懲役20年を終えた“国際テロリスト”重信房子の「出所狂騒曲」 | FRIDAYデジタル

懲役20年を終えた“国際テロリスト”重信房子の「出所狂騒曲」

東日本成人矯正医療センター前には多くの支援者や報道陣、街宣車が集まり…… 大手メディアの「持ち上げ報道」には賛否の声も

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出所後、報道陣に取り囲まれる重信氏。10分弱にわたって報道陣の取材に応じ、謝罪の言葉を述べたあと頭を下げた

「私は出所当日の5月28日の夜に彼女と会いました。私が『やっと生きて帰ってきたね』と話しかけると、彼女は明るく『当たり前じゃん!』と言いました。『生きて帰ってくるのをテーマにしていたよ』とも話していましたね」(元日本赤軍メンバーで、映画監督の足立正生氏)

5月28日、日本赤軍の元最高幹部である重信房子(76)が出所した。重信氏は’74年にオランダのフランス大使館を占拠した『ハーグ事件』に関与したとして、2000年に潜伏先の大阪で逮捕された。殺人未遂などの罪で懲役20年の判決を受け、服役していたのである。

収容されていた東日本成人矯正医療センター前には多くの報道陣が集まった。他にも「WE♡FUSAKO」という横断幕を掲げた重信氏の支援者たち、さらに周囲では街宣車が抗議活動を行うなど、「出所狂騒曲」が繰り広げられた。

「重信氏は出所後、近くの公園で10分ほど取材に応じました。過去の事件について『自分たちの戦闘を第一にしたことで、無辜(むこ)の人たちに被害を与えた』と謝罪の言葉を口にしました」(全国紙記者)

重信氏は20年の服役生活の間、4回のがん手術を受けている。体力はかなり落ちており、「出所当日も倒れ、後日病院で点滴を受けた」(前出・足立氏)という。出所後、重信氏はどう生きていくのか。代理人である大谷恭子弁護士が話す。

「当分、治療に専念してもらいたいと思っています。3月にポリープが見つかったのですが、出所直前だったため、出所後に手術をしたほうがいいということになりました。本人が娘さんと水入らずの生活を求めているので、今後は娘さんを中心にサポートしていくことになると思います」

一方で懸念点もある。ダッカ事件など、日本赤軍が起こした多くの事件から半世紀近くが経ったとはいえ、いまだに7名のメンバーが逃亡を続けている。

「今回の出所の際も、一部のメディアが彼女について『巧みな人心掌握術で組織を拡大していった』と紹介するなど、『持ち上げ報道』を行っていました。捜査当局の幹部はイスラム国が勢力を拡大したときのように、触発される若者が出てこないか警戒しています」(前出・記者)

元公安調査庁調査第二部長の菅沼光弘氏が話す。

「彼女たちが取り組んだのは、中東の最大の課題であるパレスチナ問題についてでした。いまの日本の若者のなかにパレスチナのために戦おうという人がいるか、疑問を感じます。影響力はないと考えていいのではないでしょうか」

政治の季節から半世紀が経ち、彼女も日本も大きく変わったということか。

囲み取材に応じる重信氏と、彼女の娘でジャーナリストの重信メイ氏。後ろは支援者たちが用意した横断幕

『FRIDAY』2022年6月17日号より

  • PHOTO蓮尾真司

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