乳児とともに…激戦地の母親「地下壕の現実とロシア兵からの屈辱」 | FRIDAYデジタル

乳児とともに…激戦地の母親「地下壕の現実とロシア兵からの屈辱」

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現在のアンナさんと息子(画像:アンナさん提供)

「アゾフスタリ製鉄所では2ヵ月間、太陽を見ることができませんでした。生後4ヵ月だった息子は、『ウクライナの希望の象徴』と呼ばれることがあります。製鉄所の地下シェルターで、息子ののびのびとした性格は避難民たちの心の支えとなりました。おかげで、私たちは生き残ることができたのです」

こう語るのは、ウクライナ南東部マリウポリ出身のフランス語教師アンナ・ザイツェワさん(24)だ。

マリウポリは、ロシア軍との最激戦地となった街である。ウクライナ軍は市民とともに、核攻撃を想定した地下6階の巨大施設・アゾフスタリ製鉄所に立て籠もり徹底抗戦。しかしロシア軍は、5月20日に完全制圧を宣言し組織的な戦闘は終了した。以下は、アンナさんが振り返る、生まれたばかりの息子と経験した戦争の現実と、絶望の中に見出した希望だ。

「夫のキリルとは、21年のはじめ頃、お互いの母親から紹介されて知り合いました。すぐに意気投合し、彼は出会って数週間後にプロポーズしてくれました。ウェディングドレスを着て2人で撮った結婚記念写真は、今でも大事に持っています。しかし、私たちが一緒に暮らせた期間はたったの1年でした……」

避難を後悔する理由

アンナさんとキリル氏の結婚記念写真

アンナさんの夫キリル氏は、アゾフスタリ製鉄所で働いていた。ロシア軍の攻撃が始まると、工場は勤務者と家族は地下シェルターに避難できると公表。2月25日にロシア軍の爆弾が自宅近くに落ちると、アンナさん夫妻は身分証明書と食料だけを持って製鉄所へ急いだ。

「移動に使った車は、後に爆破されてしまいました。今となっては、製鉄所に避難したことをとても後悔しています。製鉄所が戦闘の最前線になるとは誰も思っていなかったですから。

2月時点で、息子のスビャトスラフは生後4ヵ月でした。地下シェルターに避難した人々は、息子を『天使』と呼んで慕っていました。息子は、笑顔で民間人を魅了しウクライナ兵に元気を与えていたんです。ウクライナ兵は、粉ミルクやオムツを持ってきてくれた。他の避難している子どもたちが一緒に遊んでくれたり、代わる代わる誰かが来ては息子の世話をしてくれたりしました」

避難後間もなく、大きな転機が訪れる。かつて海軍歩兵だった夫のキリル氏が、ウクライナの国家親衛隊アゾフ大隊に入隊したのだ。アンナさんは「離婚する」と言って猛反対。しかし最終的には、夫の判断を尊重した。

「私は夫を愛していて失いたくなかったので、戦うことに反対しました。彼と会ったのは、地下シェルターにいた3月11日が最後です。現在、夫と連絡はとれません。(東部)ドネツク人民共和国のあるニュースチャンネルの映像で、夫が製鉄所を出る姿を見ました。とても心配です」

地下シェルターでのアンナさんの父親と息子

ロシア軍の製鉄所への爆撃は、日ごとに激しくなる。しかしアンナさん家族は、製鉄所を出ようとはしなかった。

「とても危険なことでしたからね。3月15日、20人ほどの民間人が製鉄所から退避したものの、不幸にもマリウポリ市を脱出する寸前でロシア兵に銃撃されました。一部の人たちは(南部の街)ザポリージャへたどり着きましたが、他の人たちは製鉄所に戻ってこざるをえなかったんです。

何度も人道回廊まで避難する話は出ましたが、そのたびにロシア側は戦闘の中断の約束を破っていた。最終的に私達が避難できたのは4月30日です。2ヵ月ぶりに太陽を見ました。ウクライナ軍に護衛されて製鉄所から外に出ると、川岸で赤十字と国連のスタッフが出迎えてくれました」

その後、アンナさんたちはロシアの選別収容所へ連行される。若いアンナさんが受けたのは、ロシア兵による横暴だ。

「とても不快な取り調べを受けました。服を脱がされ、ゴム手袋をつけた女性兵士に身体検査され、タトゥーや傷跡がないか調べられ……。携帯電話の情報はロシアへ転送され、指紋を採取され写真も撮られました。

最後に、避難者全員がFSB(ロシア連邦保安局)の担当者から質問を受けました。ウクライナ兵の妻である私は、こう脅迫されたんです。『夫の居場所について本当のことを言え! ウクライナ軍の秘密情報を教えろ』と。私は何も答えませんでした。赤十字や国連の代表者もいて、彼らの保護で解放されるとわかっていましたから」

トイレへもロシア兵が……

地下シェルターでのアンナさんと息子

アンナさんは2日間、選別収容所で過ごす。選別収容所ではトイレに行くのもロシア兵の付き添いが必要。後から来た製鉄所の避難民は、10時間以上も取り調べを受けていた。

「私たちの取り調べは夜だったので、ロシア兵は早く眠りたかったのでしょう。4時間ほどで済みました。選別収容所を出た後、さらに24時間、近くの村の学校でロシア兵と一緒に過ごしました。夜になると、ロシア兵がウクライナ兵をどう殺そうかと相談しているのが聞こえました。

私は他の兵士の妻たちとともに、ウクライナ人捕虜の帰還のために一緒に活動しています。先日もローマ法王とスイスの大統領に手紙を送り、赤十字と協力して私たちを助けてくれるようお願いしました。戦争が始まるまで、私と夫が一緒に暮らした時間はたったの1年だった……。彼がそばにいないのは、とてもつらい。生還を信じています」

現在アンナさんは、幼い息子と2人で夫の帰りを待っている。

「息子が大きくなったら、つらい地下壕の生活でどれだけ支えになったか彼に伝えるつもりです。こんなに幼いにもかかわらず、大人たちに戦争を生き抜く力を与え助けていたのですから。私たち夫婦は息子をとても愛しています。今後どんなことがあっても、息子と一緒にいるつもりです」

軍隊に入隊した夫のキリル氏
結婚当初の夫妻
アンナさんのお腹に息子がいた時の1枚
一緒に過ごした期間は1年ほどだった……
「天使の笑顔」を見せる息子。現在の写真
  • 写真アンナさん提供

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