いま元外相・田中眞紀子が「中国に怒っている」深い事情 | FRIDAYデジタル

いま元外相・田中眞紀子が「中国に怒っている」深い事情

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元外務大臣の田中眞紀子氏が、ついに…。FRIDAYデジタルの取材の応える眞紀子氏の眼光は鋭く、戦争とその先の日本の在り方を見つめていた 写真:Natsuki Sakai/アフロ

田中眞紀子元外相が、当選同期の岸田文雄首相に直電したのは国会が閉幕した直後、6月15日の夕方だった。

「日本はお金を出した、避難民を受け入れた、でも、それで終らせちゃダメじゃない。ウクライナには戦争でケガした人がたくさんいるの。その人たちに、日本の質の高い医療を受けさせてあげたい。ウクライナの人たちは、病院に行けなくて薬もなくて、痛みで夜も眠れないのよ。こういう人たちを日本で受け入れてほしいの。だから、ビザの発給をしてあげて。ウクライナが戦禍に見舞われているときだけじゃなく、ウクライナの戦後も日本は寄り添うべきなんじゃないの」

こう言って、岸田首相に熱く思いを伝えたという。眞紀子氏と岸田首相は、電話でよく話し合っているのだ。岸田首相は眞紀子氏に、

「日本の医療支援、うん、やってあげないといけない」

と応えた。さすが「聞く力」の首相だ。

ロシアによる軍事侵攻の直後には、あれほど盛り上がっていた日本の「ウクライナ支援」だが、その「熱」は冷めつつある。戦争は続いているというのに。

田中眞紀子が動く…!

そしてついに6月16日、田中眞紀子は「ウクライナ避難民支援NPO法人みらい」を立ち上げた。

「ロシアのウクライナ侵攻を聞いてすぐ、建築家の安藤忠雄さんと、なんとかウクライナの力になりたいと話し合ったのよ。安藤さんはいち早くウクライナ大使館に出向いて1000万円の支援を申し出た。そして私は、私に何ができるかと考えたとき、戦禍でケガをした人たちの日本受け入れ、治療を実現させよう、と考えたの」

このNPO立ち上げを受け、セルギー・コルンスンスキー駐日ウクライナ特命全権大使はこう言う。

「日本の優れたリハビリテーションをウクライナ人道支援のプロジェクトにしていただいたことに心から感謝したい。ウクライナが復興するとき、この支援は『大輪のひまわり』を咲かせることになります」

「私は戦いを憎む 」眞紀子氏を直撃!

ロシアに怒り、街が破壊され傷つくウクライナ国民を思い、政治的に立ち回る中国を叱る眞紀子氏に話を聞いた。

―日本のウクライナ人道支援はもっと出来ることがあるということですね。

「医療資源の提供、ケガした人たちの社会復帰支援をして戦後のウクライナを見据えなきゃダメよ。そして、岸田首相は、ロシアはもちろん、アメリカにだって核抑止を堂々と言わなきゃダメ。どうにかして一刻も早く、この戦争を終らせなきゃいけない」

―中国の姿勢はは、ロシア寄りに見えます。

「ウクライナで戦争が始まって、人民日報から取材を受けました。ロシア寄りの中国であって欲しくないとはっきり言ったわよ。そうしたら人民日報の編集長(東京支局長か)が本国に問い合わせなければならないと言い出したの。その後、記事は『なし』と。そんなのダメ!小さくても掲載しなさい!とやり合ったわよ。日本は毅然として、中国にも言うことを言わなきゃダメなの」

そして、常に眞紀子氏の隣に寄り添う夫の田中直紀元防衛相は、こう明かした。

「ママ(眞紀子氏)は毎日、誰かしらとウクライナ、ロシア、そして中国のことを電話で話しているんです。なんとかロシアの暴力を止めたい、中国のロシア支援を改めさせたいと。被災した女性や子どもの映像を観ると、泣いています。『ママは外務大臣だったんだから、そのときの外交チャネルを使って仕事をするときだよ』と励ましてます。私も一緒に働き、ウクライナの力になりたい。彼女の思いと私の思いは、一致していますから」

 ロシアがウクライナに侵攻して113日が経過した。政界復帰を待望する声を「老婆の休日よ」などとケムに巻いていた眞紀子氏。今、ついに始動の時がきたのかもしれない。

  • 取材・文橋本隆写真Natsuki Sakai/アフロ

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