進学校明八野球部「覚悟を決めた生徒たちの急成長」 | FRIDAYデジタル

進学校明八野球部「覚悟を決めた生徒たちの急成長」

明八野球部物語⑧ひとつ勝てば、相手は東海大菅生

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〈憧れの地にあと一歩届かない。都内でも指折りの進学校ゆえ、制約された環境ながら、それでも本気で甲子園を狙う男がいる。明大中野八王子野球部監督・椙原貴文。彼の葛藤と苦悩、生徒たちの心身の成長を追った、密着270日のドキュメント〉

7月9日に熱戦の火ぶたが切られる、第104回全国高校野球選手権大会西東京大会。

現チームの集大成となる舞台で戦うメンバーを選ぶにあたり、明大中野八王子高校野球部監督の椙原貴文は、過去にないほど頭を悩ませていた。登録選手決定前、最後のオープン戦となった6月5日の光明相模原高校とのダブルヘッダー、生徒たちは懸命なプレーで最後のアピールをした。それを受け、指揮官はマネジャーも合わせた68名の中から自覚と誇りを持って戦える20人を決めた。

選手たちでプレーを確認し、考えをすり合わせる

なかなかメンバーを決められない

例年であれば5月末には、ある程度、決めることができるという。しかし、現チームはそれを許さなかった。前の晩に、これだと決めた20人が、明くる朝にはベストではないと思えてくる。そんなことを何度、繰り返したか――。

「毎日、春の大会以降のオープン戦のデータを見ながらメンバーを固めていくんですけど、次の日に考え直すと違う顔ぶれになってしまう。コロナ禍で思うようにオープン戦を組めなかったこともあり、平均すると打者なら30打席くらい。そうした中で決める難しさはありました」

光明相模原高校との2試合ではメンバー入りの当落線上と思われる生徒が前後に並ぶ打順もあるなど、大きな重圧を感じながらのプレーとなった生徒もいる。そんな中で、ここ一番で勝負強さを発揮した生徒もいれば、思うように自分の存在を誇示できなかった生徒もいる。「もっとチャンスがあれば」と悔いが残った生徒もいるかもしれない。選手登録の締切は6月17日だったが、ギリギリまで延ばす選択肢は椙原にはなかった。

「4、5月は役割をどうするかということを常に求められて、執拗に比較されて、生徒たちも、このストレスはしんどいんです。見ていても、結果が出ないと下を向いてしまう。生徒たちには発表する日を伝えていましたし、苦しみを延ばし延ばしにしてもいけないですから」

普段から生徒たちに野球のプレーや言動などに対して徹底的に根拠を求める椙原だから、メンバーから外れる3年生には、各々に理由を伝えている。そのツラい通告は何度やっても慣れることはない。だが、一人ひとりと本気で向き合っているからこそ、各自の頑張りを見てきたからこそ、その責任から逃げるわけにはいかない。そしてなにより、次の一歩を少しでも力強く刻めるように、と願うから。

「最後となる夏は3年生に期待しているところも多いんですが、でも、3年生だけの大会というわけでもないんですよね。そうした葛藤もすごくあります。20人に絞るのは本当に苦しいです」

引退試合でチームがひとつになった

6月15日にはスリーボンドスタジアム八王子で、背番号を手にできなかった3年生のための引退試合を八王子実践高校と行った。

そこで椙原は、改めて野球の本質、高校野球の魅力に心を揺さぶられた。皆が溌溂と躍動し、いつも以上の力を発揮してくれた生徒に目を細めた。なかでも5対5で迎えた最終回の攻撃、岡野匠吾の打席で椙原の胸の高鳴りは最高潮に達した。

「そこまではノーヒットだったんですが、先頭バッターで入って追い込まれながら、粘って粘って最後は力強い打球でセンター前にヒットを打った。病気で1年間休学しながら野球を続けてくれた生徒なんですが、本来は1学年下の同級生たちにうまく順応して、そのやってきたことを示してくれた。野球って、気持ちのスポーツなんだなって再確認させてくれました。苦しい状況でも最後まで諦めない。簡単に負けるわけにはいかない。打席に立たせてもらった責任を果たす。メンバー入りした3年生もダッグアウトに、1、2年生も全員スタンドにいたのですが、伝わるものがあったと思います」

感じ入ったのは部員だけではない。スタンドには元々の同級生だった同い年の仲間たちの姿もあった。

「人望のある子ですから、主将だった三部大智やエースだった井上仁ら、みんな応援に来てくれた。岡野がこの打席に入るとき、手拍子が一段と大きくなって、この日、一番の雰囲気を作ってくれていました。感激しましたね」

最後の夏に土にまみれることができない3年生のための試合は、チーム全体を結い上げてくれた。選ばれなかった生徒たちはこの先、大学入試に備えるなど、部活を休むことも自由だが、全員が仲間と時間をともにする道を選んだという。

「ありがたいことに毎年、みんな、力を貸してくれます。これまでには、ただ練習の補助をしてくれるだけでなく、メンバーの子たちが緩みを見せようものなら、『なんで、こんなチームのために手伝わなきゃいけないんだ!』と叱ってくれる子もいました。データ分析で一役買ってくれた子もいます。いろいろな役割があります。チームのためにできることを、自ら見つけて、貢献してもらいたいです」

自分の居場所は自分で作る。今はまだ悔しくても、それは今後どんな組織に身を置いたとしても、活かすことのできる下地となる。

「野球が終わったらなにもない子にはしない」

椙原の指導者としてのこだわりが、その言葉から読み取れる。

役割分担で強豪に勝つ明八野球

役割は変わっても目標は一緒だ。選手への遠慮もいらない。自分にできることを、高校野球の集大成としてチームに刻んでほしい。

投手陣の一角・田村響

エースも、4番打者も一つしか席はない。だが、全員がそこを目指していてもチームは機能しない。春の大会で敗れた直後、椙原は生徒たちに「チームにいなくてはいけない選手」「個性のある選手」の台頭を欲した。自分はグラウンドでこういう役割を果たすことができるからチームの勝利に役立てる。それをアピールできた生徒がグラウンドで戦うメンバーとして残った。

