サル痘感染拡大中!海外旅行の再開前に受けるべき「ワクチン」
グローバル化時代に欠かせない「感染症」対策
入国制限緩和で外国人観光客の受け入れも始まり、日本人の海外旅行が再開する日も近い。人の動きがグローバル化した社会での「感染症」の恐ろしさを世界中が痛感した、今回の新型コロナウイルスによる感染症の拡大。本格的に海外旅行が解禁になる前に、注意すべき感染症とワクチン接種の重要性を専門家に聞いた。
その中でも特に気になるのが、連日報道されている「サル痘」の流行だ。サル痘は天然痘に似た感染症で、以前からあったが、これまでは西アフリカや中央アフリカでの発生に留まっていた。しかし今年5月に入ってから、欧米などでも感染が次々確認され、渡航歴がないサル痘患者も見つかっている。
サル痘は、発熱、頭痛、リンパ節腫脹、筋肉痛といった症状が1
欧米で急激に流行が広がる「サル痘」。ワクチンは? 45歳以下は要注意?
実は、サル痘にもワクチンが存在する。内科医で海外事情にも精通する、医療ガバナンス研究所の山本佳奈医師は「CDC(アメリカ疾病対策予防センター)では現在、バイオテロの懸念から製造・備蓄されている『天然痘ワクチン』がサル痘予防にも少なくとも85%有効であることが過去のデータで示唆されています。もしサル痘ウイルスと接触後でも、できる限り早く打てば効果はゼロではない」と語る。
日本では、46歳以上は「種痘」(天然痘の予防接種)が行われていた世代だ。そのため、サル痘にかかりにくく、8割が抗体をすでに持っているとのデータもあるという。
「2004年の国内調査では、種痘中止後の世代(現在45歳以下)には天然痘やその仲間に対する抗体がまったくありませんでした。一方で、種痘世代では調査時点で8割の人に抗体がありました。特に、世代別の平均抗体価で見た場合、現在73歳以上の人たちは強い免疫を保持していました。子どもは海外ではサル痘死亡例もあり、いずれにしても若い世代のほうがリスクは高いとみられます」
日本人の海外旅行が本格的に再開すると、必然的に海外との行き来が多くなる。新型コロナの流行を見てもわかる通り、大都市でサル痘の感染者が発生した場合、濃厚接触者の割り出しは非常に難しい。山本医師は「濃厚接触があった場合は『4日以内、14日以内』を目安にし、『45歳以下』を優先するといった指針の策定など、いざというときのために準備も必要ではないか」と提言する。
なお、サル痘予防にも有効であるという天然痘のワクチンは、テロ対策の観点から国家備蓄されているが、サル痘の予防に使用することが薬事承認されていないため、現在、日本で接種することはできない。
感染症、ワクチン接種に無頓着すぎた日本人
新型コロナの流行で改めて認識させられた予防接種(ワクチン)の重要性。今まで、ワクチンといえばインフルエンザや風しんなどは以前からある程度知られているものの、海外渡航用となると知名度は高くない。厚生労働省は、海外渡航において受けるべきワクチンとして、破傷風、A型肝炎、狂犬病、ポリオ、黄熱などを挙げている。
短期の海外旅行でも、渡航先で流行する感染症やワクチンなどの情報収集は、実は旅行の計画段階でしなければならない。それらの情報は、厚生労働省検疫所「FORTH」、また、アメリカ疾病対策予防センター(CDC)などのウェブサイトで確認することができる。
山本医師は「日本人はワクチンに対して抵抗がある人が多いようですが、渡航先での感染リスクを考えると受けるべきです」といい、「渡航先の流行状況をまず調べ、どんなリスクがあるのかも知っておいたほうが良いです。接種が必要なワクチンがあれば早めに接種を」と助言する。アフリカや南米で黄熱のワクチン接種が入国時に義務付けられているのは有名だが、日本から気軽に行きやすい東南アジアなどでも野犬などが街なかでも多く徘徊し、狂犬病や破傷風といったリスクがある。
