腐敗した遺体にすさまじい悪臭…孤独死保険「需要急増」の背景
ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!
日本は、世界でも有数の「孤独死大国」だ。海外の一部メディアは、この日本語をそのまま「kodokushi」と表記しているほどだ。
そんな日本で、今、孤独死保険が活気づいていることを知っているだろうか。
人が簡単に孤立しがちな社会では、高齢者でなくても、多くの人々が孤独死への不安を抱えている。特に単身世帯の人であれば、突然自分が命を落とした後のことを一度は考えたことがあるだろう。
また、アパートなど貸物件を提供する側も同じだ。オーナーにせよ、不動産業者にせよ、彼らが抱えている心配の一つは、入居者が孤独死することだ。
「自分が誰にも気づかれずに死に、腐敗して見つかったらどうしよう」
「孤独死によって、住居が汚されたらどうしよう」
物件を借りる側にも、貸す側にも、そんな不安が渦巻いているのが、今の日本の姿なのだ。
交通事故死の10倍

孤独死保険とは、まさにそんな闇の中に入り込み、良くも悪くも光を照らすものとなっている。だからこそ、商品として急速に日本全国に広がっている。
この孤独死保険を通して、現代の日本の孤独な死について考えてみたい。
現在、日本で孤独死して死後2日以上見つからなかった人の数は、年間で2万5000人~3万人と推計されている。
21年度の交通事故による死者数は、2636人だ。それを考えると、孤独死の数は、交通事故死のおおよそ10倍に上ることになる。
孤独死する層としては、単身世帯の60代くらいの中年男性がもっとも多い。女性が少ないのは男性より交友関係があるためであり、後期高齢者が少ないのは介護や見守りを必要としているからだ。彼らの場合は突然死しても、すぐに発見される傾向にある。
つまり、自分はまだ元気だと思いつつ、社会から孤立している中年男性が、心臓や脳の疾患で突然倒れ、誰にも気づかれずに何日もそのままになるというケースがほとんどなのである。

孤独死が引き起こす大きな問題は、遺体の腐敗である。夏場であれば2日ほどで遺体は腐りはじめ、腐臭が漂い、虫がわき、肉体がとけだす。
都内でアパートを2棟経営している田中俊郎は、20年程前に初めて孤独死の現場を見た時のことが忘れられない。
ワンルームの部屋には、70代の男性が単身で暮らしていた。入浴中に倒れたらしく、発見されたのは1週間以上経ってからだった。夏だったことから腐敗は激しく、すさまじい悪臭を放っていた。
遺体がとけて……

田中は言う。
「遺体は浴槽でほとんどとけているような状態で見つかりました。警察に連絡しても、清掃はこっちでやらなければならないと言われた。当時は特殊清掃のことも知りませんでした。
自分じゃできないと思って、〝何でも屋〟に頼みました。相場もわからず、合計で130万円ほどかかったのに、清掃が終わった後も臭いがまったく消えません。どうやら風呂の排水口の奥のパイプにまで臭いが染みついてしまっていて、何をしても取れないとのことでした。
さらに何十万円か払っていくつかの業者に頼んだのですがダメで、結局パイプから何からすべて取り替えて多額の費用がかかりました」
浴室で亡くなった場合は浴槽どころか排水パイプまで取り替えなければならないことは普通にあるし、畳の上で亡くなった場合は、体液がしみ込んだ床や柱まで取り替えなければならないこともある。
孤独死の状況と業者にもよるが、現在の特殊清掃でも費用は数十万、高ければ100万円を超すケースもある。

日本で孤独死が大きな問題となったのは、15年ほど前だった。
この頃、ちょうど戦後生まれの第一次ベビーブームの世代が、60歳前後に差しかかったことで、孤独死が増えだしたのだ。
メディアによって孤独死の問題が取り上げられるにつれ、様々な業者が特殊清掃や遺品整理の事業に参入しはじめた。本来は高い技術や知識が求められるのだが、一部の人たちの目には元手がかからずにはじめられる簡単な仕事と映ったのか、個人で事業をスタートさせる人も多かった。
これによって、貸物件のオーナーは、孤独死の後片付けを業者に依頼できるようになったが、問題は費用だった。特殊清掃の費用は業者によってまちまちである上、けっして安い金額ではない。
オーナーからすれば、それを全額自己負担で行うことは避けたい。仮に特殊清掃に60万円かかったとしたら、敷金だけでは到底足りない。
孤独死保険の2つの種類

ゆえに、かかった費用は保証人や遺族に請求することになるのだが、そもそも保証人なしで入居している場合や、親族と完全に縁が切れていて支払いを断られる場合がある。こうなると、どこからも費用を回収できない。
この状況に目をつけたのが、保険会社だった。彼らは孤独死保険を商品として売り出すことに商機を見いだしたのである。
孤独死保険には大きく2つの種類がある。
・オーナー加入型~貸物件のオーナーが加入し、代金を支払う。
・入居者加入型~入居者が自分で保険料を支払う。
保険によって内容は様々だが、一般的にはオーナー加入型のものは特殊清掃費や遺品整理費などの代金を保証するものであり、入居者加入型のものはそれに加えて借金などの相続放棄にかかる費用や葬儀代などが含まれているものもある。
特殊清掃業を行う会社にリスクベネフィットがある。代表の惟村徹は次のように語る。
「現在、ワンルームの貸物件など孤独死が起こりそうなところでは、孤独死保険の加入がスタンダードになってきています。現場感覚でいえば、東京など大都市では半分以上は保険に加入していますね」
孤独死保険自体は10年くらい前から増えてきた。だが、適用されるようになったのは、ここ数年だという。
これは保険の特性が影響している。被保険者が加入してから実際に亡くなるまでは、数年のタイムラグがある。ゆえに、保険に入った人たちが、最近になって孤独死するようになっているのだ。
惟村はつづける。
「最近は、不動産会社が入居者に対して一律に保険に入るよう義務付けていることもあります。保険商品の中には、火災保険などと一緒に孤独死保険が入っているものもあります。なので、孤独死保険だけに入れるのではなく、セットになっているものに加入させるのです。
こうした保険商品の中には、家財撤去費をカバーするものもあります。孤独死リスクの高い人は、部屋がゴミ屋敷になるリスクも高くなりがちです。これもオーナーにとっては厄介な案件です。なので、そういう保険商品の需要が高まるのです」
単身世帯は全体の4割近く
20年の国勢調査では、単身世帯は全体の38.1%を占めており、年々増加傾向にある。それを踏まえれば、今後も孤独死保険市場は拡大していくと見られる。
ただし、入居者が独自の判断で入る「入居者加入型」の孤独死保険は、少々事情が異なる。
彼らは自分が孤独死するリスクを自覚しながら生活しており、毎月それなりのお金を払って保険に加入するのは、自分の死後に子供など家族に迷惑が及ぶのを避けるためだ。
しかし、彼らが家族に孤独死保険に介入していることをきちんとつたえていなかったり、家族の側がそれを忘れていたりする場合は、せっかく入った保険がつかわれないことになる。家族との関係が希薄だから単身で暮らしているというケースもあるため、保険加入の事実をどう家族につたえておくのかというのは軽視できない問題なのだ。
では、コロナ禍を経た現在の、孤独死事情と孤独死回避の取り組みはどうなっているのか。【後編】では、その生々しい肉声を記したい。
(文中敬称略)
後編はこちら→【事業者が語る「凄まじい現場と価格競争」】
取材・文:石井光太
77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『レンタルチャイルド』『近親殺人』『格差と分断の社会地図』などがある。
写真:リスクベネフィット提供