ここからは、その個性を際立たせるための仕上げに入る。

「うちの良さである、みんなで束になって向かっていく野球を体現するためには役割分担が必要です。たとえば日大三高さんと比べたら能力で勝る子はいません。でも、去年のチームも春は競った試合に持ち込んだ。それ以前も、そういうレベルの相手に勝ち負けしてきた。それはやるべきことをきちんとやったからなんです。特別なことよりも、当たり前のこと、やるべきことを丁寧にやる。野球にミスはつきものですが、ミスを極力、減らすことができれば試合になる。ミスが出たなら誰かが帳消しにしてやる。

地味に、地味に、地味に、地味に自分たちの役割を真剣にこなしてくれているから、なんとか勝ってこられた。それを先輩たちが証明してきてくれた。別に強そうではないけど、ふたを開けてみたら勝っている。明八はそういう学校ですし、そのことは生徒たちに話してきています」

攻守に期待のかかる西川幸史朗

秋、春の大会の敗戦にしても、それ以後のオープン戦にしてもミスが多く出てしまったり、やるべきことをできずに、あるいはやらずに負けているケースが少なくなかった。当然、ここまでもチームとしての考え方や、決めごとを教えてきてはいるが、たださえ少ない練習時間にコロナ禍による部活動禁止が大きくのしかかり、満足に時間を割けなかったことは否定できない。が、椙原の目には力がみなぎり、語りかけてくるのだ。

「その分、可能性があるじゃないですか」

椙原はこれまでも「うちは夏に強いです」「夏には必ず追いつきます」と衒うことなく話してきた。

「不思議と4月から6月頭まで『今年はいいですよ』と言えたチームは勝ち上がったことがないんですよ。チーム状態がグチャグチャだなというほうが、意外にトントンと上に行ったりする。危機感を抱きながらやっていくのはいいことなのかな、と。公式戦モードに入れば生徒たちも、もっと緊張感が増してきますからね」

もちろん生徒たちだけではない。椙原のギアも一段、上がったように映った。

6月5日のオープン戦2試合目、最終回の攻撃では試合中にもかかわらずベンチ前にメンバーを集めて、ケースごとの戦術を突き詰めていく椙原の姿があった。

「場面設定とか状況判断とか、実戦的な部分は十分にやれていませんでしたから。オープン戦ではサインもほとんど出してこなかった。自分たちで個性、役割を見つけようとしながらやっているところに、こちらから役割を求めてしまっては成立しませんので、任せることが多かったんです。選手を見極めながら、チームプレーであったり組織的な課題を潰すことにとどめてきました。でも、メンバーも決まり、そういう部分にこだわる時期に入りました」

3年生それぞれの成長

試合後の練習でも実戦に即したノックに終始した。得点差、イニング、ランナー、アウトカウントなどを細かく設定して、「最高」「最低限」「最悪」のプレーを頭の中で整理しながら判断能力を磨き上げていく。ミスが出れば、厳しい声がグランドに交差する。

「夏の大会だったら、それで終わるぜ!3年生の高校野球が終わるぞ!」

椙原だけではない。まわりの生徒たちも叱咤する。

「100%のプレーだろ!」

 「しっかり集中してやれ!」

1つのプレーに対して、生徒たちが率先して意見を出し合う場面も熱を帯びてきた。椙原が声を荒らげることはなくならないが、以前ならみんなが黙ってしまっていたところを主将の保坂修也ら3年生が前に出て返せるようになってきた。自らのふがいないプレーに対して不貞腐れた態度を取ってしまった下級生をフォローしたのも3年生の中村立希だった。

自分の成長は、自分では感じづらい。しかし、3年生を中心に、生徒たちは間違いなく頼もしくなっている。

夏の大会まで、この緊張感を持続できるか。

椙原に問うと、

「まだまだです。こんな雰囲気では夏は戦えません。このチームで21年の夏を本当の意味で経験したと言えるのは保坂しかいません。夏は優しくない。思いがけないことが起きて、気持ちが揺らいでしまったら誰も止められなくなったりもする。そうならないために、練習からどれだけ想定して、緊張してやれるか。保坂にも、もっと引っ張ってもらいたい。チームが私に詰められても『大丈夫だ、俺に任せておけ。もっと勝負しようぜ』なんて言ってくれたら、後輩たちも『この先輩って、すげぇな。肝が据わってるな。この3年生たちのためにやるぞ!』と思ってもらえる。ここから、どこまで頑張り切れるかです」

椙原の指導にも熱が入る

ひとつ勝てば、相手は東海大菅生

6月18日、夏の大会の抽選会が行われ、組み合わせが決まった。初戦となる2回戦は7月10日、穎明館高校と対戦。勝利すれば、次戦は第2シードの東海大菅生高校とぶつかる。

「秋の大会は東海大菅生さんのグラウンドから始まっていますし、私が高校3年生のときに夏の決勝戦で敗れた相手でもありますから、何かあるんだなと感じました。それと同時に野球の神様に『椙原、ちゃんと勝負しろよ』と言われている気がするんです。この組み合わせで楽しみになりました」

椙原の覚悟は決まった。生徒たちも心身を追い込む練習に音を上げずに食らいついてきている。

「面白い戦いをします」

椙原は、短い言葉で決戦への想いを締めくくった。

(第9回へ続く)

  • 取材協力鷲崎文彦

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