しかも、ワクチン接種後から免疫ができるまで数週間程度かかるのが一般的だ。間隔を空けて数回打たなければいけないワクチンもあり、渡航が決まったらすぐにワクチン接種を考えないと間に合わない場合も考えられる。
加えて、「自分が過去に接種したことがあるワクチンがなにか、いつ接種したかも改めて『記録』を調べて把握する、管理することも大事です」とのこと。幼少時に接種したワクチンが、渡航先で生涯有効な場合もあるという。近く海外渡航の予定がある人は、すぐにでも過去の接種記録を調べたほうがいいだろう。
実はこんなに怖い感染症。発症後、ほぼ100%死亡することも
海外旅行における感染症や予防接種などの情報は、厚生労働省検疫所「FORTH」に詳しい。
例えば、入国時に予防接種完了が義務付けられているのは、アフリカや南米の熱帯地域。「黄熱」の予防接種証明書の提示が必要で、短期の観光客も対象だ。黄熱は蚊によって媒介されるウイルス性感染症で通常の致死量は数%程度だが、免疫がなかったり流行したりすると60%以上にも達するという。接種10日後から生涯有効。飛行機の乗継時にも予防接種証明書が必要な場合も。日本で蚊に刺されて重症化することはまれだが、海外、特にアフリカや南米などは「死に至ることもある」と重々気を付けなければいけない。
その他、狂犬病、麻しん、風しん、水痘、インフルエンザ、破傷風は「渡航先にかかわらず、必要な方には予防接種をお勧めしています」と、FORTHに載っている。狂犬病を例に挙げると、発病するとほぼ100%の確率で死亡するという。日本で狂犬病が発生した事例はないものの、海外ですべての動物から感染する可能性があり、ワクチンは暴露前接種が3回、暴露後接種が6回と回数も多い。渡航先の動物園で、というケースも皆無ではないので、ぜひ情報として知っておきたい。
コロナ禍で海外旅行できなかった期間に身体の免疫も低下!?
海外で流行する感染症は、現地での衛生環境が関係することも多い。日本は世界でトップクラスの高い衛生環境を誇るが、海外においては決して良いとは言えない。山本医師は「コロナ禍を経て久々の海外渡航で、自分の免疫力や抵抗力が落ちていることを痛感しました。現地でのご自身の体調管理にはさらに気を付けてください」と忠告する。
例えば、「旅行者下痢症」は、旅行中もしくは帰国後、24時間あたり3回以上の下痢に加え、発熱や嘔吐などなんらかの随伴症状が見られると診断される病気の1つ。衛生状態が劣悪な環境でのウイルスや寄生虫が原因だったり、汚染された生水や魚介類、加熱調理不十分な料理を摂取したり、さらに、旅行による環境変化から来る不安・ストレス、疲労、食習慣の違いによる下痢などが原因となることも。これに感染症を併発するとさらに重症化の恐れもある。
新型コロナにサル痘、さらに他の感染症も日本で流行していなくても、海外では命に関わる感染症もある。海外旅行の再開を前に今一度、渡航先での感染症やワクチンについて調べておいて損はない。
山本佳奈(やまもと・かな) 1989年生まれ。滋賀県出身。医師。医学博士。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒業。2022年東京大学大学院医学系研究科修了。ナビタスクリニック(立川)内科医、よしのぶクリニック(鹿児島)非常勤医師、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)がある。
■アメリカ疾病対策予防センター(CDC)のHPはコチラ(英語)
■記事中の情報、データは2022年6月3日現在のものです。
- 取材・文・写真(特記以外):Aki Shikama / シカマアキ
ライター・カメラマン
大阪市生まれ。大学卒業後、読売新聞に入社。松山支局、大阪本社で幅広く取材・撮影を行い、その後フリーに。現在の主なジャンルは旅行、特に飛行機・空港など。国内・海外取材ともに豊富。ニコンカレッジ講師。共著で『女子ひとり海外旅行最強ナビ【最新版】』など。X/ Instagram :@akishikama