虐殺の街ブチャ 家族が帰国した住民が語る「奇跡の復興と課題」 | FRIDAYデジタル

虐殺の街ブチャ 家族が帰国した住民が語る「奇跡の復興と課題」

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
ロシア軍の攻撃により廃墟となったショッピングセンター(画像:アレクセイさん提供)

ロシアとウクライナの紛争は、いまだに終息のメドが立っていない。ウクライナ国内には、ロシア軍の激しい攻撃と横暴で甚大な被害を受けた街が多くある。その一つが、300人以上の市民が虐殺されたという首都キーウ近郊のブチャだ。『フライデーデジタル』では、ロシア兵が自宅に住みついた現地住民アレクセイさんの告白を報じた(4月22日配信)。アレクセイさんの発言を振り返りたい。

「私はアパートに住んでいましたが、ブチャに現れたロシア兵は住民全員を地下室に追いやりました。『出てきたらスグに撃ち殺す』と脅して。実際、逃げ出した人は行方不明になった……。部屋には、私たちの代わりにロシア兵が住みつきました。内部のモノをすべてひっくり返すと、貴重品を盗みそれ以外は破壊したんです。

昨年末リノベーションしたばかりですが、(ロシア軍の撤退後部屋に戻ると)壁はボロボロになり家具はキズついていました。部屋には、数人のロシア兵が住んでいたようです。店から盗んだと思われる酒ビン200本ほどが転がっていました。盗まれたモノは多岐にわたります。宝石、おカネ、ノートパソコン、テレビ、洋服、靴、登山用品、釣り具……。すべてを把握しきれていないので、他にも盗られたモノがあると思います」

アレクセイさんの家族は、荒廃したブチャを離れ隣国ポーランドへ避難。チェコで生活していたが、ブチャが解放されたことを知り6月に故郷へ戻ってきた。『フライデーデジタル』は、あらためてアレクセイさんを取材。以下はアレクセイさんが語る、戦火に襲われた街の「復興と課題」だ。

「家族は、ずっとブチャに帰りたがっていました。ある程度安全になって街も片づいたため、家族の意思を受け入れ帰国を許可したんです。ただし、何かあったらチェコに戻るという条件つきでね。久々に一緒に暮らせて嬉しいですし、とても幸せです」

「腐ったような強い異臭」

キーウ近郊マカリウでロシア兵が住みついた部屋の内部写真。マネキンにナイフが刺さっていた

アレクセイさん家族は、ロシア兵に荒らされたのとは別のアパートに住んでいる。

「ここ(新しいアパート)もロシア兵に荒らされて物が散乱していましたが、2日間掃除して何とか住めるようになりました。以前住んでいたアパートは、まだ掃除が終わっていません。腐ったようなカビのような強い異臭がして、掃除しても消えないんです。電気、水道、ガスはすべて修理されて使えるようになりましたが、建物自体が壊されてかなり傷んでいる。今は住める状態ではありません。

4月にロシア軍の占領から解放されてから、すべての道路が清掃され、壊れた場所には新しいアスファルトが敷かれました。地雷や不発弾の処理が2ヵ月間行われ、処理する際の爆発音が聞こえます。森に行くことは禁止されている。まだ地雷が多く残っていて危険なんです」

街には破壊された家屋や大破した車が多く残り、持ち主が帰還していないため放置されている。戦争のキズ痕が消えることはないが、少しずつ復興も進んでいる。週末には街の広場で露店が開かれるという。

「市内にはポーランドと協力して設置された仮設住宅があり、家が全壊した人たちが暮らしています。公共交通機関も動いていて、バスや電車が走っていますよ。

問題は仕事がないこと。ブチャの多くの市民が失業中なんです。物価が上がり、食料の購入も大変。寒くなる前に、家の屋根や壊れた窓を修理する必要があります。多くの人がキーウへ通勤していますが、価格が高騰したガソリンを手に入れるのも困難です。数日間ガソリンがないこともあり、20リットルを給油するために5時間並ばなければならないこともあります」

マカリウに放置された車には勝利の「ビクトリー」の意味なのかロシア兵によりヒモやスプレーで「V」の文字が

アレクセイさんには、13歳の娘と卒業式を迎えた17歳の息子がいる。

「息子は秋に18歳になります。大学への進学が決まっているので兵役が免除される。しかし、大学を卒業したら軍隊に入らないといけません。数年後、息子が戦場に送り出されることがないよう平和が訪れることを願っています」

チェコから帰国した、アレクセイさんの妻ユーリアさんが話を引き継ぐ。

「私と子どもたちが最初に避難したのはポーランドでしたが、すでにウクライナから避難した人でいっぱいでした。幸運なことにチェコのボランティアの人たちと出会い、美しい自然が広がる森の中にある2階建ての家に住むことになりました。戦争が始まって間もない頃から、常にウクライナのために助けてくれたとても素晴らしいボランティアたちに感謝しています」

6月にブチャに戻ったユーリアさんは、しばらく泣き続けていた。

「ここで何が起きたのか、この街がどうなってしまったのか、冷静に直視することができなかったんです。壊滅的な状況や、人々が殺されたという自宅近所の通りを見るのはとてもツラかった……。ただ咲き誇る花や青々とした木々といった自然のおかげで、少しずつ気持ちを落ち着かせることができるようになりました。町の活気が、一日でも早く戻ることを祈ります」

住民たちは、胸に深く刻まれた戦争の悲しみから立ち上がろうとしている。

ロシア兵により荒らされたキッチン
室内は床も壁もボロボロ
解放直後のブチャの道路。とても車が通行できる状態にない
現在は道路も整備されキレイに
まだ街には破壊されたままの建物が
現在のブチャでは夕暮れ時に公園でデートをするカップルの姿も見られる
  • 写真ウクライナ住民提供

Photo Gallery9

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事