中谷潤人・WBO世界フライ級王者 日本人初「6階級制覇」への道 | FRIDAYデジタル

中谷潤人・WBO世界フライ級王者 日本人初「6階級制覇」への道

名トレーナーがGOサインを出した この微笑みに騙されるな! 村田vsゴロフキン戦セミファイナルでの圧巻KO防衛で世界を驚かせた「ネクストモンスター」

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敢えて相手の距離で闘ったという4月9日の防衛戦で、長いリーチを生かしたパンチをあらゆる角度から叩き込む。挑戦者・山内の顔は歪み、腫れあがった
敢えて相手の距離で闘ったという4月9日の防衛戦で、長いリーチを生かしたパンチをあらゆる角度から叩き込む。挑戦者・山内の顔は歪み、腫れあがった

「……実はまだ身長が伸びています。前回の試合前に計ったら1㎝伸びて、172㎝になっていました」

WBOフライ級チャンピオンの中谷潤人は屈託のない笑顔を見せた。一度(ひとたび)バンテージを外せば穏やかな24歳の青年は、大言壮語するタイプではない。が、一つ一つの言葉に自信が漲(みなぎ)っている。

中谷は4月9日に行われたWBA&IBF統一ミドル級タイトルマッチ、村田諒太(36)vsゲンナジー・ゴロフキン(40)戦のセミファイナルに出場し、8回2分20秒TKO勝ちで2度目の防衛に成功。日本で催された史上最大規模のボクシング興行で世界に実力をアピールした。

「あれだけの大舞台ですから、挑戦者の山内涼太選手(27)も気持ちが折れなかったですね」

試合開始から確実に試合をコントロールしていた中谷だが、5回、6回とややペースダウンした。中谷の実力なら、より早いラウンドで仕留めても良さそうだった。

「ペースは僕が握っていましたから、5ラウンドから相手の土俵である接近戦を仕掛けてみたのです。もちろん、山内選手のパンチを殺せるギリギリの距離で、です。相手の持っているものを出させたうえで、少しずつ気持ちもスタミナも削っていくというプランでした。相手が近付いてきても、離れたままでも、あるいは変則的な動きをしても、対応する自信はありました」

リング上ではいつもポーカーフェイスだが、タラップを上がるまでの花道では、笑みが漏れることもある。

「いつも『やることはやった』という状態で試合を迎えるので、リング上で緊張することはありません。練習の段階で、負ける可能性が無いところまで自分を追い込みますから。『僕の戦いぶりを楽しみに見てください』という気持ちから笑顔になっているのかもしれませんね。自分自身も楽しみたいと思っています」

中谷の目下の戦績は23戦全勝(18KO)だが、現状に満足することはない。

「僕は、パウンド・フォー・パウンド最強を目指していますから」

中谷はフライ級に留まるか、階級を上げるかで揺れる思いがある。陣営は「今のところ、フィフティー・フィフティーです。いい条件での試合が決まれば即、スーパーフライに転向する心づもりがあります」と話す。

そんなWBOフライ級王者は6月5日に渡米し、約1ヵ月間、ロスアンジェルスでトレーニングすることが決まった。

中学時代にU15ボクシング全国大会で優勝を飾った中谷は、卒業と同時に単身でアメリカに乗り込み、スーパーフェザーとライトの世界2階級を制した畑山隆則(46)らを指導した名トレーナー、ルディ・ヘルナンデスに教えを請うた。この2年弱に及んだアメリカ生活が中谷の土台を作った。

「プロボクサーとして成功したい。とにかく強くなりたい、と、それだけを考えていました。当初、両親は『高校くらいは行っておけ』と反対していましたが、最後は折れて、送り出してくれましたね。言葉もわからない環境で、たった一人で毎日、練習。寂しさも感じましたが、それ以上に『ルディに認めてもらえなければ先に繋がらない』という緊張感が物凄かった。ジムには強い選手がゴロゴロいて刺激になりましたし、どんな選手とスパーリングをやろうが、ここで道を作るんだ、という思いで必死でした。終わってみれば短い歳月でしたが、あの頃は一日が長かったです」

