「75歳以上は生死を選べる」映画『PLAN 75』が描く未来
早川千絵監督インタビュー
赤ちゃんの愛らしい映像から始まるCM。「人間は生まれてくるときは選べないから、死ぬときぐらいは選べたらいいだろうな」と笑顔で語る女性にかぶせるように「『プラン75』は、75歳以上の方なら、どなたでも無料でご利用いただけます」という優しげなナレーションが流れる。テレビのニュースでは「『プラン75』が国会で成立しました。日本の高齢化問題の解決の糸口になると期待されています」と伝えている。映画『PLAN 75』のシーンだ。まるで現実のように展開されるこれらのシーンに戦慄する。
「本当にありそう」な、日本のこれから
映画で描かれる「プラン」は、75歳以上の人が死を希望したら、国の支援のもとで安らかな最期を迎えられるという、国の「制度」だ。物語の中盤で、倍賞千恵子さんが演じる78歳の独居女性・角谷ミチは、生活に行き詰まり、この制度を利用しようと決心する。
そんな近未来を描いた映画『PLAN 75』が、17日、公開になった。早くも大きな波紋が広がっている。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品。海外でも大きな反響をよんでいる。監督・脚本の早川千絵さんに話をきいた。
いったい早川さんは、何を考えて、このような映画を作ろうと思ったんですか。
「この国は、高齢者や、障害のある人に冷たいと感じます。そして今、生殖医療の研究が進んだこともあって、人の生き死にに関する問題を、人間がすべてコントロールできるような錯覚があるように感じるんです。生死に関わることが、すごく軽い言葉で語られているような気がする。でも、そうではないんじゃないかと思って」
「ミチ」さんのように身寄りがなく、お金もなかったら…生きるのがつらい、なんのために生きているのかと思ってしまうことは、想像がつくけれど…。
「死にたいと言う人に対して、楽に死ねる方法を差し出す社会ではなく、生きられる方法を共に探そうと言える社会であって欲しいです」
「自己責任」という社会が行き着く先が『プラン 75』
世界には飢えに苦しんでいる人たちもいる。争いに巻き込まれる国もある。日本は平和で豊かな国のはずなのに、どうしてこんなに不安になってしまうのだろう。
「社会全体に『自己責任』という空気が蔓延しているからだと思います。経済的に困窮している人のために生活保護という制度があるのに、なかなか受けられない実情があったり、国や社会が常に『自分でなんとかしてください。自己責任ですから』というメッセージを発しているように感じます。この状況が進むと『プラン75』という制度ができても不思議ではないんじゃないかって」
物語には、日本に働きに来ているフィリピン人女性の子どもの治療費のために、フィリピン人たちが集まる教会で募金を募るシーンがある。
「フィリピンは9割がキリスト教徒で、助け合うという文化が根付いている。自分でなんとかしなさいという日本と対照的な存在として描きたかったのです」
作中ではさらに、「『プラン 65』を国会で検討」というニュースが流れる。65歳になったら、生死を選択せよ、という。弱者をどんどん切り捨てる社会。それが日本の現実なのかもしれない。
カンヌ国際映画祭で上映されたとき、外国人記者からは、「こんな制度を許すことは信じられない」「けれども、これに反対意見が出ない、という設定が日本らしい」という声があがった。
自分の意思で「生きる」ことを選択してほしい
重いテーマを扱いながら、物語は淡々と進んでいく。説明的なセリフはなく、大きな声で怒ったり、泣いたりする人は出てこない。
陰影が印象的な映像。山肌が赤く染まっていく夕焼けのシーン、朝日が照らす部屋の寝床のなかからすっと伸びたミチの細い手。美しいシーンがたくさんある。
「ボーリング場のシーンはとても好きです。束の間若者と触れ合い、楽しさを共有するミチ。その姿がなんとも愛しくて」
老い、貧困、孤独。炊き出しに並ぶ人や、一人暮らしの殺風景な部屋、公園のベンチの排除アートなど、現実にある、さまざまな問題を丁寧に描いている。
「どのような受け取り方をするかは観客の自由。私の手を離れた後、観た人によって完成する映画なんだと思ってます。
試写では、若い人からも年配の人からも、さまざまな感想が聞かれました。『プラン75』が現実にあったら利用したいという声も、少なからずありました」
でも、私は利用しない。死ぬのが怖いから。自分で死を選ぶ勇気がないから。思わずそう言ったら、
「それ、すごくいいと思います。とても自然なことだと思います。自分で生きることを選択して生きていってほしい」
そして、早川監督はきっぱりとこう言う。
「私はまだ死にたくありません。長生きして、映画を撮り続けたいです」
取材・文:中川いづみ