「衝撃裁判」犯罪心理学のプロはなぜ刑務官である妻を殺したか② | FRIDAYデジタル

「衝撃裁判」犯罪心理学のプロはなぜ刑務官である妻を殺したか②

第二回 浅野正被告の熱弁「妻と僕は、殺す殺されるという非日常の世界にいた」と次女への殺意

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20年3月18日、さいたま地検に送検される浅野被告

<「犯罪学のプロ」だった男性が刑務官の妻を殺害するという衝撃事件。第一回に引き続き、お送りする。>

2020年3月9日、浅野正は妻、あるいは次女を殺害しようと、浦和を訪れた。妻、法代が次女の転入届を出しに来ると予想し、11時から14時まで市役所で待ち伏せるが徒労に終わる。そこで、法務省職員宿舎に場所を変えて張り込むと、次女と三女が現れた。

正は2人の娘を尾行する。彼女たちは徒歩で武蔵浦和駅まで移動し、100円ショップに入った。正は、店内で次女を刺殺しようと考えたものの実行出来ず、更に娘たちを尾行し、官舎に戻る姿を見届ける。

正は法廷で、その時の胸中をこう語った。

「つけました。殺そう、刺せると思いました。でも、刺せなかったです。刺そうという気持ちが完全に失われたので、越谷のマンションに帰りました。自分の内面を変えないと刺せないと思いました」

そして、A4紙の表裏を利用して、計7枚のメモを作成。「人違いでないかよく確認する」「背中を刺す。そして胸を刺す」「用意するもの、包丁、帽子、マスク」「特に昼休みが大切」「人に止められるまで、何度も刺す」「すぐに逮捕され、警察」「自殺より、他殺の方ができる」「出所後、自殺」「最初の一発が致命傷」「しっかりと殺し切る」「やらなければ自殺」「刑務所で一生やっていける」「相手は自分を殺すと考える」「この際、妻でも娘でもいい」などと記した。

正は2022年5月24日に行われた被告人質問の折、証言台に座って弁護側、検察側、そして裁判官からの質問に答えたが、その口調は実にしっかりとしたものだった。特に、心理学者としての自身の足跡を述べる際は、言葉に力が籠っていた。

左陪席に座る裁判官の問い掛けに対し、正は「妻を殺害した時、僕は非日常の世界にいました。妻と次女は、殺す、殺されるという世界にいる。もう、僕もそこに入って行く。そうすると、社会的に非難されることも、罰を受けることも無いし、逮捕もされない。だから、非日常の世界に行くんだ。そうすれば刺せるんだ。今もまだ僕が自殺するまでは、殺す、殺されるが続いていて、自殺して初めて、非日常の世界が終わるんです」と答えた。

裁判長が「日常的であっても、自分は非日常にいる」という発言の意味を質すと、正は応じた。

「9日に次女を刺せなくて、後悔して、メモを書きました。10日から12日までの間は、非日常のなかに入っていましたので、もう葛藤はありませんでした。これを書き終えた後は、妻が痛みを感じることも考えられませんでした。妻と、殺す、殺されるという戦いの中にいるからこその非日常なんです」

そして、2020年3月16日に妻殺害を決行するのだ。

 

この日の正の証言で最も衝撃的だったのは「今でも次女への怒り、殺したいという気持ちがあります。仲良く暮らしていた頃のことを思い出して、複雑な気持ちになったりします」というものであった。

2022年5月17日の法廷で、次女が父親について「一言では言えない感情を持っている」と証言したことについて正は「もっと僕に対して敵意を剥き出しにしてくると思っていました。どうしても殺したいという気持ちを抑えられなくなっています」と言った。

5月26日に行われた5回目の審理では、正の精神鑑定を担当した西川寧医師が出廷した。日本司法精神医学会から精神鑑定医として認定されている人物である。西川医師は、事件発生から23日後の2020年4月8日から、同16日、30日、5月13日、30日、6月24日、7月8日と7度に亘って被告人との面談を繰り返し、更には同年5月26日から6月8日まで、自らが勤務する埼玉県済生会鴻巣病院に正を入院させて診断した。

