5年半で盗難ゼロ!? 三鷹の無人古本屋「ブックロード」の不思議
東京・三鷹にある古本屋「ブックロード(BOOK ROAD)」。わずか2坪しかない店内には、店員の姿もレジもない。あるのは、棚に並べられた約450冊の本と、“ガチャガチャ”のみ。「無人?」「ガチャガチャ?」湧き上がる大量のクエスチョンマークを頭に抱え、オーナー中西さんに話を聞くため、無人の古本屋を目指して三鷹に向かった。
「ブックロード」は、三鷹駅から徒歩12分、三谷通り商店街にある。あまりにサラリとそこに存在していて、うっかり前を通り過ぎてしまったほどだ。
「看板も出していないので、分かりづらいですよね。周りにも『看板くらい出せば?』と言われるんですけど、そこまで告知する必要はないと思っています。たまたま見つけて、気になった人に入っていただけたら、それでいいかなと」(ブックロード オーナー中西さん)
「ブックロード」がオープンしたのは2013年春のこと。もともと本が好きだった中西さんは、自宅に1000冊ほどの本を所有していた。昔から、漠然とあったという「いつか本屋を開きたい」という思いを実現させたきっかけは? そして、「無人」というアイディアは一体どこから生まれてきたのだろうか。
「さすがに1000冊もあると、妻に『この本なんとかして!』なんて言われたりして。でも、古本屋に売ったり、捨てたりすることは考えつかなかったんですね。ただ、本屋をするにしても、新しいことがしたかった。なので、『オリジナリティを出すにはどうすれば?』と、ずっと考えていました。そんな中、ふと田舎で見かける野菜の無人販売を思い出したんです。僕は会社員をしているので、店に立つことはできない。だからといって人件費はかけたくない。『“決済”の部分さえどうにかできたら……』という問題点と結びついたんです」
「無人」にするメリットは、それだけではなかった。
「周りにいる本屋のオーナーから、『立ち読みだけして帰られると嫌な気持ちになる』と聞いたことがあって。逆に客からしても、狭い空間に店主がいるのも、ちょっと気になるだろうなと。僕自身も、何も買わずに店を出るとき、なんとなく後ろめたい気持ちになるというか。店主と客が抱えるストレスも、“無人”であることで回避できるなと思ったんです」
無人販売をするにあたり、気になるのは“決済”。野菜の無人販売のように料金箱にせず“ガチャガチャ”にした理由はどこにあるのか。
「まずひとつは、“ガチャガチャ”という面白さで、“無人の古本屋”という怪しさを軽減するため。あと、物理的に大きいですし、料金箱に比べて盗まれる確率が低いと思ったから。本には、金額をあらわすシールが貼ってあるのですが、その金額をガチャガチャに入れると、ビニール袋の入ったカプセルが出てきます。その袋に本を入れてお持ち帰りいただくシステムなのですが、これは『ちゃんとお金を払って買いましたよ』という証明のため。誰に見られているわけでもないですが、なんとなくそのほうがお客さんのストレスも減るかなと思って」
中西さんが店に立つことはない。週2日、本の補充や、売り上げの回収に行くだけで、滞在時間はものの15分足らず。どんな客が出入りしているか知ることもない。当然、客とのコミュニケーションはゼロかと思ったが、そうでもないという。2坪の店内には、約450冊の本が並べられている。美術史の本から、建築関係の参考書に料理本、小説はほとんどなく漫画は置いていない。このセレクトは中西さんによるものかと思ったら、どうやら違うようだ。そこにあるもののほとんどが“誰かしらが置いていってくれた”ものだという。
「もともとは僕の本を置いていたのですが、今ある本は誰かしらが置いていってくれたものがほとんど。電車に乗って少しいくと武蔵野美術大学があるので、そこの学生さんが置いていってくれるのか、最近はアート系のものが増えてきました。あとは、近所に住む主婦の方が料理本を持ってきてくださったり」
中西さんと客の“見えないコミュニケーション”はそれだけじゃない。『もしかしたら本を入れてくれるかな?』と、店内の一角にそっと置いた大きな木箱には、本以外にも、さまざまなものが入っているという。
「四国の農家さんから手紙と一緒に“すだち”が入っていたり、正月明けには鏡餅がそのまま置かれていたこともありました。他にも、『小銭がなかったので、ガチャガチャの裏に1000円隠しておきました』とか、『お金を入れる部分が詰まっていたので、ガチャガチャの上に100円置いてます』などといったメールをもらうことも多いです」
そう、「ブックロード」が5年半もの間経営を続けてこられたのは、顔を合わすことのない中西さんと客との間にある、不思議な信頼関係があるから。そして、これを読む多くの人が気になっているであろう“盗難”というリスクに関しても、過去に一度もないというから驚きだ。
「やっぱり“無人”というと『盗られないのか?』と、よく聞かれるのですが、オープンしてからこれまで一度も「あぁ、盗まれた……」
取材・文:大森奈奈撮影:田中祐介