと、流れはさらにハッキリします。翌93年6月発売、『TOO SHY SHY BOY!』の倍以上=78.4万枚の大ヒット=trf『EZ DO DANCE』。

当時色々と言われがちだった「小室系」ですが、今あらためて『EZ DO DANCE』を聴くと、その完成度に驚きます。『TOO SHY SHY BOY!』を聴いて思い浮かぶのは、当時のボックスの中で女の子たちが普通に踊っているシーン。それが『EZ DO DANCE』だと、女の子たちがボックスのソファの上で飛び跳ねているシーンになるのです。

カラオケボックスの中で、音楽界を席巻するというドリームに向かって、SHYな女の子をEZ DO DANCEに――ちょうど30年前、小室哲哉大成功への道筋が見えてきた頃です。

音楽人としての小室哲哉の本質を示す自著『罪と音楽』

さて、09年刊行の小室哲哉『罪と音楽』(幻冬舎)は、私の愛読書です。

「なぜ事件は起こったのか? 絶頂からの迷走、転落、そして――」と帯にあるように、同年に詐欺罪で有罪判決を言い渡されるまでのドキュメンタリー本なのですが、そこにあまり興味のない私は、音楽家・小室哲哉の本質に迫る本として、何度も読んでいます。

まず驚くのは、彼の知性、言い換えると冷静な状況認識力です。「Jポップが幼児性を強めてしまった原因の一端は、僕にあるのだから」や、「しかし、地デジが当たり前になり、ワン・クリックで欲しい情報にアクセスできる生活に慣れてしまったとき、15秒ですら耐えられない長さに感じてしまうようになるだろう」というコメントの鋭さたるや。

しかし、さらに驚くのは、物事すべてを音楽的に解釈すること。帯には「僕から音楽をとったら、何も残らなかった」とありますが、そこに嘘偽りのないことが分かるのです。

もっとも驚いたのはこのコメント――「『チ』(註:大木こだまひびきの06年発売のシングル)制作のため、ネタ合わせの様子を録音させてもらった。その音源をスタジオに持ち帰り、聞き直してみると、BPM=78を常にキープしている。こだまさん(ガラガラ声でチッチキチーと言う方)は、完璧にラッパーだと確信した瞬間だ」。

また「歌手ではないけれど、討論番組でお見かけした姜尚中さんの声も、素晴らしい倍音構成だった。しかも常に一定の音程感を持ち、一定のテンポ感でお話しになるから、あまりの心地よさに眠くなってしまう」には、一種の狂気すら感じます。

小室哲哉の狂気的知性が生んだ波乱万丈。狂気と知性が相乗効果を持った瞬間、「小室系」が大ブレイクして、狂気を知性が上回った瞬間、「絶頂からの迷走、転落」に向かい始めたのではないでしょうか。

対して、観月ありさは、ギネス記録となるほどの連ドラ(連続ドラマ)主演を続けて・続けて、歌手ではなく女優として、おそろしく安定的に生き延びていきました。

波乱万丈と安定の邂逅――昨年末放映、観月ありさの「30年連続となる連ドラ主演作」となるテレビ朝日『奪い愛、高校教師』の主題歌は、小室哲哉が約30年ぶりに新たなアレンジを加えた『TOO SHY SHY BOY!(TK SONG MAFIA MIX)』でした。

  • スージー鈴木

    音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『恋するラジオ』(ブックマン社)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。新著に『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、6月17日『桑田佳祐論』(新潮新書)が発売される。

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