裁判が行われている、さいたま地裁

西川医師は確定出来ないとしながらも、心理検査の際、臨床心理士の資格を持つ正がわざと誤答を選択した疑いがあると話した。

西川医師は、自らの所見を以下のように述べた。

犯行時、正は妄想性障害に罹患していたと診断した。が、被告人は子供を刺すことに抵抗があった。また、刑務所内で生活出来る等、一般的な理解がまったく出来なかった訳ではない。妄想性障害が酷いと、それに支配されて生活が送れなくなる。正の妄想性障害は軽度から中程度であり、彼が語る「非現実的世界」は、妄想に没頭していることを示している。こういった表現が出来るということは、「現実的世界」があるということでもある。

もし、事件当日にバス停で顔見知りの人に「あっ、浅野さん」と声を掛けられていたら、犯行は起きなかったと思う。世間話をしようと思ったら、出来ただろう。

また、正は鬱病となった自分を大学の幹部たちが辞めさせようとしていた、と証言したが、妻を殺害することと、大学を追い出されそうになることは、まったく別だ。大学への妄想が大きいとは思えない。今回の事件は、妻、次女への妄想が起因していると考えられる。

検察側は、この鑑定結果を有力な手掛かりとして、「被告人は日常生活を送る能力があった。犯行の経緯を合理的に述べており、妄想はあったが犯行と直接結びついていない」と、懲役10年を求刑した。

これに対して、被告人の弁護士は「妻を殺す行為は妄想が前提となり、入り込んでいたからこそです。浅野さんは、違法性を認識できなかったのではないでしょうか。西川医師の『事件現場で声を掛けられていたら、犯行を止めていた』というのは、仮説に過ぎず、妄想の犯行への影響を考えれば、まったく意味の無いことです。行動をコントロール出来ていたら、包丁を買ったり、メモを作ったりはしない筈です。刑罰ではなく、医療観察の下で治療しなければいけない」と無罪を主張した。

論告求刑の前、法代の妹が意見陳述を行った。時折、声を詰まらせながら、

「お母さん、お母さんと泣き叫んでいた子供たちが可哀相でなりません。妄想があっても人を殺める必要はありません。姉は何も知らずに亡くなりました。正さんからは、未だに謝罪の言葉もありません。犯罪心理学を学んだ人が、こんな残酷なことを起こしました。そのうえ、無罪を主張していると聞き、ショックを受けました。残された人や姉のことを考えてください。良心が痛みませんか? 正さんには、謝罪し、罪を認め、償ってほしい」

などと話した。

顔の半分以上を覆う白いマスクをした被告は、やや俯きながら義妹の言葉を耳にし、ほとんど表情を変えなかった。

絶命した妻はもう還らない。それ以上に気になるのは、父親の手によって、母親を奪われた3人の娘たちだ。

正は5月24日に証言した折、

「長女とは手紙のやり取りをしていて、非常に困っている状況がわかる。助けてやりたいが、現実に何も出来ない。次女は、どうしても殺したい。でも、昔一緒に遊んでいたことを思い出すと複雑です。三女に関しては、自分が親権者なので、出来ることなら育てたいが現実的に難しい。子供たちから母親を奪ったことは、心から申し訳なく思っています。子供たちの将来は心配です。でも、何も出来ないです」

と述べた。

2022年5月30日、論告求刑と最終弁論が終了し、裁判長に何か言いたいことはありますか? と訊かれた正は、「今、お話したいことはございません。被告人質問時に、十分お話ししました」と答えた。この時の口調もハッキリしたものだった。

浅野正に判決が下されるのは、6月22日だ。犯罪心理を学び、その知識を若者に教えることを生業としていた男は、どのような結末を迎えるのか。

(文中敬称略)

  • 取材・文林壮一

    1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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