中谷はジムに足を踏み入れた瞬間から練習が終わるまで、一瞬も気を抜かない。同僚と雑談することも無く、着替えると丁寧にバンテージを巻き、修行僧のように己と向き合う。その集中力の高さは、現役の世界チャンピオンのなかでも指折りであろう。

ルディとの再会を目前に控えた今、中谷本人はスーパーフライ級への転向をプラスに捉えている。

「自分のスピードも生きるでしょうし、より安定してパンチを打てるようになると思います」

現在、スーパーフライ級でWBOのタイトルを保持しているのは、井岡一翔(かずと)(33)だ。まだコロナが収束しない昨今、日本人同士の世界タイトル戦が増えている。中谷と井岡の試合が実現すれば、日本のファンから熱い視線を浴びるのは間違いない。中谷が昨年9月に米アリゾナ州ツーソンで行われた防衛戦に4回TKOで勝利した姿を目にした元WBAライトフライ級王者、具志堅用高(66)は「両者が対戦したら、中谷が勝つだろう」と断言している。

中谷は目がいい。機敏なフットワークもある。ポジション取りも、パンチを放った後の動きにも無駄が無い。自分の距離を保ち、ジャブの鋭さも光る。さらにはストレート、フック、アッパーと左のパンチが多彩で、その軌道が読み難い。

中谷の師であるルディ・ヘルナンデスは、’62年10月27日生まれ。WBAとWBCでスーパーフェザー級王座に就いたジェナロの実兄で、弟のトレーナーとしてオスカー・デラホーヤ戦、フロイド・メイウェザー・ジュニア戦を含む、数々の世界タイトルマッチを経験している。彼の指導が、中谷の可能性を広げた。

「ルディとのトレーニングが、今の僕を創ったと常々感じます。細かいステップワークもディフェンスも、コンビネーションも、何から何までルディに教わりました。ゆくゆくは6階級を制覇したマニー・パッキャオ(43)のように、本格的にアメリカに進出して、あちらをベースに戦いたいですね」

中谷のリングにおける堂々とした立ち居振る舞いは、アメリカ仕込みだ。彼にはトレーナーの指示をこなすだけでなく、アドバイスを咀嚼(そしゃく)しながらトレーニングするボクシングIQも備わっている。

「本番で慌てないようにイメージトレーニングを取り入れています。例えば試合中に右目が塞がってしまった場合や、どちらかの拳を痛めてしまったことを想定した練習も組み込みます。スパーリングでも最悪の事態に置かれたことを考え、敢えてコーナーに詰められるシチュエーションを設けたりしますね。練習段階で後悔することだけは絶対に避けたいので」

中谷を受け入れるルディも言う。

「潤人の良さはハートだね。昔から、自分より強い選手とのスパーを組んでも、けっして怯(ひる)まずに向かっていった。ファイターってのは知識が増える度に成長するから、今回のキャンプでも大いに色々教えるつもりだ。個人的にはもうスーパーフライに上げた方がいいように思っている。そこで2~3戦こなしたら、更に階級を上げてバンタムでやらせたいね」

The sky is the limit(可能性は無限にある)。伸び盛りの中谷潤人は、どこまで大きくなるだろうか。

トレーニング中、私語は皆無。「練習が不安を打ち消す」という考え方は「モンスター」井上尚弥(29)と同じ
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ほぼノーダメージで2度目の王座防衛に成功。ディフェンス技術も高く、「最後にパンチを効かされたのは中学の頃」だという
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2度目の防衛を祝ってウーロン茶で乾杯。この柔和で礼儀正しい青年がリング上ではモンスターに変貌する
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『FRIDAY』2022年6月17日号より

  • 取材・文林 壮一

    ノンフィクション作家

  • 撮影山口裕朗

    フォトグラファー

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